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Auld Lang Syne

〜you'll be born again〜

作:ノイン







第五話

 最初の登校を終えた蛍はふとしたことから、自分が無意識におさえつけていた感情に気づいた。それは本当の母に会いたいという思い。だが、それは叶わぬ願いだ。蛍は沈み、疲れた心を癒すために休息をとることにし、深い眠りについたのであった。
 
 そして…
 意識は上昇し、収束し、光へ

「うーん…よく、ね たあぁ〜!?」

 寝起きの最初から叫びに近い声を出す蛍。それもそのはず、すぐ目の前に、蛍の兄にあたる優一の顔があったからだ。
「ど・・・どうして、ボクの部屋にいるの…お兄ちゃん…」
 優一はしばらくにこやかに笑っていた。だが蛍がじと目に近い眼差しでしばらく睨むと、根負けしたのか弁明を始めた。
「いや…蛍が寝ているって母さんから聞いて…寝顔がかわいいだろうから観察しようかと思って…」
「ボクの寝顔って、昏睡しているときにさんざん見ているでしょ!!」
「いやあ。やっぱり昏睡と寝顔は違うかなと思って…時折、寝言とか言うのが可愛らしくてな。あと寝返りうつときのしぐさとか…思わずおそ…いやなんでもない」
 ぽりぽりと鼻の頭を掻く優一、それを聞いて蛍の顔はみるみるうちに赤く染まっていった。
「寝言聞いたの?」
「いや、別に聞いてない。たぶん」
 信憑性のかけらもなかった。
「うそでしょ…ほんとは聞いてたんでしょ…」
「…うん、実は聞いた…お母さん、お母さんって…もう母性本能を刺激しまくるような声をだしてたなぁ…はっきり言って可愛すぎた…思わず抱擁しちゃったよ♪」
「うう、寝ているときにひどい、もう出ていってよお…」
 蛍は布団を頭から被って不貞寝を開始し、次に起きたのは夕食前だった。

 


 

「蛍ぅ・・・さっきは悪かったよぉ」
「まったく、レディの部屋に勝手に入っちゃだめだよ」
 蛍はしょうゆを叶恵から受け取りつつ泣きそうな顔をした兄に答えた。
 と、突然…
「ああ!!」
「どうしたの? 蛍ちゃん」
 いきなり声をあげて、顔を真っ赤にする蛍
「レディって言っちゃったよ・・・ボク、男の子なのに…」
「どうしたんだ…蛍?」
 父親の悟も怪訝な顔をして蛍を覗く。
「あ、ううん、なんでもないよ。なんでもない・・・」
 顔がほてってくるような感覚を感じつつも蛍は冷静を装う。
「顔が赤いぞ…熱でもあるんじゃないか!?」
 壮絶なる勘違いをした悟は心底心配した声をかけた。だが、蛍が女の子と自分で明言してしまったことが恥ずかしいことなどわかるはずもない。     
 蛍は首を横に振り、悟の言を否定した。
「でもさっきはなんだか元気がなさそうで心配だったわ」
 そう言うと、母、叶恵は蛍の銀色の髪を左手でそっとあげて、おでこに手を当てた。
 蛍としてはちょっと恥ずかしい気分だ。
「うーん、熱はないようね。気分が悪かったら、ちゃんと言うのよ」
「うん、ちゃんと言うから。それに今は大丈夫だよ」
 蛍はいつのまにか元気を取り戻していた。さきほど寝入る前はほんとに身体がだるく、気分もよくなかったのだ。しかし、今はまったく問題なし、体調も万全である。
「明日からは学校に7時間ほどはいないといけないからな。あんまり無理はするなよ」
「うん、わかった」
 悟の言葉を素直に受け取ると、蛍はゆっくりと席から立ち上がった。
「もういいの?」
「うん、ごちそうさま」

 とてて、と軽い音を響かせて蛍は自分の部屋に戻った。そのまま、部屋に置いてあるふかふかしたベッドに身体を沈ませる。
「ふう…」
 蛍はごろりと寝返りを打ち、ベッドのそばの大きな窓から空を覗いた。空にはすでに星が輝いている。
「お母さんはどうしているのかな…」
 一人でいろいろと考えていると、蛍はどうしても『母』のことを思い出してしまう。
 今は自分が死んだから、一人で暮らしているのだろうか? さびしくないだろうか?
 そう考えると、蛍は胸が締め付けられるような痛みを覚える。蛍は痛みに耐えるかのようにベッドの上で丸くなった。
 
 
 

 夜が満ちてくる…
 静寂…ただ静寂があたりに広がる。蛍は電気をつけることすらせずに、心の痛みに耐えていた。

 それは悲しいことであるから、生きていることが孤独に思える瞬間を錯覚させる

「どうしてだろう? 『蛍』ちゃん、ボクはどうして生きているの?」
 蛍は自分がなぜ生きているのかわからない。『蛍』がなぜ自分を生かしてくれたのか。
 確かに生きていることは嬉しい。今『ここ』に存在することはかけがえのないことだ。しかし、それは一方で、蛍に得体のしれない恐怖をも与えている。蛍はそれに気づくことすらできていない。
「わからない…」
 ただ、自分が漠然と存在しているのではないかという恐怖、それは人の心をいとも簡単に食い尽くしてしまう。
 
「どうしたの? こんなに部屋を暗くして」
 突然、叶恵が部屋にやってきた。電気の紐をひっぱり、あたりが明るく照らされた。
 反射的に目を覆う蛍。
「まぶしい…」
「蛍ちゃん、ほんとに大丈夫? 電気もつけずにどうしたの?」
「うん…なんでもないんだよ」
 蛍の言葉に元気がないことを感じ取った叶恵は、蛍が寝ているベッドに腰掛けた。
「いつもの元気がないわね」
「ほんとに…大丈夫だよ」
「ちゃんと熱をはかったほうがいいわね」
「だいじょ・・・って行っちゃった」
 蛍の言葉を最後まで聞かずに叶恵は蛍の部屋を出た。待つこと数分…
 叶恵はすぐさま戻ってきた。その手には体温計が握られている。
「はい、あーんして」
「え? 脇の下で測るのが普通なんじゃないの」
「いつも、こうやって計っていたでしょ」

なんだか恥ずかしいかも・・・

「そうなんだ・・・じゃあ、とりあえず」
 口を開ける蛍。この方法は即席な計り方であり、一番疲れない方法ではある。だが水銀は飲んだらとてつもなく危険なので普通はしないほうがよい。はっきり言えば、邪道な計り方だ。

「やっぱり、熱があるわけではないようね」
「別になにがあるってわけじゃないから」
「そう? 蛍ちゃんはどうもがんばりすぎなところがあるから」
 叶恵の声はあくまで優しかった。
「うん…」
「お母さんはいつも蛍ちゃんが元気でいるように見守っているけど、言わないとわからないこともあるのよ」
「ほんとに…ほんとに大丈夫だか…ら…」
「蛍ちゃん?」

 母の優しさに導かれるように涙が頬を伝っていく。それは『母』の優しさに似ていたから…
 蛍は涙腺を引き締めることができなかった。

 叶恵は何も言わず、ただ蛍を抱き締めた。
 そのまま、優しく頭を撫でられると、蛍は少しだけ恥ずかしい気持ちがわきあがったが、安心感のほうが何倍も大きい。
 静かに嗚咽を続ける蛍。

「どうしたのかなぁ? 蛍ちゃん」
 どんどん優しくなる母の声に、蛍はただただ泣き続けることしかできない。
 わけを話すわけにもいかない。

 だが、このあたたかさは蛍の心を癒していく…ただそれだけでよかった。

「ごめん、なんだか不安だったんだ…いろいろと」
 泣きやんだ蛍がはにかみつつ、母に言った。
 叶恵は蛍が一体なぜ、突然泣いたのかわからない。推測しても思いつくことといえば、学校での生活を不安に思ったのかということぐらいだ。しかし、担任の力強い『任せてください』という言葉が思い出される。担任を信じて、自分の娘の信じることが自分にできることのすべてだ。
 そう思い、叶恵は蛍の頭を撫でつつ、顔を近づけた。
「よしよしっ。がんばりすぎないようにがんばりなさい。蛍ちゃん」
 それは母のありったけの思いだ。
「うん。ボクはがんばるよ」
 何をどうがんばればよいのか。蛍自身もいまだによくわからない。
 だが、不安から逃げてばかりではいつか不安に追いつかれ、身動きがとれなくなってしまう。
 だから、生きていくかぎりにおいて、精一杯の努力をすることを恐れない。

 蛍はベッドから起き上がると、窓を開いた。

 そういえば、昨日も星が綺麗だったな。

 星の光を受けて、蛍は体中にエネルギーが満ちていくような気分になった。さきほどの心の痛みは吹き飛び、心は優しさで満ちていく。

「今日も星が綺麗…いや、ずっと星は綺麗なのよね。曇っても、その向こう側ではずっと輝いているんだから」
 叶恵は蛍とともに星を見上げていた。
「うん…そうだね。ボクには『視え』る。そして、聴こえる」

 蛍は星に『母』の幸せをそっと祈った。
 それは夜…静寂のとき。
 だが、星は歌う。静かに沈黙の声を通して。
 

「おやすみ、蛍ちゃん」

 母の言葉をぼんやりと聞きながら、蛍は眠りについた。


 


 

 朝…というにはいまだ早く、太陽は顔をのぞかせていない。

「目が覚めちゃった…」
 寝すぎたせいだろう。昨日だけで、すでに十数時間ほど寝ていることになる。
 蛍は蛍光塗料の淡い光を放つ時計を見た。五時四十五分。
 あと少しで夜が明ける。そのまま眠るのも、二度寝で起きれなくなると思った蛍は、しばらく迷ったあと起きていることにした。
 することもなく、今日の出来事を占うような気分で未来を見た。デュナミスの開示。未来予測である。
「今日もいいことがあるといいな…」
 映像は複層をなし、蛍はそれの処理に追われる。『視る』ことはかなりの精神力を要する。だが、視るたびに、その対処のコツがわかり、蛍は慣れてきたようだ。

 ザー・・・

 断片的な映像。

 蛍は『視る』内容をある程度は特定できる。だが、基本的には一番起こりやすい未来が『視え』ることが多い。

 

 そして…蛍の目は驚愕に見開かれた。

「嘘…なんで…」

 蛍は震える声で呟いた。

 今日、大規模な飛行機事故が起こる。そして、そこに搭乗しているのは悟と叶恵だ。
 なぜ、両親が飛行機に搭乗するのか、そのわけを蛍は『視』ようと努める。だが、曖昧としていて、いまいちつかめない。
 焦りと不安で蛍の動悸は激しくなり、息ができないほど乱れていた。

「どうして…いきなり、今日、飛行機に乗るんだろ……そうだ…事故の原因は…」

 いくつもの映像の中から、取捨選択し、蛍は映像を明確化していく。
 未来はさまざまな糸がからまって、複層の構造をなす。そこには人の『行為』が関わって、さまざまな影響を与えている。『出来事の因果的な相互連関』と『行為因果の鎖』は相互に連関しあい、一つの糸を紡ぎだす。それは巨視的に視ても、すべてを捉えることはできない。だが、別の捉え方をすれば、その糸は巨大さ故に可能性という弾力をも生んでいる。そして『視』えるからこそ、起こりえないほどの小さな可能性を模索することができる。

 そして、蛍は『視』た。飛行機のコンピューターに小さな小さな欠損があるのだ。それは全体へ拡大し、ぎりぎりのところで見た目は安寧を保っていた。それが今日、一気に崩壊する。狙いすましたように、飛び立った直後に…

「どうすれば…事故を防ぐことができるの」
 蛍はいくつもの未来を『視』る…『視』る…『視』る…
 だが、『視』たすべての未来で、必ず事故は起こっていた。蛍がなんらかのアクションを起こしても、それは事故を遅らせるだけで、意味を成さない。
「運命…? 違う。なんか方法があるはずなんだ」
 泣きそうになっても、蛍は『視』続けた。

「ない…どうしても…確実に起こる未来は変えられないの?」
 いくつもの未来を『視』るなかで、父と母を救う方法はいくつかあった。
 だが、事故そのものを防ぐことはできない。それでも、蛍はあきらめることができなかった。たとえ他人だとしても、自分とまったく関係ない人だとしても…
 『視』るとはそういうことだ。すべての人の思いが間接的にだが伝わってくる。それは思いの共有にも似ていて、蛍は運命だと割り切ることは絶対にできない。

 そして、蛍は病院で最後まで死と闘ったことがある。最後まであきらめない。あきらめたくない…

 いつのまにか、太陽は昇り、まばゆいばかりの陽光が差し込んでいたが、蛍の心はいまだに闇の中を手探りに進んでいた。

 


 

「あら? おきていたの? 蛍ちゃん」
 七時ごろ、叶恵が蛍の部屋に入ってきた。
「お母さん…今日はどこかにでかけるの?」
 蛍は『視』た内容を確認するために聞いた可能性としては低い未来がたまたま『視え』ただけと思いたかった。

「え?」

「だから、お父さんとお母さんはどこかにでかけるのかなぁって、なんとなく思って…」
「あら、前々から思っていたけど、蛍ちゃんってほんとに勘がいいわね、実はお父さんが数週間だけど、東京のほうにお仕事に行かなくちゃいけなくなったの」
「お母さんも?」
「私はあっちのほうに行って、生活できる状態にするだけよ。お父さんは面倒くさりなの」
 叶恵は笑いながら、答える。そして、蛍は顔から血の気が引いていく感覚がした。
 ふらつき、ベッドに座りこむ。
「飛行機が出発するのはいつなの?」
「四時ごろだったわね」
「そう……」
 蛍は一番いい未来を『視』つめる。それは今ここで、自分の身体の不調を訴え、両親を無理やり引き止めることだ。そうすれば、両親を救うことはできる。しかし…それは事故を放置することになる。見殺しにすることになるのだ。
 蛍はどうすることもできずに、そのまま時は流れていった。

 

 朝食、それは朝の始まり…希望に溢れた時間のはずだ。だが、その日は違っていた。蛍は沈黙を続けたまま黙々と箸を動かしている。その思考はどのように未来を変えるかに向けられており、一種、独特の雰囲気を放っていた。

「蛍、どうしたんだ?」
「なんでもないよ」
 兄の言葉に、コンマ数秒で答える蛍。彼がどのように言うかを『視』て、もっとも時間をかけない答えを返す。
 優一としてはなんだかそっけない妹に対し、哀愁をたたえた目で見つめている。ちょっとだけかわいそう…とか思っている暇は残念ながらない。

「…ごちそうさま」
 蛍は朝食もそうそうに自分の部屋に戻った。

「いったい…どうすれば…」
 蛍はベッドの前に膝をつき、肘を柔らかなシーツに置いて、祈るように座り込む。

「なんで…こんな力があるんだろう…『視え』ても全然意味がないよ…」
 涙腺からじわっと涙が染み出し、重力に負けて、落ちそうになる。

 急いで袖で涙を拭う蛍。

 だが、時は無情にも過ぎていき、やがて登校の時間になった。

「蛍ちゃーん、そろそろ学校の時間よ」
 叶恵が一階から蛍を呼んだ。

どうすればいいんだろう…でも、やっぱり最後まで…。

 努力をしたかった。今の両親もすでに蛍の心ではかけがえのない存在だ。究極的状況下では、両親を助けることを選ぶだろう。
 しかし、何かをせずにはいられない。そのための時間が欲しかったのだ。

 蛍は机にかけてある赤いランドセルを背中に通した。普通のランドセルと違って、かなり薄型サイズだ。
 部屋をでて、階段を下りていく。その一歩、一歩に迷いがある。さ迷い歩く迷い子のように。

「蛍ちゃん、じゃあ、いってらっしゃいね。今日はお兄ちゃんと二人だけど、明日には帰ってくるわ」
 叶恵はキッチンの後片付けをしていたのか、エプロンを着たままの格好であった。
「お母さん…行ってきます」
「いってらっしゃーい」
 まさか叶恵も今日、自分が命の危険に晒されているとは夢にも思っていない。
 『視』える者のつらさがここにある。未来が『視』えてしまう恐怖が蛍の心をじわじわと締め付けていく。

 蛍の足取りは重く、昨日あれだけ輝いていた並木道も、今は暗く見えた。

「まずは…どうすれば…」

 今、まさに可能性の戦いがはじまった。


 


 

あとがき・・・

次回はおそらく早くかけると思います。すでにおおまかな流れがあるので・・・。

それでは。

 


 

 



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