この作品は、MONDOさん作<白塁学園高校女子ロボTRY部 EX−S「さおりんとりびゅーと」02> 『私たちをスキーに連れてって♪』の続編にあたります。もし、お読みでない方は、まず、そちらをお読みいただくと美味しくお読みいただけます。
山は常に厳しい。例え標高の低い山であっても、いつも行き慣れている山であっても、登山者は決して山を甘く見てはならない。これは登山の鉄則である。
その証拠に日本一低い山である天保山にも山小屋が完備され、山岳会や山岳救助隊も存在するのである。山は例えどんなに平坦でも甘く見てはならない。
そして、それが冬山であればなおのことである。雪によって容易に道を誤り、寒さが体温を容赦なく奪う。白く美しい雪山は人間を決して暖かく迎え入れてくれるようなことはないのである。
しかし、それでも人は山に登る。そこの山がある限り――
―― 魔法少女ラスカル☆ミーナ 番外編2 ――
私たちをスキーに連れてって♪
……しまったら、こんな目にあうんじゃないかと(笑)。
CREATED BY 南文堂
(special thanks MONDOさん&よっすぃーさん)
(承前)
「ここ、どこぉー」
だが、世の中には登りたくて登ったわけでもなく、成り行きで遭難してしまう人間も少なくはない。三百六十度、見渡す限り木立の中で携帯を握り締めて、一人泣きそうな声を上げている女子中学生もその一人であった。
その少女は、ポニーテールにした髪は雪の白さに栄えるほど黒くつややかで、涙をにじませる瞳はドキッとするほど色気があった。しかし、それと同時に泣き出しそうな顔ですら、かわいいと思えるほどの愛らしさも併せ持っていた。
さらには、赤いスキーウェアーでほとんど隠れてはいるが、それでもわずかに女性特有のしなやかなラインを想起させるだけの、控えめではあるが沈黙はしないボディーラインも有していた。
少女と女の中間点。そこで絶妙なバランスを取り、双方の魅力を発揮している。要するに一言で言えば、美少女であった。
彼女の名前は本名、皆瀬和久。現在の仮の名前は白瀬美奈子。そして、芸名、暗黒魔法少女ラスカル☆ミーナ。詳しい説明はMONDOさん作『私たちをスキーに連れてって♪』の中にあるので割愛する。
『ぴー』
長々と説明している間に美奈子の握り締めていた携帯は虚しい電子音を鳴らし、画面に『電池を充電してください』と表示され、暗転した。
これで彼女は唯一つながっていた細い糸が切れ、正真正銘、遭難してしまった。
「い、い、いやぁー」
彼女の絶叫は誰もいない木立にただ響くだけで、それを聞くものはうさぎと狐ぐらいであった。
「美奈子ちゃん? 美奈子ちゃん!」
通話が切れた携帯に何度となく沙織は呼びかけた。もちろん、こちらから電話もかけてみたが、『電源が入っていないか、電波の届かない場所』というメッセージが聞こえてくるだけだった。
「携帯電話のバッテリーが切れたんだ、きっと」
自分の携帯電話の充電状況を思い出して、ほのかは青ざめた。
ちょうどそこへ琉璃香がゲレンデから引き上げて、ロッジの方へと降りてきた。
「ふう……トリプルアクセルからダブルトゥーループにつなげるところがいまいち不安定ね。それと、キャメルは問題なけど、もう少しシットスピンを安定させないと駄目ね。やっぱり、フィギアスキーも長いことやってないと腕が落ちるわね」
ゴーグルをあげて一息ついている琉璃香に沙織たちは慌てて駆け寄った。
「琉璃香さん! 大変です! 美奈子ちゃんが遭難しちゃったみたいなんです」
沙織たちはすがるように彼女に美奈子の遭難を報告した。彼女たちは本能的に琉璃香なら何とかできるかもしれないと感じていたのだろう。
琉璃香は彼女たちの期待の視線を一身に集め、のんびりやってくるお師匠を見ながら一言。
「ソウナンですか、お師匠さま?」
彼女の一言で周囲の気温が一気に下がった。それにつられて、天候が悪化し、さっきまでうす曇りだったはずが、重たい雲が山の頂上あたりに垂れ込めて、山頂を視界から消し去った。
「駄洒落なんて言っている場合じゃありません。早く助けに行かないと!」
天候が悪化すれば、スキーゲレンデの近くとはいえ、命に関わる事になりかねない。沙織たちの血の気は周囲の気温以上に下がった。
「うーん、でも、遭難なんて、そう何(ソウナン)度も体験できないから、いい思い出になるわよ」
琉璃香が会心の笑顔で放ったその言葉に反応し、突然の強風が吹き荒れ、山頂あたりで降り始めた雪をふもとへと運び、周囲の気温と視界を一気に奪い去った。
ゲレンデにいたスキーヤーたちはただならぬ天候の変化に即座にスキーを中止して、手近の建物へと避難を始めるほどであった。
「むうっ。これでは、捜索は危険ぢゃ。二次遭難しかねん。諦めて、ロッジに引き上げるんぢゃ」
お師匠はスキー板を外して肩に担いだ。琉璃香も同様にスキー板を担いだ。
「そんな! 美奈子ちゃんは!」
その様子に四人は避難をしようとせずに、猛然と非難の声をあげた。
「大丈夫ぢゃ。あの琉璃香ちゃんと一緒に暮らせる娘がこの程度の吹雪で死ねるわけがなかろう。晩飯までには自力で戻ってこれるじゃろ」
お師匠の言葉は根拠も何もないが、なぜか恐ろしいまで説得力のある言葉であった。
「ううー。なんだか、納得できないけど、納得できるぅ〜」
理性で否定し、本能で肯定され、頭の中をかき回された気分になって彼女たちは頭を抱えた。
「ほれ。早くせんか! ゲレンデといえども遭難することもできるんじゃぞ。人は三十センチの水深でおぼれる事ができるほど器用なんじゃからな」
それを器用というかどうかは別にして、お師匠の言うことももっともと、彼女たちは美奈子の身を案じつつもロッジに引き上げる事にした。
「美奈子ちゃん。無事でいてね。天候が回復したらきっと助けに行くから」
彼女たちは山のどこかにいるはずの美奈子に約束して、ロッジに入った。
突然気温が下がったかと思えば、吹雪である。手を伸ばした先さえも怪しくなるような猛然とした吹雪の中、美奈子は移動を危険として、風上に背を向け、身体を丸くして、じっと吹雪がすこしでも収まるのを待つ事にした。
遮蔽物もなく、もろに雪風をかぶるが、視界の悪い時に下手に動き回って沢や崖に転落すれば助かるものも助からない。ちょっとでも吹雪が収まれば、ビバークできるような場所を探して、救助を待つのが得策と判断したのであった。
普通ならばパニック状態に陥っても仕方ないか弱き女子中学生だが、彼女のこれまでの人生において、これはまだパニックを起こすほどのことではなかった。
(つくづく、私って……)
こんなときにも冷静な判断ができる自分に気がついて、本来なら賞賛されるべきことだが、彼女の心中は微妙な苦さを感じずにはいられなかった。
暖炉の中で燃えていた木がはぜて、崩れた拍子に火の粉が舞ったが、炎の起こす上昇気流に乗って煙突の中へと消えていった。
沙織は真っ白な窓の外を見ていた。一時的には納得はしたが、やはり助けに行くのだったと後悔すら感じていた。
(いくら琉璃香さんの縁者だからって、美奈子ちゃんはまだ女子中学生なんだ。きっと、この吹雪の中どうすることもできずに泣いているに決まってる。くそっ! 男の癖に、助けに行くこともできないなんて)
沙織は奥歯をかみ締めた。今は女の子の姿だが、中身は男子高校生。しかも、善良な。美奈子の遭難の責任を一人で感じていた。もっとも、他の三人も責任を感じていたのは同様であったが。
「これ、気が乱れておるぞ。そんなしかめっ面をしていたら、あっという間に皺だらけのばあさんになるぞ」
困った生徒たちの重苦しい雰囲気に苦笑を浮かべながらお師匠は空いている席に腰を下ろした。
「師匠――」
「救助に行きたいというのは却下ぢゃ。それに、さっきパトロールの人たちに聞いたのじゃが、この山にさすらいの山岳救助犬のバリー君がやってきているそうぢゃ」
何かを言いかけた沙織の切っ先を制して師匠は明るいニュースがあると彼女たちに伝えた。
「さすらいの山岳救助犬?」
どことなく胡散臭さを感じさせる名前に彼女らは聞き返した。
「そうぢゃ。1815年にアルプス山中で狼と間違えられ、遭難者に射殺された名山岳救助犬、バリーの血を引く第39代目、バリー39世号。彼も山岳救助犬として、初代に勝るとも劣らない功績を上げている山岳救助犬だそうぢゃ。彼が来ているのなら、きっと美奈子ちゃんも救助してくれると言っておった。とにかく、今は待つことぢゃ」
お師匠は最後の一言だけ、力強く真剣な口調で言った。
「はい……ありがとうございます。師匠」
沙織は自分の焦りを反省して、今、自分のできることを考える事にした。
「『おじいさま』と呼ばぬかっ。……ぢゃがこれで、また一つ貸しぢゃな」
茶目っ気たっぷりにお師匠は片目を瞑った。
「言っておきますけど、お返しは今日のカニっていうのは、駄目ですからね」
沙織もそれに笑顔で応えた。
「ふむふむ。少しは学習したようぢゃな。仕方あるまい。この貸しはまた、別の機会に返してもらうことにしよう」
お師匠と彼女たちは誰とはなしに視線を窓の外に移したが、吹雪は一向にやむ気配を見せようとはしていなかった。
(美奈子ちゃん、無事でいてね)
「少し、収まってきたかな?」
吹雪であることはまだ間違いなかったが、彼女の推測どおり、鼻をつままれてもわからないほどの白い闇は終わり、ある程度の視界が開けてきた。
「慎重に進めば、なんとかなりそう」
滑ってきたスキーの跡は圧雪していない新雪の上だったために雪に深く刻まれている。多少の吹雪ではすぐに消えることはない。それをたどれば、ゲレンデに出られるはずである。
それにふもとはいくつもあるが、ここの山の頂上は一つ。しかも、そこにはゲレンデの休憩所もあるので、そこにさえたどり着けば帰れるとビバークをやめて、自力下山に判断を切り替えた。
美奈子は雪に取られて重い足を一歩一歩前に進め、スキーの跡をたどった。
「……なんか、こういう映画があったっけ……深夜放送で昔の映画をやってるやつで……えーと……あ、そう! 『六甲山』! なんだかそれみたい」
ちなみに、正解は『八甲田山』である。日露戦争を前に日本帝国陸軍が八甲田山で雪中行軍演習をした際に起こった遭難事故を題材にした映画である。『六甲山』だったら、阪神タイガースの選手が冬季キャンプで雪中行軍練習する話になりかねない。
ともあれ、そんなことすらも思い出せないぐらい、美奈子の思考は低下していた。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……あれ?」
吐く息が白くなるのもわからないほど強い風の中、美奈子は前方に何か茶色い塊を見つけた。
茶色い塊はゆっくりと美奈子の方へと近づいてきた。
「なに?」
美奈子はストックを構えて、警戒した。日本の山中に狼はいないが、冬眠をしそこねた熊かもしれない。
しかし、その茶色い塊が徐々に輪郭をハッキリさせてくると、彼女は安堵の表情を浮かべた。茶色い塊はセントバーナード犬であった。
セントバーナードはゆっくりと力強い足取りで美奈子のところまでやってくると舌で彼女の手の甲を少し舐めた。遭難者を勇気付けるためだろう。美奈子は嬉しくなって、彼の百キロ近い巨体に抱きついた。
「バリー? あなたの名前ね……バリー39世っていうの? あったかい」
彼の首輪の名前を読みながら美奈子はバリーを抱きしめた。彼の暖かい体温が彼女に伝わり、しみこむような安堵感を彼女に与えた。
「やっぱり、この吹雪の中の移動は無茶だったわね。これじゃあ、頂上に着く前に凍死しちゃうわ」
バリーに少し体温を分けてもらって、わずかに判断力を回復させた美奈子は自分の目論見以上の気温と体温の低下に予定を当初のものに戻して、どこかに雪洞を掘って救助を待つ作戦に切り替える事にした。
そう考えがまとまった途端、美奈子は再び寒さに身震いをした。ここまで歩いてきた間にかいた汗が冷えたのである。なるべく汗はかかないようにと気を使っていたが、たった一人で雪山に取り残されたのである。はやる気持ちを抑えろという方が無茶であった。
「そうだ。こういうときは♪」
美奈子は何かを思い出して、バリーの首にぶら下がっている小型のたるににじり寄った。
「山岳救助犬の首の下には気付け薬のラム酒が入っているんだったよね。そんなお酒を飲む機会なんてそう何度もないもんね、なんちゃって」
間違いなく、美奈子は琉璃香と母娘であった。ちなみに、寒い駄洒落で気候を操るほどの箔が備わっていなかったことが、彼女にとっては不幸中の幸いであっただろう。
しかし、バリーのたるに取り掛かろうとする美奈子を、彼はそっと押しとどめた。そして、首を振って、たるに書かれた文字を読むように示した。
「えーと……『お酒は二十歳になってから♪』――って、なんでぇ?!」
彼女はたるに書かれている文字を読んで愕然とした。そんな彼女にバリーは優しく肩を叩き、
『お嬢ちゃん。君が大人になったら、その時にまた僕のところにおいで』
といわんばかりの優しい笑顔を浮かべた。
「……うん。そうする。ありがとう、バリー」
美奈子はへたり込みながらも、彼の優しさに胸が熱くなった。
『じゃあ、達者でな。今度会うときは、立派なレディーになっているんだよ』
と言いたげな後姿でバリーは吹雪のカーテンの向こうに消えていった。
「バリー、またね」
美奈子はバリーの後姿を見えなくなっても、いつまで見続けていた。
「……あ、しまった。一緒についていけば、よかったんだ……」
「続きまして、遭難のニュースです。
F県の蔵灘爆流温泉に向かっていた甘水市の白塁学園高校元祖ロボTRY部部員およびOB、七名が予定の時刻になっても宿泊予定の民宿に到着せず、連絡の取れない状態になっておりましたが、無事自力で民宿に到達した模様です。
部員たちは一名が軽い打撲傷を負った以外、ほとんど怪我もなく、健康に問題ないとのことです。ただ、精神科医は部員たちは遭難のショックでパニック症状を引き起こしており、意味不明な言動を繰り返しており、アフターケアが必要とのことです。
とはいえ、全員、無事でよかったですね、古猫さん」
いかにもインテリな感じのする女性アナウンサーがニュースを読み上げて、軽いコメントをメインキャスターに振った。
「そうですね。雪山は怖いですね。この蔵灘爆流温泉も彼らが降りたバス停から5分の場所にあったといいますから、雪山に行く人は注意が必要ですね」
メインキャスターは脚本でもあるかと思えるほど心のこもっていないコメントと笑顔でそれに応えた。
「ええ、そうですね。その温泉の隣にある蔵灘スキー場でも遊びに来ていたO県T市の女子中学生が行方不明になって、天候の回復を待って捜索が予定されているようです。
それでは、次のニュースです。動物園でかわいいライオンの赤ちゃんが――」
女性アナウンサーもさも心配そうについでのニュースを読み上げると、何事もなかったように次の話題に移っていった。
沙織はリモコンを操作してテレビを消した。気を紛らわせようとつけていたテレビであったが、このニュースである。ますます気が滅入った。
「沙織ちゃん。あまり思いつめない方がいいよ」
ほのかはホットココアの入ったマグカップを沙織に渡した。
「ほのかさん……」
マグカップを抱えるように両手で受け取って、その熱さを手のひらに感じた。
「……きっと、美奈子ちゃん、凍える思いしてるよね」
まるで自分が暖かい室内にいて、暖かい飲み物を手にしている事がどうしようもなく最低最悪な罪悪のように感じて視線を落とした。
「沙織ちゃん……」
ほのかは何もいえなくなって、同様に視線を落とした。
「美奈子ちゃんが寒い思いをしてるから自分も同じ思いをしたからって、それは自己満足でしかないわよ、沙織ちゃん」
「琉璃香さん!」
落ち込んでいる二人のそばにやってきた琉璃香は何かを諭す母親のように声をかけた。
「それに、沙織ちゃんがそんなに身を削るほど心配することを美奈子ちゃんは喜ばないと思うけど? 沙織ちゃんはどう思う?」
「それは……」
沙織は困惑した表情を浮かべた。理性ではそうだが、感情は別である。
「心配してくれるのはありがたいけど、それで身体を壊されたら美奈子ちゃんも悲しむと思うわ。だから、いつもどおりにして、帰ってきたら笑顔でお帰りって迎えてあげて」
「……はい」
琉璃香の優しく強い言葉に沙織もほのかも頷くしかなかった。
「いい娘ね、ほのかちゃん、沙織ちゃん」
軽く二人の頭をなでて、食堂から自分の部屋に戻るため、階段を登ろうとした。しかし、その上がり口にお師匠が少し困惑顔で立っていた。
「しかし、琉璃香ちゃんが出張ればすぐに解決するんじゃないのか?」
「この程度でどうにかなるようなやわな娘は産んだ憶えはありませんよ、お師匠様」
産んだ憶えがあるのは息子でしょう! と美奈子がいれば突っ込んでいるかもしれないが、残念ながら現在は遭難中である。
「そう思うが、美奈子ちゃんは言うほど特別な身体ではあるまい」
スキーのレッスンで彼女の身体能力は充分にわかっているお師匠は断言した。美奈子のそれは、同年代の少女に比べれば優れているとはいえ、せいぜい、何かのスポーツで地区予選のいいところまでいける程度であった。
「その通りよ、お師匠さま。魔法少女なんて、魔法が使えなければ、字のごとくただの少女。でも、魔法が使えるから、魔法少女なんですよ」
「ぬっ?」
「あの娘もさっさと魔法少女に変身して、とっとと戻ってくればいいのに。まったく、相変わらず、要領悪いんだから」
琉璃香はため息をついて首を振った。
「ふむ。ところで、一つ聞いてよいか? どうしてそうまで救助を拒むんぢゃ? 獅子はわが子を千尋の谷に突き落とすというわけでもあるまいに」
「それは――」
琉璃香は急に真面目な表情をした。
「それは?」
お師匠も釣られて、シリアスモードに作画を切り替えた。
「この寒空に魔法少女に変身したら、寒いからよ♪」
「うむ。納得した」
……浮かばれぬ娘、暗黒魔法少女ラスカル☆ミーナこと白瀬美奈子である。
「そういうことなら仕方あるまい。どうぢゃ? 部屋で一杯お茶でも。美味しい芋羊羹を手に入れたんぢゃ」
「よろこんで♪」
こうして、美奈子は自力による帰還のみが選択肢として残されたのであった。
一方、美奈子は琉璃香の救助拒否など最初から想定内と言わんばかりに生き残るための努力を続けていた。
山岳救助犬バリーと遭遇した場所近くで雪を積み上げ、かまくらを作ろうとしていた。
もちろん、遊んでいるわけではない。
雪は複雑な結晶をしているために、その中に多くの空気を含んでいる。これで壁、天井を作れば、優秀な断熱材となる。
また、山岳救助犬が去っていった理由は、単独での救助が困難と判断して、救助隊にこの場所を教えるためと考えたのであった。
遭難した際につけたシュプールと山岳救助犬の情報を合わせれば、この場所に救助隊がやってくる可能性は高い。
美奈子は凍える手で雪をかき集め、かまくらをつくることに集中した。
「つっ……一人じゃ、時間がかかりすぎるわ」
グローブに雪がしみこみ、指先の感覚がなくなっていたが、かまくらの完成はまだ先という現実に美奈子は歯噛みした。
「せめて、何か……スコップか何か道具があれば――あっ!」
そのとき、美奈子の脳裏にある豆電球のフィラメントに電気が走った。
「スコップじゃないけど、スコップの代わりになるもの!」
美奈子は遭難していることも忘れて歓喜の声を上げた。そして、彼女の右手に魔法少女のみが持つ事が許される伝説の魔法のバトンが現れた。
彼女の身体を包んでいる赤いスキーウェアーはみるみる縮んで、黒いレザー素材のミニのノースリーブワンピースとなり、スキーブーツもヒールのついたレザーブーツに変化し、グローブもぴったりとした肘まで覆う手袋へと変わった。
黒かった髪は毛先から金色に侵食され、全てを金色に変えると髪留めが変化し、宝石がついた派手なリボンになったかと思うと、頭の上には羽根飾りのついた帽子まで出現した。
「♪ぶりざーど、ぶりざーど――で世界を包んですべてを白銀に変えたとしても。スキーヤーたちの熱い視線が私を照らして、ゲレンデだってあっという間に溶けちゃうの。それは恋? はたまた故意? 未必の恋は無罪放免! 天下御免の暗黒魔法少女、ラスカル☆ミーナ。ここに参上♪」
猛吹雪の中、金髪の薄着の魔法美少女が口上を切って、ポーズを決めた。
そこへ突風が無慈悲に吹きぬけた。
「……さぶっ!」
ミーナは身をよじるようにして身を縮めた。ゲレンデの隣で遭難するほどの吹雪の中、魔法少女のコスチュームではそれも当然であった。
「ああ……しかも、いつもの癖で口上とポーズまで決めちゃった〜。なんだか、私、どんどん駄目になっていっているような……」
身を縮めながら落ち込む暗黒魔法少女。普段では滅多にお目にかかれない代物であるが、残念ながらギャラリーは誰もいなかった。
「まあ、誰もいなかったのが、不幸中の幸いね。凍えないうちにさっさとかまくら作っちゃおう」
ミーナはハリセン状のバトンで雪をすくって積み上げた。伝統ある魔法少女史でこのようなバトンの使用方法をした魔法少女は彼女が初めてで、また最後であろう。
余談だが、後世の歴史家たちの間で、彼女のこの行為を「魔法少女を冒涜する蛮行」と批難するものと、「咄嗟の機転を利かせて事件を解決するのは魔法少女の王道」と擁護するものとがあらわれ、学会においておたがいが激しい取っ組み合いになるほどのアツイ議論をすることとなるのであった。
もっとも、ミーナにしてみれば、後世の歴史家の批難や賛同よりも今の生き残り。誰に見られることなく、一人黙々と作業に熱中していた。生きるために。
しかし、そんな彼女を見つめる瞳が四つ。そのうち二つが、やおら立ち上がった。
「ふふふ、ここで遭ったが百年の恋も冷める瞬間よ! ラスカル☆ミーナ! 雪が全ての穢れを覆い隠すなんて乙女の幻想、夢物語! いつかは春の日差しの溶かされて、全ては白日の下に現れるもの! 白いペンキを塗っただけで世界が平和になるなら、世界中はホワイトハウス! 正義の炎で雪をも溶かし、隠れた罪を無理やり暴く! 正義の魔法少女、ファ、ファ、ファックション!」
「……大魔王〜♪ つぼの中から飛んでくる〜♪」
立ち上がった人影はミーナに負けず劣らずの薄着で、ひらひらのフリルとリボンをふんだんに使ったファンシーないでたちで、手にはト音記号を熱で変形させたようなバトンを持っていた。懸命な読者ならお気づきであろうが、ミーナのライバル、正義の魔法少女ファンシー・リリーであった。
そして、彼女が口上の途中でしたくしゃみにつまらないボケをかまして、リリーによって雪の中に必要以上に埋没させられているのは彼女の相棒の使い魔、ウッちゃんであった。
「前略! 正義の魔法少女、ファンシー・リリー、ここに参上! ラスカル☆ミーナ! あなたがこんな山奥で何を悪巧みしているかは知らないけど、あたしが来たからにはあなたの好きにはさせないわ。さあ! 悪巧みをやめて、私を町まで連れて行きなさい!」
普段なら少しは決まっているが、なにしろ、髪の毛に半分雪は積もっているし、鼻水を流しながらでは決まるものは決まらない。
「えーと……あの……」
ミーナは突然の知り合いの登場に喜ぶべきかどうか当惑した。
「ねえ、リリー。素直に遭難したので、助けてくださいって言えば?」
やっとのことで雪の中からはいずり出てきたウッちゃんがぼそっと呟いた。
「うっさい! 正義の魔法少女が悪の魔法少女に力を借りたとあっては名折れでしょうが!」
リリーは再び白い塊を雪に同化させようと頭を押さえつけた。ウッちゃんも再び沈められるのはいやらしく必死に抵抗していた。
「でも、それで死んだらバカだよ……しかも、温泉に行くために近道しようとして道に迷った挙句、一晩中さまよっていた末なんて……」
「何を言っているの! あれは怒濤の雪中行軍訓練を急遽実施したのよ!」
どこかで聞いた話と思わないように。世の中は偶然の一致という神様のいたずらに満ち溢れているのです。
「あのー……」
ミーナは必死でウッちゃんを埋没させようとしているリリーと、埋没しないようにがんばっているウッちゃんにおずおずと声をかけた。
「何!? 今はこの白い獣を封印するのに忙しいんだから、後にして!」
「そうだ! これは僕らの聖戦なんだ! 邪魔はするな」
ミーナは二人の迫力に気圧されたが、ここで言っておかないと、きっとこの気迫は自分に向けられかねない。
「えーと、あのー……」
「しつこいわね! 忙しいって言ってるじゃない! じゃあ、十文字以内で言いなさい!」
「えーと……」律儀に指折り数えてからミーナは顔を上げて、リリーに言った。
「私も遭難中」
「わ・た・し・も・そ・う・な・ん・ちゅ・う……ぎりぎりセーフね」
リリーもウッちゃんも聖戦を一時中断して指折り数えた。
「よかった。『ちゅ』を二文字に数えられたらどうしようかと……」
リリーの合格にミーナはほっと胸をなでおろした。
「ふつう、一文字よ。わたしもそうなんちゅう。十文字。私も遭難中――」
しばし沈黙。
「遭難中! 遭難中ですって!」
「はい……その、すいません」
ミーナは申し訳なさそうに謝った。なんだかそうしないといけない空気がその周辺に満ちていた。
「くっ。あてにしてたのに! で、遭難中に雪遊びなんかして、気でも違ったの」
「えーと、これは、かまくらを作って、その中に避難して、この吹雪をおさまるのを待とうと思って……」
「なるほど。雪洞を掘ってビバークするってことか。こういうときのセオリーだね」
ウッちゃんがミーナの意図を理解して納得した。
「はい。でも、一人だとなかなか進まなくて……」
バトンのハリセンを使っても体力が上がるわけでもないので、作業は手よりも少し効率がよくなった程度であった。
「仕方ないわね。ウッちゃん。手伝うわよ」
リリーはそういうと、登場した斜面を滑り降りて、ミーナのところまでやってきた。
「え? リリー、でも……」
ウッちゃんとミーナはリリーの意外な申し出に目を白黒させた。
「こんなときに悪も正義もないでしょう。呉越同舟ってわけよ。ミーナ、そういうわけで、不本意だけど一時休戦よ」
そう言いつつ、バトンを板状に変形させて雪を積み上げ始めた。
「うわー……この吹雪、しばらく止みそうにもないよ。リリーがまともなこと言ってる」
そう呟いたウッちゃんがかまくらに埋められそうになったのは言うまでもない。
こうして、悪と正義、ミーナとリリーの共同作戦が開始されたのであった。
伊達愛美は自分がレッドブルマーとなれば美奈子を救助できるかもと典子に相談したが、結論は、
「二次遭難が関の山」
であった。
まず、美奈子の居場所を特定して、そこへ向かわなければならない。だが、正確の場所は不明である。しかも、吹雪で視界は悪く、十メートルでも違ったルートを通っただけで発見できない可能性が高い。
いかに常人より能力が強化されていようとも雪山は人が数倍になったぐらいでどうにかできるほど甘くはない。
しかも、伊達典子、愛美ともども冷え性である。通常の寒さでも血液の循環が滞るのに、現在の気象条件では即、止まって凍傷になりかねない気もした。
「責任は感じるけど、ここで二次遭難したら余計に迷惑がかかるだけだから、おとなしくしておくのが一番よ。それに、あの強化服……耐寒装備がついてるとは思えないし……」
確かに、元々はご町内の平和を守るために生み出された限定局地戦スーパーヒロイン用強化服である。あの町が雪で埋まることを想定した装備など基本機能としてつけているとは思えない。
おまけに、強化服を作り直すのがもったいないからといって霧島五郎を伊達典子そっくりの愛美に変身させた貧乏性の宇宙人、藤崎エリコにそんなオプションをつける甲斐性があるとも思えなかった。
「みんな、貧乏が悪いんだ」
愛美は何か見えない力に屈服させられた気分になって呟いた。
「失礼ね。お金で不自由させた憶えはないわよ」
典子はある意味お嬢様である。愛美の生活費を実費で出しているのであるからかなりのものである。
「ううー。白鳥さんの伯父さんみたいに私設国際救助隊を組織して雷鳥五匹くらい飼っているぐらいお金持ちだったら良かったのに」
「あんたねー。そんなことしたら、国家騒乱罪で捕まるわよ」
どこをどう切っても国際問題に発展しかねないレスキュー隊を呼ぶわけにはいかない。しかも、この天候では来たところでどれほどの役に立つのか疑問である。
「はあ。待つしかないのか。所詮はご町内のスーパーヒロイン。県外は圏外ってわけよね。美奈子ちゃん、無事でいてね」
駄洒落にも気づかず、愛美と典子は美奈子の無事を祈った。
木立の続く林の中で少し開けた場所に小さな雪山があった。雪山は大人が三人ほどで囲めば囲めるほど小さかった。普通なら、岩か何かに雪が積もったものと思われるだろうが、それは天然のものではなく、人工のもので、中が中空になっていた。
ミーナとリリーは凍死する前にかまくらを完成させたのであった。
「もうちょっとこっちに寄りなさいよ」
リリーはミーナの方に擦り寄った。二人が身をかがめて入ってぎりぎりの狭い空間だが、ミーナはリリーからわずかに身体を離していた。
「え? で、でも……」
「寒いんだから、くっつかないと寒いでしょ!」
「うん……」
ミーナはリリーに身体を寄せた。彼女の柔らかい腕や太ももの感触が自分の腕や太ももに伝わってくる。幼そうに見えても彼女は女性の体つきなのである。
ミーナはその意外性に戸惑いを覚え、それが妙に自分の男の意識を揺り起こさせてしまっていた。男は意外性に萌える生き物なのだから仕方ない。
「まったく、いつになったら、止むのよ、この吹雪は」
リリーは寒さに歯の根が合わなくなりながら悪態をついた。
「そうね……」
ミーナは生返事を返した。何か喋ると今、必死で抑えている男の感覚が暴走しそうで怖かった。
リリーもミーナが生返事しか返さないので、あまり喋らなくなり、吹雪の唸りが時間を長く支配するようになった。
「……初恋の話をしなさいよ」
リリーが唐突に言った。
「へ?」
「初恋の話よ。初恋!」
「ど、どうして?」
「とっても寒いからよ! だから、こっぱずかしくて顔が赤くなるような話をするのよ。そうなれば、体温が上がって暖かくなる。わかったら、早くしなさい!」
「いや、あの、それだったら、リリーさんがすれば……」
「なに! あたしに恥をかかそうって言うわけ?」
「えーと、そういうことじゃなくて……」
ミーナは困惑した。白瀬美奈子になって恋心など抱いた憶えもないし、皆瀬和久だった頃の話をするわけにはいかない。
「じゃあ、初ひとりエッチの時の話!」
「いや、話題を変えればいいってわけじゃ――って、何を!」
「うるさい! こうなったら、二人抱き合ってお互いの体温を逃がさないようにするしかないでしょう」
リリーはミーナに向かい合うように抱きついてきた。胸と胸が押し当てられて、硬いような軟らかいような、痛いような気持ちよいような不思議な感覚が脳髄をしびれさせる。
ミーナをまたぐようにしているためにリリーの大事なところもミーナのおなかの辺りに押し当てられる。おなかの皮膚の感覚が鋭敏なわけがないが、そこに押し当てられているものを想像するだけで充分に理性をオーバーヒートさせる。
「ほら、あなたも抱きしめなさいよ」
リリーはミーナをぎゅっと抱きしめた。昨日からお風呂に入っていないはずなのに妙に甘酸っぱい薫のするリリーの髪がミーナの嗅覚を刺激した。
「あ、あ、あ、だめー!」
変な感覚に目覚めそうになって、本能的にミーナはリリーを突き飛ばすように身を離した。
「痛っ! ミーナ! あたしがせっかく親切で抱きついているのに何するのよ!」
「何するって、何したらいけないから、何するわけにはいかないじゃない!」
ミーナは耳の裏まで真っ赤にした。女の子になって以来、いろいろと情報だけは頼みもしないのに入ってくる。今ではいっぱしの耳年増の美奈子ちゃんであった。
「何が何するって、何がいいたいのよ!」
リリーの方は耳が年増になる機会は与えられなかったらしい。もしくは知っていても、ただ単に鈍くて気がつかないだけかもしれない。
「だから、何が何して、何するって」
ミーナはわけがわからない叫びを上げた。
「なに、わけわかんないこと言ってるのよ。いいから、さっさとあたしを抱きなさい!」
「抱くって、だくって、そんなのできないよぉ」
ミーナは泣き出しそうな声を上げた。
「リリー、ミーナ、こんな狭いところで暴れたら――がぼはっ!」
ウッちゃんが仲裁に入るや否や、かまくらは崩壊した。ミーナの『いやいやダンス』とリリーのウッちゃんに対する『お前は黙っとれアッパー』のコンビネーションにかまくらの耐久強度が屈服したのであった。
木立の続く林の中で少し開けた場所に小さな雪山があった。雪山は大人が三人ほどで囲めば囲めるほど小さかった。普通なら、岩か何かに雪が積もったものと思われるだろうが、それは天然のものではなく、人工のもので、中が中空になっていなかった。
「ぷはっ! リリーさん、ウッちゃんさん。大丈夫ですか?」
雪の山からミーナがはいずり出てきた。そして、あわてて雪山を掘り返した。
「がはぁ! 死ぬかとおもった!」
発掘されたリリーが雪山から這い出た。
「ううー。リリーといるとろくな目に遭わないよ」
続いてリリーの近くから雪で二割増しになったウッちゃんが掘り出された。
「良かった二人とも無事で」
不可抗力とはいえ生き埋めで殺してしまったら、目覚めが悪い。
「よくないわよ! まったく、何考えてるのよ。あんなところで暴れるなんて!」
リリーは鼻の頭に雪を載せて眉を吊り上げた。
「それを言ったら、リリーも同罪だよ」
ウッちゃんは身体を増量していた雪を身震いして払い落とした。消費税分ぐらいはまだ残っているが、毛に絡み付いているので、完全に拭い去るのは不可能と諦めた。
「正義の鉄拳で壊れるかまくらが悪い」
「へいへい」
もはや何も言う気力も失せたウッちゃんは崩れたかまくらを見ながらため息をついた。
もう一度かまくらを作らなくてはならないとなると、かなり体力を使う。助かる見込みは大幅に減じているのは三人の誰もがわかっていた。
「とりあえず、もう一度作りましょう」
「しょうがないわね」
作業に取り掛かったミーナとリリーだが、ウッちゃんはあらぬほうを向いてじっとしている。
「ウッちゃん! 確かに、かまくらを崩したのは、あたしたちが悪かったけど、拗ねてないで手伝いなさいよ! 死にたいの!」
リリーがじっとしているウッちゃんの首根っこをいらだたしげに押さえつけた。
「ち、違うよ。確かに、リリーがかまくらを壊したことは怒ってるけど、拗ねたりしてないよ」
「あたしだけじゃなくて、ミーナもよ。で、拗ねてないなら、サボっているってわけね!」
リリーは首根っこを押さえつける力をさらに強めた。
「あいたたたたっ! ち、違う! ひとの、人の声が聞こえるんだよ」
手足をじたばたしながら悲鳴を上げるように言った。
「ウッちゃん、あなた……」
リリーはウッちゃんの言葉を聞いて、手を離して、二三歩後退った。
「体温が下がると幻覚が見えたり聞こえたりするっていうわ……ウッちゃん、もしあなたが死んでも、あなたの血と肉はあたしたちと共に町に帰ってあげるわ」
涙を浮かべて戦争に行く恋人を見送るヒロインよろしく両手を胸の前に組んで仰々しく顔を背けた。
「要するに、死んだら食うつもりなんだ……」
それをウッちゃんはジト目で見ていた。
「でも、人の話し声なんて聞こえないけど?」
ミーナは耳をすましてみたが、聞こえるのは吹雪の唸りだけであった。
「ウッちゃんの耳は魔法少女の耳の2.37倍いいから、あたしたちに聞こえない声を聞いたかもしれないわね」
リリーが芝居の世界から帰還して頷いた。もちろん、ウッちゃんの耳がいい事を知っていたので、幻覚云々というのは単なる嫌がらせであった。
「リリー……とにかく、いまはそんなことより助かる事が先決だ。どうする? 行ってみる? かまくらを作る?」
ウッちゃんは二人の魔法少女に問いかけた。答えはもちろん決まっている。二人は目を見合わせて頷いて、
「行ってみましょう」「かまくらをつくりましょう」
意見が分かれた。
「だぁー! ここで座して死ぬより行動あるのみでしょうが!」
リリーはミーナの肩を持って前後に揺さぶった。
「不確かな情報でこの吹雪の中を歩き回ったら体力を失うだけよ。その人の声までどれだけあるかわからないのよ」
ミーナはリリーの頭を持って左右に揺さぶった。
「ううー」
「ぬぬー」
二人はにらみ合いを続け、戦闘モードに入った。
「白黒はっきりつけるわよ、ミーナ!」
「望むところよ、リリー!」
「最初はぐー! じゃんけん、ホイっ!」
かくして、公式記録でリリーはミーナに初勝利をあげたのであった。
冬に元気な狐さんすらも出歩くのを止めて、巣穴の中でふわふわした尻尾に鼻先をつっこんでおとなしくしているような天候の中を果敢に歩く二人と一匹がいた。
先頭は唯一、人の声というのを捉えているウッちゃん。それにつづくのが体力的に落ちてきているリリー、そして、しんがりにミーナであった。
白い毛色のウッちゃんはともすれば完全保護色になって視界から消え去ることもあったが、ウッちゃんはペースを思いっきり遅くしたので、二人から離れてしまうことはなかった。それどころか、何度かリリーに追いつかれて踏み潰されたほどである(一度は、ミーナすら彼を踏んでしまっていた)。
「痛いじゃないか! 気をつけてよ!」
さすがに踏まれた回数も二桁になり、洒落にならないとウッちゃんは振り返って怒鳴った。
「ウッちゃんは使い魔でしょ。あたしに踏まれたら、『ご主人様、もっと踏んでください』ぐらい気の利いたこと言いなさいよ」
「そんなこと言う使い魔が欲しいの?」
ミーナはリリーの趣味にちょっと引きかけた。
「四六時中じゃないわよ。時と場合によってよ」
どういう時と場合かは各自来週までの宿題ということにしておいて、二人と一匹は三十分ほど歩き続けた。そろそろ、歩き続けるのも限界というところまで差し掛かった。
(やっぱり、殴り倒してでもかまくらを作らせるべきだったかな)
ミーナが後悔の念を脳裏によぎらせたその瞬間、ウッちゃんが吼えた。
「人だ!」
ミーナとリリーは顔を上げた。目を凝らし、耳をすまして人の気配を感じ取った。
二人の歓喜が吹雪の唸りを一時的に消し去った。あとはどこにそんな力があったのかと言うほどの全力疾走で、その気配のするほうへと駆けた。
そこには、山肌に空いた洞窟の入り口を蓋をするように西洋カフェ風のサッシがはまった一風変わったカフェレストランのようであった。その中では人々が温かい料理と飲み物で談笑している姿が見えた。
ミーナとリリーは迷わずそこに駆け込もうとしたが、二人の前にすっと人影が立ちふさがった。
「!?」
人影はクラシカルなメイドスタイルのウェートレスさんであった。彼女は二人ににっこりと微笑むと、二人に向かって、
「いらっしゃいませ。お客さまは何名ですか?」
「え? えーと、二人と一匹です」
何がなんだかわからずに素直に質問に答えてしまうミーナ。そして、なおも質問は続く。
「おタバコはお吸いになりますか?」
「え? いえ、すいません」
「かしこまりました。お客様、申し訳ありませんが、ただいま、満席となっておりまして、こちらの用紙にお名前をお書きになって、おまちください。お席が用意できましたら、お呼びいたします」
ウェートレスは営業スマイルで頭を下げて店に下がろうとした。
「ちょ、ちょっと! あたしたちはお客じゃなくて!」
リリーがやっと助かるという安堵感を裏切られて、それを怒りへと純粋に転化して怒鳴った。
しかし、怒鳴られて振り返ったウェートレスはあいかわらず、ほえほえとした笑顔であった。
「はい。わかっております。お客さまは遭難されたのですね?」
「そうなんです。だから!」
さすがのミーナも苛立ちをあらわにウェートレスに詰め寄った。
「ふふふ、お客さま、面白い洒落ですね。遭難とそうなんですをかけるなんて」
「いや、そうじゃなくて――」
ミーナはなんだか線のずれた会話に当惑した。
「そんなことはとにかく、中に入らせてよ!」
リリーは爆発寸前の怒号を上げた。珍しく、ちょっと涙目である。よっぽど寒かったのだろう駄洒落が。
「そうは言われましても、当店は遭難者のための避難小屋になっておりまして、避難小屋である洞窟は既に定員一杯でもう入ることはできません。中の方々が救助されたら、お席を設けますので、それまでお待ちください。他の皆様たちにも待っていただいておりますし……」
そう言って、少し困った顔でウェートレスは洞窟の脇においてあるベンチを視線で指し示した。
彼女の示した先にはカフェレストランの外においてある小粋なベンチがおいてあり、その上に半分死んだような登山者たちが行儀良く座っていた。
「嬢ちゃんたち、その人になんていっても無駄だぜ。俺も何度も交渉したんだが、頑として首を縦にふらねぇ。おとなしく待つしかねぇ」
ベンチの一番手前に座っていた男がうつろな目でミーナたちを諭した。

――FIN
あとがき
久々の『魔法少女ラスカル☆ミーナ』ですが、本編のようなものを期待していた人、ごめんなさい。今回はネタばかりの番外編です。たまにはこういうのもってことで、お許しください。
今回はスキーに行ったときにMONDOさんが話を書くと仰っていたので、密かに掲示板で小ネタの続編をと狙って書いておりましたが、予想以上に長くなったので投稿させていただきました。
何も考えずにただ笑っていただければ幸いという小作のつもりでしたが、最近シリアスなものを書くほうが多かったせいもあり、改めて笑いの難しさを感じました。皆様の感性に合えばよいのですが。
それでは、最後になりましたが、キャラクターを快く貸していただきました、よっすぃー様、さらにイラストまで描いていただきましたMONDO様、この場をお借りして、御礼申し上げます。ありがとうございました。
机上空想工房用あとがき
話が単独でないので、自分のHPに掲載するのはためらいを感じたのですが、やはり私の作品が私のHPで見れないのも変ですし、それとMONDOさんとよっすぃーさんより掲載に当たり、快く承諾をいただきましたので掲載しました。この場を借りて、感謝いたします。ありがとうございました。