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ラスカル☆ミーナ外伝


少女の扉


作:もぐたん さん




 美奈子はその日の朝、出掛けに家の前で蝉の死骸を見つけた。
手にとって見ると、それは羽毛よりさらに軽かった。
 美奈子はそれが「蝉などの昆虫は外骨格生物であるため、体の大部分が空であるから」とは知っていたが、なぜかその軽さが、命が抜けたが故の軽さと思えてならず、手に取った蝉の死骸をまじまじと見つめていた。
「美奈子ちゃんおはようございます」
 友人である庸子の声に我に返る美奈子。
「どうしたんですの?」
「ん、ちょっとね」
「蝉の死骸ですかぁ、・・・・」
 庸子の言葉に「うん」とやさしく微笑む美奈子であった。
 思えば、突如として母と母の知人である真琴によって男から女に変えられ、はや数ヶ月、本当にいろいろあったけど、何とかやってこれたのは、この庸子をはじめとする女子の友人たちの存在のおかげである。
 クラス委員で正真正銘のお嬢様、美奈子が皆瀬和久であった頃は憧れの人であり、美奈子として転校してきたばかりの頃、周囲の反応におされ気味だった自分の最初の友達になってくれた大恩人のヨーコこと相原庸子。
 とても愛らしく、ムードメイカー的な恵ちゃんこと上田恵子。
 いつも無防備な美奈子をガードしてくれるボーイッシュで武術の達人な少女、里美こと尾崎里美。
 いずれも他と代えがたい大切な友人である。
 なにより美奈子が悪の魔法少女(建前)であることを知っていて、それでも尚、友人として付き合い、なおかつ秘密を守ってくれているのだ。
 だがそんな彼女にも話せない苦しみはある。
 それは自分が、彼女達のクラスメイトの一人皆瀬和久であったという事。
 その事は両親と母の友人である真琴、そして彼女の家に下宿する妹分の芽衣美しか知らない。
 最も芽衣美は和久で会った頃の彼女を知る訳では無いので、実質としてその悩みを聴いてくれそうな者は誰も居ないのだ。
 仲間として見てくれる友人達の中に居てすら、その秘密の存在は、彼女に「決して、彼女達の真の仲間にはなれない」という孤独な影を与えていた。

「で、つまり、三国志における桃園義兄弟には本来は張飛は含まれておらず、あくまで張飛は劉備の義兄弟である関羽の子分に過ぎなかったのですが、本来の義兄弟のメンバーであった人物が、孔明以上の影響力があったとはいえ、基本的に外交担当であまり戦争では目立たなかった事と、三国志演義の元になった三国志平話における張飛の人気と、主人公としての知名度故に、演義成立の際にあえて義兄弟の面子に交代という形で加えられたのです・・・・・」
 歴史の授業中。
 教師はあいも変わらず授業を脱線させて三国志の話をしている。
 とくに興味も無い美奈子は頬杖を付き、居眠りをしかけていた。
 そんな美奈子の元に他の女子からメモが回されてくる。
『西脇君やっぱ、美奈子ちゃんの事が気になって仕方ないみたいよ』
 そんなメモに、チラリと美奈子はクラスメイトの西脇彰の方に視線を向ける。
 交差する二人の視線。
 顔を真っ赤にして美奈子は瞬時に視線を正面に戻す。
 心臓が理由も無く高鳴る。
 少し前の日曜に、プールでの賭けの代償で行ったデート以来なぜか彼に近づくとこうなってしまう。
 美奈子は以来、彼に近づくのを照れくささもあって避けてきていた。
 西脇彰は、和久であった頃の友人の一人だ。
 だからこそ恋などでは無いと美奈子は信じている。
 なにより自分は本来男なのだからと。
 4限目の授業が終わり昼休みになっても、美奈子の脳裏には彰の顔が浮かび、目の前の事に集中できないでいた。
 そんな状態であるから友人達も心配していたが、庸子が美奈子に聞こえないように他の3人の耳元でつぶやくと、
「うんうん、熱いねえ」
「ああ、まったく」
 などと、意味ありげにしたり顔でニヤニヤと笑い始めた。
「な、なんなのよ。ヨーコちゃん、一体何を言ったの!?」
 尋ねる美奈子に庸子はすんなりと
「単に、美奈子ちゃんの方も西脇君の事、まんざらでもないのでは?と言っただけですわ」
 その言葉にせっかく押さえていた鼓動は再び高鳴り、顔が赤く染まる。
「な・な・な・・・・何言ってるの。そんな事無いよ」
 そう言って背を向け、その場を逃げ出すように歩き出す美奈子。
 その時、美奈子の顔にサッカーボールが命中する。
「白瀬さん!!」
 薄れ行く意識の中で、美奈子は彰の声を聴いたような気がした。

 瞼を開けた時、美奈子の目に入ったのは、保健室の真っ白な内装と、美奈子を心配そうに覗き込む彰の姿だった。
「ごめん・・・・」
 ただ一言そういう彰。
「ううん・・・」
 美奈子は起き上がりそう答える。
「もう大丈夫なのかい?」
 彰の優しい言葉がじわりと心と体に染み渡るようだ。
 不思議と心地良く、なぜか悩みとかを聴いてもらったりしたとかでも無いのに、胸のうちにあった悩みの苦しみがゆっくりと溶けて消えていく感じ。
 強いて言うなら包み込んでもらうとかそう言った心境の美奈子。
「白瀬さんがなんでもなくて本当によかった」と、彰の心からの言葉とその態度をかわいいと感じる美奈子。
 はたとして気づく・・・・・
 そう、それは女としての感じ方なのだと。
 記憶は男でも、身体は・・・思考を司る脳を含め自分は、まぎれもなく中学二年生の少女なのだという事を。
 美奈子の心は、まさに少女の扉を越えて、少女達の世界に居るのだ。
 かつては少年、今は少女。
 ただそれだけ、別に悩む事など無い。
 今は、ただ少女としての感じ方を通して人生を送っているだけの事。
 以前と本質はなんら変わっていないのだ。
 ただ、相手が友人として信頼できる少年であると同時に、恋人とするにも相応しい人間であったと言うこと。・・・・・
 美奈子は、思う。
 今は少女として恋をしていてもいいじゃないか。
 男に戻ったら今度は以前と同じように、彼は信頼できる友人として自分の目には映るのであろう。
 ならば今は相応しく恋をしようと。
 



END




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