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 ふよふよ
 文/地駆鴉
 風に運ばれてきた冷たさが、肌を突っついて通り過ぎていく。夏のお盆に来たときにセミの鳴き声と一緒に大騒ぎをしていた空気は、白々しいくらい静まり返っている。
 緑色だった山はくすんだ樹色に染まって、なんだか、森ってひねくれてると思う。暑い夏には葉をいっぱいに茂らせて厚着をするのに、冬になると今度はほとんど裸になってしまう。まるでガマン大会だ。
 無神経な樹は裸でも平気なのかも知れないけど、人間は寒かったら服を重ねてダルマみたいにならなきゃいけない。パーカの上にコートを着て、手袋に分厚い靴下、ニット帽を身に付けなきゃいけない。地味な色が好きなんだけど、派手な桃色に輝くマフラーも巻いておかないと、寒くてたまらない。
 冬が寒いのは当然だけど、どうして温度だけじゃなくて他のこともみんなおもしろくなくなってしまうんだろう。お正月に暖かいと思えるものなんて、お年玉だけだ。コタツとか、エアコンも暖かいけど、お父さんたちの話し声がセットになっている。お酒臭い息と退屈な話とか、バカみたいな笑い声とかだ。
 集まってる親戚の中に同い年くらいの子なんていないし、みんなといても退屈なだけだから、外に逃げ出してきた。
 コンビニとか本屋みたいなところがあればいいのに、ずっとどこまでも続いているような畑と田舎道の他には、駄菓子屋さんくらいしかない。
 せっかくお年玉をもらったんだから十円か二十円、高くても三十円くらいしかしない駄菓子を買うのもいいんだけど、駄菓子屋さんに行けば、きっと田舎の子供たちに会ってしまう。田舎の子は図々しいから苦手だ。
 結局どこにも居たくなくって、寒い空の下をひとりでずっと歩いている。
 足が疲れてきて、寒いしもう戻ろうかなと思い始めた頃、畑が途切れて大きな森が現れた。背の高い杉の木が満員電車みたいにぎっしり詰まっている。確か、みんなが「オオカドさんとこの森」って呼んでる森だ。ずっと前に、お化けが出るから入っちゃダメだっておどかされた。
本当に「お化け」がいるなんて、あるわけない。小さな頃はおどしを信じて怖がってもいたけど、二ケタの年齢になった今なら、大人がつくウソだってわかる。
 せっかく来たんだから、森へ入ってみることにした。お化けがいるって言うんなら、ヒマ潰しに会ってやる。
 少し入ると、森の中は一気に暗くなった。足元の地面がなんだかブヨブヨしていて、腐ったような泥のにおいもする。太陽の光が当たらないから土が湿っているみたいだ。
 木の上からは、聞いたことがあるような、でもやっぱり聞いたことがないような鳥の声が降ってくる。
 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖くなった。
 もっと進んでみると、寒いのに枯れていない草が胸に当たるようになった。よく見ると周り中いっぱいに背の高い草が生えて、まるでプールみたいになっている。
 歩くたびに、どこかでなにかが動いたガサガサって音がしている気がする。
 固い物を踏んだから見てみると、古いお地蔵さまの首だけが転がっていた。探してみると、体は離れたところで大きな木に寄りかかっている。
 帰ろう。
 怖くなったからじゃない。寒いからだ。
 来た道を戻ろうとして振り向くと、誰かがいた。いつの間にか、同い年くらいの子が三歩分うしろに立っている。
「お化け」なのかと思って驚いてシリモチをついてしまったのを見られて、笑われた。恥ずかしくって、わざと目の前の子をにらみながら立ち上がる。その子は笑い顔のまま、こんなところでなにをしているのかを聞いてきた。
 なにをしているって言われても、別になにもしていない。とりあえず、散歩に来たって言うと、今度は、なんで森に入ったかを聞かれたから、ヒマ潰しって答えた。
 シリモチをついたとき服についていた泥を取り終わって、初めて会った目の前の子をよく見てみた。ズボンをはいているから男の子かと思ったけど、上に着ている前をピッタリ止めたコートは赤色で、女の子が好きそうな飾りがついている。顔とか声でも、男の子なのか女の子なのかよくわからない。
 この子はなんでこんなところにひとりでいるんだろう。さっき聞かれた分聞き返そうと思ったのに、先にその子から面白いものがあるって言われて、強引に手を引っ張られてしまった。
 どれくらい引っ張られたのかわからない。凄く時間がかかってイライラした気もするし、着いてみるとあっと言う間だった気もする。
 連れられて来たところは、綺麗なところだった。背の高い草が避けて、芝みたいに小さな草が敷き詰められた丸い広場ができている。木の間からの光がスポットライトみたいになって明るくさせていた。
 ときどき、誰にも黙ってひとりで遊びに来るんだけど、誰かと一緒に来たのは初めてだって、赤いコートの子は教えてくれた。
 初対面なのに、この子の笑顔は遠慮知らずだ。やっぱり田舎の子は馴れ馴れしいんだなと思うけど、他の田舎の子とは違って、あんまり嫌な感じはしない気がする。暗い森の中で少しだけさみしくなったときに会ったからかもしれない。
 ふよふよ。
 赤いコートの子が言った。指差した方を見てみると、緑色の光のボールみたいなものが、ふらふらしながら浮いていた。大きさは野球ボールくらいだ。蛍じゃない。虫じゃない。他の、知ってるものでもない。なにかはよくわからないけど、スポットライトの光の中で、とても綺麗なボールだ。
 あれはなにって聞いたら、その子は知らないって言ってからちょっと考えて、「妖精」って答えた。「妖精」なんているわけないよと言おうとして、「お化け」の話を思い出した。
「お化け」とは違うのって聞くと、知らないって言う。なん回か言い合ったあと、「なんだかよくわからないけど緑のボール」ってことになった。
 緑のボールをつかまえようとしてみたけど、触っても触れないから駄目だった。手で握っても、煙みたいに指の間から抜け出てしまう。おまけに、触ってるっていう感じが全然しない。どんどん、なんなのかわからなくなってきた。
 なんとか二人で緑のボールを捕まえようとしていると、いつの間にか広場のスポットライトが暗くなり始めていた。もう夕方になってしまったみたいだ。
 赤いコートの子と一緒に急いで森を出た頃には、夜になっていた。きっとお父さんたちに怒られる。
 さよならを言い合って別れるとき、最後にその子は明日も遊ぼうって残していった。
 次の日、朝ご飯を食べてからすぐ、森へ走った。なん人か畑仕事をしていた人たちに、丸い目をされていた気がする。
 森の入り口に来て、ヒザに手をついて深呼吸をする。止まったとたん苦しくなった息が、だんだん楽になってくる。大きく吐く息は白くて、まるでモンスターのブレスみたいだ。
 結構長い間、いろんなふうに息を吐きながら待っていたけど、赤いコートの子はまだ来ない。先に広場で待ってればいいかと思って、森の中に入ることにした。
 今日は、目標がある。赤いコートの子の名前を聞くことと、緑のボールを捕まえることだ。緑のボールを捕まえるために、ちゃんと箱を探して持ってきている。お菓子が入っていた缶の箱で、ほとんど隙間が無いから、煙でも逃げられないと思う。
 草の中を走っていたとき、きのうと同じにお地蔵さまの頭を踏んでしまった感じがしたけど、緑のボールで頭がいっぱいで、気にはならなかった。
 広場につくと、赤いコートの子がいた。こっちで待ってるなんてって怒ろうとしたけど、よく考えたら待ち合わせ場所を決めてなかったのを思い出した。その子も広場でずっと待っていたみたいだけど、笑って手を振ってくる。怒るのはやめた。
 結局、緑のボールは捕まえられなかった。フタをして箱の中に閉じ込めても、忍者の壁抜けみたいにすり抜けて出てくる。昼ご飯に帰ったとき、もっと隙間の無さそうな箱とかビニール袋を持ってきてみたけど、やっぱり駄目だった。本当に、なんなんだろう。もしかして、生き物とかじゃない、別なものなのかもなんて思った。
 あんまり夢中になりすぎて、赤いコートの子に名前を聞くのを忘れてしまったまま、一日が終わった。
 また次の日も同じように、アルミホイルとか野球用のグローブとかを使ったり、いろいろ試して捕まえようとしたけど、全部駄目だった。昼からは緑のボールに飽きてかくれんぼをして一日は終わった。
 赤いコートの子に会って四日目は、朝から田舎の子たちが数人遊びに誘いに来たけど、もちろん断って森へ行った。お父さんたちからいったいどこへ遊びに行くんだって聞かれたときは、散歩ってだけ答えた。
 広場に行くと、いつもと同じに赤いコートの子と緑のボールが待っている。緑のボールを捕まえるのをあきらめて、草のカンムリの作り方を教えてもらうことになった。ほとんど一日中練習したけど、巧くいかない。
 五日目だ。お父さんたちが止めるのも聞かないで、やっぱり朝から飛び出した。今日は最後の日だから、どんなに怒られても行きたかった。明日の朝、この田舎から家に帰るんだから、次に会えるのはお盆だ。早くても、春休みまで待たなきゃいけない。
 草の中を泳ぐみたいにして、お地蔵さまの頭をわざとじゃないけど踏んでしまいながら、赤いコートの子と会いに行った。
 草のカンムリの作り方を練習しながら、ずっと気になってたのに忘れていたことを聞いてみる。
 名前は、なんて言うの。答えてくれなかった。
 カンムリの作り方で間違ってる部分を教えてくれたけど、他にはなにも言わない。聞こえなかったのかもしれない。なんとなく、聞き直すこともできなくて、昼ご飯を食べるために一回森を出た。
 自分でも信じられないくらい早くご飯を食べて、今度こそちゃんと名前を聞こうと決心しながら、広場に戻る。まだ赤いコートの子は戻っていなかったから、草のカンムリを作りながら待ってみる。
 全然巧く作れなくて、カンムリはどうしてもすぐバラバラになってしまう。不器用なのかもしれない。イライラして乱暴に作ってしまうと、形にもならない。ひとりでやっていてもつまらないから、カンムリ作りはやめた。
 広場の小さな草の中に寝っ転がって、ボーッとしてみる。
 遅い。赤いコートの子が来ない。見渡してみると、緑のボールも昼からは見てないって気付いた。ずっと待ったけど、いつまでたっても、どっちも戻って来なかった。
 どうしたんだろうと気になって、田舎最後の夜はあんまり眠れなかった。
 朝になって、お父さんに起こされた。時計を見てみると、すぐに出発の時間だ。田舎から帰るまでにあと一回森へ行ってみようと思っていたのに、もう時間がない。遅くまで眠れなかった分、寝坊してしまった。
 どうにもならない。このまま、春休みまではさよならだ。しかたない。今日帰るって言ってないから森で待っているかもしれないけど、他の子たちに聞いてわかるだろう。さよならを言えないのはくやしいけど、今度会ったときにあやまろう。昨日、昼に来なかったことも、今度会ったときにあやまってもらおう。
 ちょっとスッキリしないまま、帰る車に乗った。
 車の窓から田舎の風景が見える。道は最近いつも通っていた森への道だ。走るときだとじれったいくらい長い距離が、車だとあっけないくらい短い距離だ。森を通りすぎて、少し離れたところで、お父さんが車を止めた。畑仕事をしていた人が、知り合いだったみたいだ。車の窓枠に腕を乗せて、なにか話している。
 話に時間がかかるんだったら森へ行ってみようかなと思って待ってると、死んだって言葉が聞こえた。お父さんたちの話だ。病気で、死んだ。
 オオカドさんとこの子供が、昨日、亡くなった。ずっと前から病気でいつかは、と言われていたけど、なにも年の始めに。お父さんたちの話が、いつものつまらない大人の話には思えなかった。赤いコートの子は、どうして昨日昼からは来なかったんだろう。
 考えるよりも先に車を飛び出て、森に入っていた。途中お地蔵さまの首を踏んでしまって、いつもみたいに無視しようとも思ったけど、できなかった。なんとか首を拾い上げて木の横にあった胴体に乗せておいた。
 広場には、赤いコートの子はいなかった。緑のボールはいた。昨日までより大きくなって、バレーボールくらいの緑のボールが、ふよふよ浮き沈みしながら浮いている。
 なぜだかとても悲しくなって、泣いた。泣いてしまった。泣きながら、車で待っているお父さんの顔が浮かんで、森を出た。車に乗った時も、涙は止まらなかった。
 今度ここへ来たとき、緑のボールはどうなってるだろう。赤いコートの子のことも知りたい。草のカンムリの作り方も、まだ全部を憶えていない。
 春休みに来たとき教えてもらおうって思う。田舎の子たちの誰かが、きっと知ってるだろうから。

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