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狐の嫁入り
作:愛に死す

「雨も降ってきたか」
 今日ははっきりしない天気だったが、無理をして狩りに出たのが祟ったらしい。
「やれやれ道に迷ってしまったな」
 見慣れた獣道を歩いていたつもりが、いきなりの雨で感覚が狂ってしまったようだ。私は先日、捕らえた狐の毛皮でできた襟巻きを、強く首に巻きつけた。雨に濡れて、かなり寒い。
「おや、あんな所に小屋がある。少し休ませてもらおうか」
 私は、偶然見つけた山小屋に近寄った。
「ごめんください、少しの間、雨宿りをさせて頂けませんか?」
「これは、難儀なさったでしょう。火もありますので、どうぞどうぞ」
 小屋の中から現れたのは、妙齢の婦人だった。
「やっ、これは助かります」
「冷えたでしょう、これでも飲んで温まってください」
 婦人は私に酒をすすめた。
「やっ、これは申し訳ない」
 体が冷えていた事もあり、私は進められるままに、杯を重ねてしまった。
「いい気分ですなぁ、こんな美酒を私は飲んだ事がない」
「これは、本来祝いの席で使うお酒ですから」
「それはすまない事をした」
 婦人の言葉に、私は少し姿勢を正し謝った。
「この雨が小降りとなり、少しでも日が顔を出せば、私は部族のために好きでもない人のところへ嫁がねばなりません」
 婦人は少し影のある表情をした。
「本来なら妹が、結婚するはずでした。しかし、妹は、婚礼直前に殺されてしまったのです」
「なんと惨い話だ」
 私は彼女に同情した。
「私にできる事ならなんでもしますよ」
 酔いの勢いも手伝いって、私はつい安請け合いな事を言ってしまった。
「では、お願いしますね」
「はっはっは、任せてください。しかし、少々飲みすぎてしまったかな」
「構いませんよ。主賓が飲むのは当たり前の事ですわ」
 それが、最後に聞いた婦人の言葉だった。雨の中を歩いた疲れも手伝って、私はうつぶせになって眠ってしまった。
「もしもし、花嫁様、花嫁様」
「うっ」
 私は誰かを呼ぶ声で目を覚ました。
「おおっ、花嫁様、気づかれましたか。亡くなられたと聞いておりましたが、生きておられほっと致しました」
 私の目の前で喋っていたのは、直立した年老いた狐であった。
「き、狐が喋っている!?」
「何を仰っているのですか?」
 年老いた狐は意外そうな声を出した。
「花嫁様、御支度はよろしいですかな。今、一度鏡などを覗かれては如何でしょうか?」
 私は寝ぼけた頭で、自分の顔を映してみた。そこには、白無垢を身につけ、狐のような耳をはやした人物の姿が見えた。
「えっ!?」
 驚いて、自分の姿を見てみると、私は花嫁衣裳を身につけ、しかも、狐のような耳と尻尾があった。もう一度、鏡を見てみる。映し出された顔は、耳を除けば、確かに私のものだった。いや、心なしか少し線が細く柔らかくなった気もする。
「お綺麗ですよ」
「違う、別人だ!」
 私は叫んだ。
「そのピンとたった耳、フサフサの尻尾、花嫁様に相違ありません」
「わ、私は男だ、見ろ!」
 白無垢をはだけて見せる。そこには、白い乳房があった。
「ど、どうして?」
「夢でも見られていたようですな」
 呆然となった私は、年老いた狐に手を取られ、多くの狐が集っていた場所に連れてこられてしまった。
「無事でよかったよ」
 私の隣に座った立派な身なりをした狐が、私の手を握り締めた。
「これで我が一族と君の一族の同盟の儀はなされた」
 結局、なし崩し的に私は、固めの杯を交わしてしまった。
 私は、今では三児の母である。しかし、今でも目が覚めると、これは酔いの間に見た夢ではないかといつも思うのだ。早く、この悪夢から抜け出せる事を私は祈っている…。





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