目録に戻る
第2話へ






Auld Lang Syne

〜you'll be born again〜

作:ノイン





第三話

 一週間ほどの入院生活から退院し、蛍は第二の人生を送ることになる、晴宮家で暮らし始めた。蛍はふとしたきっかけで、デュナミスの能力のひとつ(かどうかはわからないが)、近時未来を予測する能力を覚醒させた。自らの力を喜び一杯で受け入れる蛍。今日からいよいよ学校である。

「ふわぁぁ、よく寝た」
 蛍はう〜んと大きく背伸びをすると、タンスの中から洋服を出し、自分の体をあんまり見ないようにして着替えた。
 いまだに自分の体を見るのが恥ずかしいのだ。

「それにしても、蛍ちゃんってどんな子だったんだろ?」
 蛍は本棚に並んでいる哲学書を眺めながら思案した。
 蛍は『蛍』が三年前に昏睡状態になったと聞いていた。ということは、わずか7歳かそこらで、それらの本を読んでいたことになる。
 蛍は『蛍』が天才児だったのかと推測し、不安な顔を作った。
 いくらなんでも、あんな哲学の本を読むような、天才なコのふりなんてできないよ…どうすればいいんだろ。う〜ん、本当に『蛍』ちゃんは天才だったのかなぁ?
 そこまで考えて、蛍は気づいた。
「そうだ、確かめてみればいいんだ」
 蛍はそっと『目』を開いた。未来予測能力の開示である。
 未来予測は未来予知とは違い、近時未来のもっとも起こる確率の高い事象から、低い確率で起こる事象までを断続的に『視る』という行為である。
 蛍は母、叶恵に自分がどうであったか聞くという未来を選択し『視た』









「ボクはどんなコだったの?」

「蛍ちゃんは蛍ちゃんよ」

「ボク記憶がないから…」

「大丈夫よ、記憶がなくても、蛍ちゃんは蛍ちゃんよ」

「違うんだってばぁ〜」






 挫折…
「なんか、うまくいかないや、難しいなぁ」
 蛍はしばらく試してみて、嘆息をつく。まったくうまくいかなかった。
「どうやら、近ければ近いほど、求める答えが簡単なほど、未来予測はしやすいみたい。しょうがないから、お母さんに聞いてみようかな、本当の『蛍』ちゃんがどんなだっただったのか」

 階下には、母、叶恵がいた。
「お母さん、ボクってさ、眠っている前はどんなコだったかな?」
「あら、おかしなことを聞くのね、蛍ちゃんは蛍ちゃんよ」
「ボクは記憶がないんだよ、だから知りたいの」
「記憶がなくても大丈夫だから、心配しなくてもいいのよ」
 叶恵はそう言うと、蛍をぎゅっと抱擁する、蛍は焦りつつも、このままでは先ほど『視た』結果と同じになりそうなので、ちょっと努力してみた。
「あのね、ボクはあんな分厚い哲学の本を読んでいたのかなぁ〜と思ったんだけど…」
「あら、そのことなの、あれはお父さんの本を置く場所がないから、とりあえず蛍ちゃんの部屋に置いておくことになったのよ、ずうっと前からね」
 叶恵の言葉に、蛍は頷きながら考えた。
 七歳のときにあんな哲学本を読むのは、まあ現実的にはありえないだろうな
 蛍は疑問が解決し、晴れ晴れとした顔を作った。

「じゃあ、朝食にしましょうか」
「うん、わかった」
 晴宮家の食事は、普通の日本食と洋食の折衷料理だった。つまりは、ご飯、味噌汁、そして、ちょっとしたおかずとして、目玉焼き、ハムなどがあり、お茶の代わりに牛乳を飲む。なぜか、微妙にアンバランスである。
 しかし、蛍としては、この家に居候をしているようなものであるため、どこか遠慮をしている部分がまだあり、結果として、朝食に対しては何も口出しをしなかった。
 それに、慣れれば、そういうアンバランスな料理も、おいしく感じるものだと思っているのである。
 世の中何事も慣れである。人の環境適用能力はすさまじいのだ。

「蛍ぅ〜、今日学校に行くんだろう? 大丈夫か?」
 優一が心底、心配そうな声で蛍に話し掛けてきた。
 蛍は口の中の食べ物を一気に、胃の中に流し込むと、笑顔をつくった。
「大丈夫だよ、別になにがあるってわけじゃ…」
 そこまで言って、蛍は考えた。
 そういえば、ボクが通う学校って、元の『蛍』ちゃんを知っている子がいるんじゃないかな、どうしようバレちゃったら…
 思考を元に戻すと、優一が心配そうな顔をしていた。蛍は優一に心配させないために、すぐに笑顔を作り
「そう、本当に何もないから、大丈夫♪」と答えた。
「本当に大丈夫なのか? 俺も一緒に学校行こうか?」
 それはいくらなんでも、『シスコン』を越えている。
「なっ何を言ってるの?! お兄ちゃん!!」
 蛍はとんでもなく焦った声を出し、顔をちょっぴり歪ませながらも、なんとか笑顔を保つことに成功した。
「いや…蛍が心配だからな、一緒に行こうと思って…」
「本当に大丈夫だから、お兄ちゃんはちゃんと学校行ってよ」
「うん…そうか…わかった……」
 言うまでもないことだと思われるが、彼はこれ以上なくしょんぼりしており、とっても、とっても、残念そうであった。





 蛍が向かう学校は、蛍の家からすぐ近所の『清祥小学校』である。この学校は公立の学校であり、蛍が昏睡する前に少しの間だけ通っていた学校なのだ。
 蛍は叶恵とともに、学校へ向かっていた。
 親と一緒に学校に行くのは、なんとも恥ずかしいような、くすぐったいような感覚である。
 そのためか、蛍はすぐ横を歩く叶恵を見ないように、顔を俯かせて歩いていた。

「それにしても、柔らかい日差しね」
 叶恵が日傘の中に蛍を入れた。蛍は日差しに弱いわけではないが、まっしろな肌がいきなり日に焼けるのは、身体に悪いと思っての行動である。
 蛍は急に暗くなった視界を変に思って、ゆっくりと上を見上げる。
 そこには、日傘の白と空の青があった。
 その色の鮮やかさに、蛍はしばしの間見とれ、ゆっくりと叶恵に視線を移し、唄うように呟く。
「あったかいね」
 春は近い。並木道の両端に植えられている木が日差しを乱反射させ、緑が一層きらきらと輝いている。そして、その光のおこぼれを精一杯吸収しようと、小さな名もない花達は大きく背伸びをしていた。生命が溢れ、色づく季節、それが春なのだ。

 並木道を抜けると、すぐに大きな交差点があり、そこを通過すると、もう小学校は目の前だ。蛍は高揚感と少しの不安が交じり合った、なんとも形容しがたい感情を抱き、叶恵にぴったりと寄り添うようにして、学校の中に入っていく。
 校門のところで、蛍は学校の様子を見てみたが、今は校内から、時折元気な声が聞こえるだけで、外に生徒はいなかった。
 それもそのはず、今日はとりあえず様子を見てみようということなので、蛍は朝の二時間目から、昼ご飯の時間までを過ごし、早退することにしているのだ。つまり、今は一時間目の途中だから、外に生徒はいないというわけである。

 下駄箱のところで、いまだに一回も履いたことのない真っ白な上履きを履く。
 そこで、蛍はたまらないほどの懐かしさがこみ上げてきた。
 三年ぶりの小学校である。ノスタルジックな気分になるのも当然であろう。

「蛍ちゃん、行くわよ」
「はぁ〜い」
 叶恵に答えを元気よく返し、二階にある職員室に向かった。

 蛍は緊張していた。職員室というものは、生徒達にとって、ある種の聖域みたいなところであり、おいそれと中に入ることができないからである。そのためか、蛍は叶恵の影に隠れるように、身を小さくしていた。
 叶恵はそんな蛍の様子に苦笑しつつも、職員室に向かって声を張り上げる。

「こんにちわ」
 叶恵の言葉に反応して、先生の幾人かが振り返り、軽く会釈を返した。そして、恰幅のよい先生が、悠然とこちらのほうへやってきた。
「晴宮さんですか?」
「はい、そうです。蛍をよろしくお願いします」
 叶恵は深くおじぎをした。蛍も急いであとにならった。
 教頭も軽く会釈をし、来客用の席を蛍と叶恵に勧めた。
「私はここの教頭を務めている、木津(きづ)というものです。蛍さんの担任の筒木(つつき)先生は、まだ授業中なので、しばらくここでお待ちください」
「わかりました」
 叶恵はもう一度立ち上がって、丁寧におじぎをした。
「それでは、私は仕事がありますので」
 そう言って、木津教頭はせわしない動きで去っていった。
「やっぱり、教頭先生は忙しいのかな?」
「そうねぇ、やっぱり他の先生よりも仕事が多いんじゃないのかしら」
 叶恵の言葉に対し、蛍は納得顔を作った。







 キーンコーンカーンコーン

 蛍の耳に聞きなれたチャイムの音が聞こえてきた。
 一時間目が終わったのだ。とたんに職員室の外から、子ども達の元気な声が響いてくる。

 チャイムの音は小学校も中学校も変わらないんだなぁ
 蛍はチャイムの音が全国共通なことに妙な感慨を持ちながら、担任の筒木先生がどんな人なのか考えていた。

 しばらく待っていると、背が高い人がやってきた。
「こんにちわ、私が蛍ちゃんの担任になる、筒木です」
 叶恵と蛍は席を立って、挨拶した。

 うわっ! 背がたか〜い
 筒木の身長は175cmぐらいである、従って別段、それほどまで高いというわけではない。しかし、蛍の視点の高さが確実に低くなっているため、受ける印象が『背が高い』となってしまうのだ。

「それでは、先生、どうぞよろしくお願いします」
 叶恵がもう一度、深くおじぎをする。
「はい、まかせてください。じゃあ蛍ちゃん行こうか」
 筒木が自信満々に答えたあと、笑顔で蛍に話し掛けてきた。蛍は小さく「はい」とつぶやくと、筒木の後ろに従った。後ろから叶恵が話し掛けてくる。
「それじゃあ、蛍ちゃん、がんばってきなさい」
「うん、わかったよ、お母さん」
 振り返りつつ、蛍は答えた。

 ああ、緊張するよぉ〜〜 ボク嫌われないかなぁ
 蛍は日本人とは、およそかけ離れている自分の容姿を少し気にしていた。
 蛍は客観的に見れば『可愛い』と形容される部類であろう。それでも気にしてしまうのは、蛍の気の弱さである。

「どうした、晴宮 気分でも悪いか?」
 筒木が蛍の顔を覗き込んだ。蛍はすぐさま思考を現実に引き戻し、筒木の顔を見た。
「先生、ボクの格好変じゃないですか?」
 しばしの間、筒木は蛍を観察する。
「そうだなぁ……晴宮は男子にモテるだろうな」
 筒木の言葉に、蛍はびっくり仰天する。蛍はいまでも、自分が男だったという思いが強く残っており、男にモテるなんてことは、まったくと言っていいほど考えてなかったのだ。
「先生!! ボクはモテたくないです」
 蛍はなかば涙目になりつつ叫んでいた。
「そんなに、めいいっぱい否定せんでもいいだろう。小学四年生の女の子となれば、好きな子の一人や二人いても、おかしくないぞ」
「ああ…ボク…女の子だったんだ…」
「おい、晴宮、いきなり廊下に座り込んで、どうしたんだ? 具合でもわるいのか?」
 筒木が心配そうに声をかけるが、蛍の耳にはまったくと言っていいほど、届いていなかった。






 ざわざわざわざわ…
 4−3のクラスはいつもとおんなじように他愛のない雑談に花を咲かせていた。
 眼鏡をかけて、髪をみつあみにしている女の子が、隣の席に座っている大人しそうな女の子に話し掛ける。
「明美(あけみ)ちゃん、先生遅いと思わない」
「…う〜ん、そおだねぇ」
 ちょっと考えたあとに、なんとも気のぬけた答えを返す。
 彼女の名前は周恩寺明美(しゅうおんじ・あけみ)…名はなんとかを表すという言葉どおり、彼女の父親はさる財閥の会長を務めており、超がつくほどの金持ちである。なぜ、そんなお嬢様が、こんな公立の学校に通っているかというと、彼女の父親は厳格な人で、可愛い子には旅をさせろ的精神で、この学校に通わせているかららしい。
「まったく明美ちゃんは、いつもおとぼけさんなんだから」
 そう言ったのは、白井奈美(しらい・なみ)、彼女は眼鏡っ娘であるが、おしとやかという言葉からはほど遠く、一言で言えば、直情型に位置される。それゆえに、おとぼけな明美とバランスが取れているのだ。

 そんな折、教室のドアが勢いよく開かれ、生徒達は一斉にそちらを向いた。担任の筒井と、見知らぬ女の子だ。言うまでもなく蛍である。
 蛍はしばらくの間、顔を激烈真っ赤にしながら俯いていた。顔をそおっと上げると、クラスの全員が好奇の目で見ているのがわかる。それを見て、蛍はさらに体温があがるのがわかった。
 うわ〜、どうしよぉ〜
「ほら、晴宮、自己紹介、自己紹介」
 筒木が、もじもじしていた蛍を促した。
「はっはい…晴宮蛍です。よろしくお願いします」
 ぺこりとおじぎをし…ゆっくりと顔をあげる。

「うわ〜銀色の髪だぁ」
「可愛い」
「お肌が綺麗ぃ」
 と女子は正直な感想をもらす。

 男子は沈黙しているが、目は蛍を完璧にロックオンしていた。
 蛍はいままでに感じたことのない視線に晒され、さらに顔を真っ赤にする。
「とりあえず、晴宮は…ほら、あそこの席に座れ」
「はっはい…」
 蛍は筒木が指差した席に向かった。奈美のちょうど後ろの席である。
「私、白井奈美っていうの。よろしくね、蛍ちゃん」
 奈美は後ろの席に座った蛍に話し掛けた。もちろん、後ろを向いてである。先生がいるのに、かなりの根性もんであった。
 「あ…よろしく…」
 蛍はいまだに緊張しているために、奈美の顔をまともに見れない。

「んで、こっちのコが周恩寺明美ちゃんっていうの」
 奈美は明美を蛍に紹介した。明美は今が授業中ということもあってか、控えめに短く「よろしく」とだけ言った。
「よろしくね…」
 蛍はもともと、かなり奥手なほうであった。女の子と喋る機会も病院での生活があったためほとんどなく、したがって今の状況はかなり恥ずかしく感じてしまうのだ。しかも彼女はさきほど筒木に言われて、自分が女の子であるということを再認識してしまって、さらに恥ずかし度が二割ほどパワーアップしている。
 奈美はそんな蛍の様子をおもしろく思い、興味を持った。
「なんか、蛍ちゃんって可愛いね」
「ボクが可愛い!?」
 いきなり可愛いと言われ、蛍は面食らった。
 その様子を見て、奈美は唇の端をつりあげて言葉を続ける。
「蛍ちゃんって、自分のこと『ボク』って言うんだ。かっわいい」
「白井さん、やめてよぉ」
 蛍は顔がカアァ〜ッと熱くなった。
「奈美でいいよ」
 玩具を手に入れた子ども(って実際に子どもだが…)のような顔で、蛍に向かって手を差し出す。
 握手の意味だと思った蛍はゆっくりと手を差し出した。
 しかし、その手を奈美がぐわっしっと掴み、手の甲を撫で始めた。
「うわぁ、やっぱりすべすべだぁ」
 クラスのほとんどがその様子に釘つけになっている。
 先生がゆっくりと近づいていく。蛍はその様子に気づいたが、奈美はまったく気づいていない。
「わっ、わっ、白井さん…」
「奈美でいいって言ってるでしょ」
「白井さぁ〜ん」
 あたふたとしている蛍がおもしろく、奈美はさらに顔で蛍の手をすべすべする。
「な〜み♪ だよ」
「奈美さぁ〜ん!!」

「そんなに焦ることないじゃ……」
 奈美は途中で肩をポンポンと叩かれ、固まった。
「楽しそうだな、白井」
 もちろん筒木である。
「先生ごめんなさ〜い」
 奈美が女の最終兵器、乙女の涙で筒木の精神を攻撃する。
「う…授業中に私語はするなよ」
 筒木はそう言うと壇上に戻り、授業を再開した。
 蛍が奈美を見てみると、奈美は舌をちらりとだし笑う。
 女の子ってすごいなぁ〜
 これですごいかどうかは、よくわからないが、蛍は本当に感嘆したのであった。







 授業中…

 蛍は魂の年齢は13歳である。ここらではっきりさせときたいが、中学一年の三学期で、彼女は病に倒れ、死亡したのだ。つまり彼女の頭脳、知識は相当程度あり…
 そういうわけで彼女は、小学四年の授業程度なら、ぼんやり受けても問題ないのであった。
「ふにゃぁ、眠いなぁ」
 蛍は大きく欠伸をして、前の席に座る奈美の背中を見た。奈美は蛍よりも10cmほど身長が高い。女子の中でもかなりの高さがある。
 蛍はそれをちょっとだけ羨ましいと思った。これは蛍の心をいまだ大部分は占めている『男の子としての部分』だ。つまりは、自分の身長がかなり縮んだことに対するコンプレックスが無意識としてだが、存在するのである。

 蛍が視線を前に移すと、筒木が算数の分数についての授業をしていた。簡単すぎる問題だ。
 蛍は緊張がとれ、思考する。
 奈美さんってだれかに似ているなぁ…誰だったっけ
「じゃあ、晴宮、この問題を解いてもらおうか」
「わっ、はい…」
 いきなりの筒木の問いに、蛍は勢いよく席から立ち上がると、軽いパニック状態になった。そのまま、かちこちに固まっている足を無理やり前に進めて、黒板の前に、やっとこさ辿り付いた。
 問題自体は簡単なものだ。蛍の頭ならまちがいなく解ける。だが、蛍は緊張していた。
 生徒達が蛍を、その一挙一動までも観察しているような錯覚を起こしていたのだ。
 蛍がすぐ側にいる筒木を助けを請うような目で見つめる。だが、筒木は軽い微笑を浮かべたまま、問題を解くように促した。
 ようやく観念した蛍は、後ろを気にせずに問題を解くことだけに集中した。
 考える必要もなく、簡単にすらすらとチョークを滑らせ、答えを導き出す。
「ようし、正解だ」
 筒木の言葉を聞いて、安心した蛍はすぐさま自分の席に戻った。



 休み時間…
「さっきはごめんね、蛍ちゃん」
 奈美が蛍の前で、またまた舌をちらっとだす。
「ううん、別にいいよ」
「じゃあ、もう一回自己紹介するね。私は奈美だよ。奈美さんじゃなくて、奈美ちゃんって呼んでね、ほら、次は明美ちゃんの番」
 奈美に促されても、明美はぼーっとした顔をしていたが、しばらくして蛍にうやうやしくおじぎをする。
 思わず蛍もおじぎを返した。
「違うでしょ、自己紹介しなさいってば」
 奈美が呆れた声をだしたところで、ようやく明美は自己紹介を始めた。
「明美だよぉ。よろしくね、蛍ちゃん」
 そう言いながら明美は蛍に男子だったら、おそらく128パーセント精神に障害をきたすと思われる、『天使の微笑み』を返してきた。
 蛍ももちろん今が女の子だからという例外規定は適用されることなく…蚊が鳴くような小さな、小さな声で
「よろしくね…明美ちゃん」
 と言うのが限界であった。

「ところで、蛍ちゃんってハーフなの?」
 奈美がぶしつけに質問してきた。
 蛍はまっすぐに奈美の目を見た。濁りのない綺麗な眼だ。彼女は他意なく、知りたいと思い聞いてきたのだろう。変に気を使われるよりいいと、蛍は思った。
 ここらへんは紙一重なので難しいところだが、他人のことを『知りたい』と思うのは、無関心よりずっと、『わかりあう』ために必要なことである。
「ううん、病気でこんなになっちゃったみたい」
 蛍は軽い声で、奈美に答えを返した。
「ふ〜ん、そうなんだ、銀色の髪、すごっく綺麗だね、ねえ明美ちゃん」
「うん、すごい綺麗だねぇ」
 二人の言葉に、真っ赤な蛍
「あっ、また赤くなった、かあ〜いい」
「ほんとだぁ〜」
「やめてよぉ〜」
 すっかり玩具と化してしまう蛍であった。



「ところで奈美ちゃんって、どっかで会った気がするんだけど…もしかして、昔会ったことがあるのかなぁ?」
 ようやく女の子との会話に慣れてきた蛍が、さきほど、ふと思ったことを聞いた。もしかしたら、奈美は『蛍』に会ったことがある人なのかもしれないのだ。
 ボクには『蛍』としての記憶がないけれど、自分の中には『蛍』ちゃんが眠っているんだし、もしかしたら記憶も少しだけ、ボクの中にあるのかもしれない。
 しかし、奈美の答えは予想を裏切るものだった。
「ううん、初めてだよ」
「そう…勘違いかな」
 そこでふと、蛍は気づいた。
「もしかして、奈美ちゃんのお姉さんの名前って『羽子』って言わない?」
 奈美の顔つきはよく見ると、病院の看護婦『白井羽子』に似ていた。しかも姓が同じである。
「あっ、蛍ちゃん、お姉ちゃんに会った事があるんだ」
「やっぱり、そうなんだ」
 蛍はなんだか嬉しくなった。







 筒木が4−3に向かい、歩みを進めていた。
 その横には、うすい金髪、言うなればプラチナブロンドと言うのだろうか――の少年が歩いていた。その少年は端正な顔立ちをしており、涼しげな顔はどこか大人びていた。
 彼は親の都合で日本に来ることになり、しばらくの間、ここ、清祥小学校に通う事になったと、筒木は校長に聞いていた。
 筒木は外国の子どもを預かるのは初めての経験であった。
 そのためか幾分緊張を含んだ声で、その少年に問い掛ける。
「ルーシア・ド・カリタスでよかったかな、名前は?」
「はい、ルーとでも呼んでいただければ、結構です」
 予想より遥かに流暢なルーシアの答えを聞いても、筒木は緊張した顔をしている。
 どうも外国人と話すのは苦手だ――そう筒木は思った。どうも日本人とは間が違うのだ。いや、ルーシアの雰囲気がどうも普通の生徒達とは違うので、余計そう思うのだろう。
 しかし、その少年も筒木にとっては大事な生徒の一人である、外国人だからと言って、腫れ物のように扱ってはいけない。そう決意した筒木は再度ルーシアに尋ねる。
「じゃあ、ルーと呼ぶけど、いいか? 名字のほうがどうにも呼びにくくてな」
「もちろん構いませんよ」
 ルーシアはそう言って、筒木に微笑みかける。
 その様子は、どこか人を超えた――言ってみれば天使的と言うか、中性的な雰囲気があった。
 筒木はやはり外国の子どもは違うなぁと思った。
 ふと、ルーシアは聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。
「彼女にやっと会えますね…」
「うん? なにか言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
 筒木とルーシアは4―3の、教室の目の前に到着した。






あとがき
本当にひさしぶりのノインです。
いろいろと手をだしすぎて、あっぷあっぷの状態ですが…
とりあえず、完結だけはさせるつもりです。
今回はとりあえず、登場人物を増やしたので、ここらへんで一度切ります。
次回からは少しストーリーを動かしたいと思いますので、ご了承くださいな。



この作品の感想は感想掲示板へどうぞ。

第4話へ
目録に戻る