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Uni ☆ Birth



作:ノイン  絵師:地駆鴉





prologue: all is left for you




 人が宇宙に進出して、数百年の月日が流れた。

 資源の枯渇、人口超過、そして星間差別

 人はその舞台を宇宙に移しても、その本質は変わることなく、戦争もなくなることはなかった。

 そして、人はその科学力を余す事なく用い、次々と兵器を生み出した。
 
 これはそんな時代……人工灯に照らされたコロニー内で始まる物語である。




 窓の外には、星の光さえ届かない深宇宙
 それと同じく真の闇に満たされている部屋
 一人の少女がガラスのケース内に、一糸纏わぬ姿で眠っていた。その少女の髪の色は、透き通るような赤であり、肩ほどの長さまであった。『透き通るような赤』という表現は正しくないと思われるかもしれない…だが、彼女の髪の一本一本は非常に細く、光を通してしまうほどなのだ。そのため、透き通るような赤という表現が最も適切であった。
 そして、彼女の瞳はしっかりと閉じられてため正確にはわからないが、顔立ちだけで判断すれば誰もが幼い印象を受けるだろう。年齢はせいぜい13歳ほどである。

 彼女が眠っているケース内は半透明の液体で満たされており、こぽこぽと静かな音をたてつつ、彼女のまわりに張り巡らされたチューブから小さな気泡が漏れ出している。
 と、突然、部屋の中に光が満ち、白衣を着た男性と女性が入ってきた。
 妙齢の女性が、タバコを休みなく吸い、いらだった顔を浮かべつつ、少女の体に異常がないか、端末コンピュータ−を通じて調べ始める。
「おかしいわ…なんで目覚めないのかしら…」
「セリナ、君はやっぱりまちがっている、君がいくらがんばって彼女を機動させたところで、パルーシアが復活するってわけじゃないんだ、国の金を使って、フランケンシュタイン博士の真似ごとをするなんて馬鹿げている」
 男性がセリナに向かって抗議とも諭しとも取れるような声をあげた。
 この男性、名をヴィッツと言う。
 彼は彼女――セリナのことを心から心配していた。
 彼はセリナと昔、結婚をし、子どもをもうけた仲だ。しかし、その子――パルーシアは流行の病で10歳の時に死んでしまい、それからセリナは国から指定された研究に打ち込みだした。
 セリナの仕事は簡単に言えば、研究者だ。
 彼女の指定された仕事は、まったく新しい兵器の開発だった。それは人型の兵器…しかも少女タイプを創れと国は指定してきた。戦闘に際し、敵の反撃に迷いを生むためというのが、その理由である。
 連日連夜、ほとんど睡眠をとらずに仕事を続けるセリナに対し、ヴィッツは、それを悲しみからの一時的な逃避行為と考え何も言わなかったのだが、彼女から研究の真実を聞かされた時は心底驚いたという。
 セリナはパルーシアを甦らせようとしていたのだ。



 具体的な方法はこうだ。
 まず、パルーシアの全情報をデジタル化し、その後、『模擬体A』にその情報を送り込む、それを『アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンの現象(略してEPR)』を用いて、模擬体Aの情報とパルーシアの全情報が混ざったものを『創られた身体』に送信し、パルーシアの情報を一度バラバラに破壊する。しかるのちにバラバラになった情報を元に、ナノマシンを使って原子レベルで『創られた身体』を創り変えていく。すると、パルーシアの全情報が『創られた身体』に転移したことになり、パルーシアの完全なレプリカが誕生するのである。それは量子テレポートを利用した、完全な複製品であった。

 量子テレポートについてはもう少し、説明を加えたい。そもそもテレポートは文字通り、瞬間的に別の場所に情報を転送することである。そこでは相対性理論に反する結果がでてくる。つまり、情報が光速を越えて別の場所に転移してしまうのだ。これは量子の世界では可能なことなのである。

 今、物体Aを別の場所にテレポートしたい場合、その物質の全情報を読み取り、読み取った情報を別の場所に瞬間的に転送する。そして、その送られてきた情報をもとに、情報を受信した場所で、物体の再構築を行う――これがいわゆる瞬間移動(テレポーテーション)の手順である。ここで、ひとつ疑問なのは、情報を元に再構築した、物体が果たして物体Aと言えるのかということだ。そこで、登場する原理が先述した『EPR』である。簡単に言うなら、ある量子は誰かに観察されるまで、異なった空間に重ね合わせた状態で存在できるという、量子力学の世界で起こる奇妙な現象である。
 誤解を恐れずに言うならば、『ここ』にある量子の情報を読み取ると『そこ』にある量子の情報を変えることができ、従って、これはまったく同一なもののテレポートと同義であると言えるのだ。

 なぜ、セリナがこのようなまわりくどい方法を用いたのかは、言うまでもないだろう。
 前にも触れた事だが、つまり、レプリカとしての完全性を追い求めた結果である。例えば、クローンの体をつくり、そこに電子的な思考パターンを移植したところで、それは考え方が似ている他人に過ぎない。だが量子テレポートを応用した、この方法を使えばパルーシアの全情報をコピーできるのだ。

 言ってみれば、『死ぬ前のパルーシア(の情報)』を過去から、ここへ連れてくる――あらゆるプロセスはそのためだけに存在したのである――

 ――だが、悪魔の所業とも思われたそれは、なぜか最終段階でうまくいかなかった。彼女は目覚めなかったのだ。

 ヴィッツは狂ったようにキーボードに向かうセリナに、もう一度、今度は優しい声で言う。
「セリナ、パルーシアのことはしかたなかったんだよ、人間、いくら科学が発達しても病気だって、戦争だって、完全になくすことはできないんだ。どっかで妥協することが必要なんだよ」
「あなたは黙ってて!! ……プログラムに異常があるのかしら…」
 セリナはヴィッツを一喝すると、タバコを灰皿にこすりつけ、再びキーボードに向かう。
 ヴィッツは深い嘆息をつくと、部屋をあとにした。

 セリナは再びタバコに火をつけると、椅子に全体重を預け、一息ついた。
「パルーシア…」
 セリナがゆっくりと瞼を閉じると、パルーシアが逝った三年前が思い出されてくる。それはとても遠い昔のことに思われた。









地駆鴉さん画:草原のパルーシア
 想起――――

 見渡すと、そこは草原…
 緑の絨毯が視界いっぱいに敷き詰められている。遠くには大小いくつもの山々が悠然と存在し、颯爽とした風が草を、同じ方向に倒しこんでいった。
「お母さん」
 パルーシアがセリナを呼んだ。
「どうしたの? パル」
「明日にはどうしてもコロニーに行かなきゃだめなの? 地球に残りたいよ」
 パルーシアは手を後ろのほうで組み、遠くを見つめている。その瞳は憂いを帯び、顔にはほの悲しさが現れていた。それはパルーシアが無理に我慢している時の顔だ。
 セリナは決心がぐらつくのを感じた、コロニーに行く必要はあるのだろうかと…
 だが、やっと自分の研究が認められ、コロニー内の最高の設備が整っている場所で、自分の研究に打ち込める。それは彼女にとっては甘い誘惑だった。
「ごめんなさい、すぐに地球には戻って来れるから」
 セリナの言葉を聞くと、パルーシアはセリナに背を見せるようにしながら答えを返す。
「うそだよ。私、一度宇宙に行ってみたかったんだ」
「本当にいいの?」
 パルーシアは内心では強がっていた。両親を心配させないように懸命に虚勢を張っている。
 だが、鼻の奥あたりから溢れてくる涙は、彼女と意志とは裏腹に、しずしずと零れ落ちてきていた。
 パル−シアはセリナに見つからないように、すぐに涙を拭い、
 振り返りながら、セリナへ微笑みを返した。
「いいよ、お母さん、どうせすぐ帰ってくるんでしょ」
「パル…ごめんなさい、本当にすぐ戻ってくるから、ここに」
「うん…帰ってくるよね」

 ――それから、彼女が地球に戻る事はなかった。










(パル…)
 セリナは目をゆっくりと開くと、再びキーボードに向かい始めた。
(情報が足りないのかしら?)
 セリナは、『創られた身体』の情報量を検索する。『創られた身体』は国の指定を、表面上は遵守しているように見せかける為に、あらゆる兵器としてのデータを打ち込んである。その情報量は莫大で、ちょうど人、一人分の情報量に匹敵するほどである。
(パル―シアだけの情報量では足りない?)
 つまり、簡単に言えば、『創られた身体』は『兵器PAL-1』としての情報と『パルーシア』という二つの情報を持っているため、パルーシアの持つ情報だけでは足りないのだ。
 ここで言う、『情報』という言葉は、あらゆる肉体の部位のすべての情報を、それこそ原子的配列までも含めたものである。
 例えば、ここで、右手を挙げようとする。それは『右手の筋肉を収縮させる』という情報であり、もっと正確に言えば『電圧が○○Vのパルスを○○秒に渡り、脳の○○の部分に送る』というようなことであり、それを考えるだけでも莫大な情報量が必要なことはわかるであろう。
 模擬体Aは、その足りない分の情報を埋める為のものであった。しかし、所詮は人の持つ情報までには至らなかったようである。
「どうしても、人の情報でないとだめなの…」
 セリナは思いを巡らす。模擬体Aはパルーシアの人格に干渉しないため、人格という情報を入れていなかった。そのため、情報が圧倒的に足らないのだ。
 しかし、別の人格を入れると、『パルーシア』の全情報が『創られた身体』の中にあるとしても、まったく別の人物になってしまう。
 セリナは再び思考を沈降させ、思索にふけった。
(要は人格を阻害しないで、身体を動かせるだけの情報量を与えればいいはず)
 ただし、無秩序な情報を与えても無駄だ。人格を阻害しないで、というのは脳の情報を与えずに、ということと同義だが、脳の情報がなければ身体を動かすことはできない。
 この二律背反的事柄に、セリナは頭を悩ませているのである。
(理論的に可能な方法はある………)
 セリナはパルーシアの人格を保存したまま、甦らせる方法を既に発見していた。
 それは、パルーシアの中に擬人格を創り、それが一定の割合で『PAL−1』と適合した段階で、その人格を消すというものだ。その間、パルーシアには眠ってもらうことになるが、この方法を使えば、パルーシアの人格が、擬人格に侵されることなく存在できる。
 しかし、それは、擬人格を消す(殺す)という非人道的な所業を行うことに他ならず、セリナはいまだ踏み切れていなかったのだ。
   不意にセリナの瞼の裏にパルーシアの微笑みが甦る。
(何を迷う必要がある――もはやあと戻りはできないというのに)
 セリナは自嘲的な笑いを浮かべると、キーボードにデータを打ち込み始めた。
(設定年齢を低くする必要があるわね)
 自我が確立されてしまうと、消去が困難になるのだ。  セリナは少し考えたあと、設定年齢を七歳とした。
 その後もセリナによって、次々とデータが打ち込まれていく。基本的なプログラムは既に構築してあった。あとはそれに設定を書き加えるのみだったのだ。
 設定の最後の段階で、セリナはふと迷った…
(馬鹿ね、あたしは……)

 設定46項目〔SEX =  MALE 〕
(何故私はこんな設定をするのか…)
 スクリーンに表示される文字を見て、セリナは考える。
(擬人格はパルーシアじゃないと自分に言い聞かせるために?)
 突然、セリナは冷たい笑いを浮かべた。
(いや…違うわね。私が擬人格を殺すときに、良心の呵責を減らすため…所詮は創られた人格だと思い込むためよ)
 セリナは笑った。弱すぎる自分を…









 突然、ドアが開かれ、黒いスーツ姿の背の高い男が入ってきた。
 セリナの姿を確認すると、うやうやしく礼をする。
「セリナ博士、どうやら研究は順調のようですね。兵器顧問の私も一安心ですよ」
 その男はどこか作り物めいた笑いをうかべた。
「ご心配なく、フォーレさん」
 セリナはフォーレに短く答えを返した。セリナはフォーレの、人を見下したような物腰が嫌いだった。だが、一研究者に過ぎないセリナが、その男に逆らうことはできない。早く会話を終わらせようと、セリナは冷たい口調で言う。
「用件はそれだけですか?」
「いえね、コロニー内でよからぬ、噂を聞いたのですよ。いや…あなたに限ってそんなことはないと思いますがね…」
「何が言いたいのですか?」
 セリナはフォーレを睨みつけた。
「では、ずばり言いましょう。あなたはご息女を甦らせるために、国の資金を流用している。そういう噂が流れているのです」
「……私が創っているのは、兵器ですよ」
「ふむ、まあいいでしょう。それでは完成をお待ちしておりますよ」
 フォーレはいやらしく唇の端をつりあげると、部屋を出ていった。

「兵器か…」
 自嘲ぎみに笑い、セリナはエンターキーを押した。



prologue end …


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