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品質には万全を尽くしておりますが、希に体質に合われて笑われる方もございますので、職場での読書はお控えください。




前回までのあらすじ
存在自体がトラブルメーカー、皆瀬和久は自分が悪の魔法少女ラスカル☆ミーナである事を隠して白瀬美奈子として生活していたが、臨時雇いで悪の秘密結社の女幹部となり、デパートの屋上で大立ち回り。怪我人続出の大騒動を巻き起こしたが、ファンシー・リリーと陰陽戦隊の活躍によって、退散させられた。
さて、今回、ラスカル☆ミーナはどんな騒ぎを起こすのやら……
(本編とは若干異なる点もございますので、前作をお読みになられることをお勧めいたします)



魔法少女 ラスカル☆ミーナ

作:南文堂


絵師:もぐたん さん




第6話 どうしても メイド?

 皆瀬家の朝食は基本的に和食である。和食といっても、メニューはご飯と味噌汁だけで、あとは何か佃煮、漬物があったら鉢に盛られて、岩海苔とフリカケ、鮭フレークがテーブルの上に載っているので、各自自由にトッピングするのが慣わしである。
 非常に簡単な朝食ではあるが、たとえ一分でも長く惰眠を貪りたい朝にそれを用意するのは大変苦痛である事は言うまでもない。しかも、朝は涼しいと言っても夏へ向かって最低気温も鰻のぼりのこの時期に、好き好んで火の近くに立ちたいと思う人間はかなりの変わり者だろう。
 そういう意味で、白瀬美奈子は普通の感覚を持った人間だった。
「熱い! 暑い! 熱い、暑いぃぃぃ!!」
 豆腐を手の平の上で角切りにして鍋の中に入れながら美奈子は雄たけびを上げた。
 本日のお味噌汁の具は豆腐とえのき。昨日が豆腐と葱だったので豆腐が二日続くが、一昨日のスーパーの安売りで買い込んだ分を早めに胃袋に収めてもらうために、少々我慢してもらうつもりであった。
「大体、ここのところ、ずーと、わたしが朝食当番じゃない。割に合わないよ」
 美奈子の朝食当番は今日で連続一週間になる。当番は順番で回るはずだったが、美奈子のバイト、琉璃香の留守や賢治の早出、ローテーションの狭間にできた変則パターンが重なって、朝食当番連続一週間という事になってしまっていた。
「お手当て安い割に大変なんだから!」
 朝食は献立を考える必要がなく、買い物をしなくていいという理由で労力の割にはお手当ての額面が低い。しかも、和久は、何かと理由をつけられて、朝食当番がよく回ってくるので、毎年春に行われる家族会議、通称、春闘で朝食当番手当ての増額を要求してきたが経済成長率を超える増額は認められなかった。
「あつい!」
「美奈子お姉ちゃん。お弁当まで作るから、余計暑いんだよ」
 文句を言いながらもだし巻きを手馴れた手付きで焼いている美奈子を少し感心しつつ、大半呆れて芽衣美が呟いた。
『ご主人様はお昼代を節約しようと必死なんだよ、芽衣美ちゃん』
 銀鱗の声が芽衣美と美奈子の頭の中に響いた。
 先日デパートで見かけた『魔法少女 ラスカル☆ミーナ』のビデオを出演料代わりに一本譲ってもらおうと真琴に電話をしたが、
『あの物語はフィクションであり、登場する実際の人物団体とは一切関係ありません』
 という事でモデル料は払う必要なんてないと言われ、にべもなく断られてしまったため、自腹を切って購入する事になり、せっかく稼いだバイト代の残金は寂しいものになっていた。
「でも、賢治さんのお弁当も作ってるし……」
『愛娘弁当は見返りが大きいからね。世の中のお父さんは自分の娘に「はい、お父さん。これお弁当。お仕事頑張ってね」なんて笑顔でお弁当渡された日には過労死するほど働いちゃうもんだよ、芽衣美ちゃん。当然、給料アップもありえるから、そうなれば臨時収入も期待できるしね』
「ふーん、じゃあ、あたしもお父さんが帰ってきたら、やってみよおっと」
『……あのお父さんなら泣いて喜ぶよ、きっと。だけど、食べるのが勿体無い。どうして、観賞用と保存用と食事用がないんだ! とか言って床の上を転がるかも』
「はははは、そこまでならないって、リン君、それ言い過ぎ」
 芽衣美は笑いながら銀鱗との会話を楽しみつつ、食器をテーブルの上に運んで美奈子を手伝っていた。芽衣美はまだ慣れていないので役割を割り振られていないが、自ら積極的に手伝ってくれるので美奈子にとっては大助かりであった。
「ありがとう、芽衣美ちゃん。助かったよ」
 美奈子はお味噌汁の味を最終確認して、頷くとテーブルのなべ敷きの上に鍋を置いた。お弁当の方もちゃんと出来上がって、大した手際のよさである。ちなみに、本日のお弁当のおかずは塩鮭、インゲンの胡麻和え、だし巻き、焼いた万願寺獅子唐に醤油をかけて、かつおをまぶしたもの。
「美奈子お姉ちゃん、これだけできたら、もう、どこへお嫁さんに行っても大丈夫だね」
 芽衣美は出来上がったお弁当を覗き込みながら、毎度のことながら感心して言った。
「芽衣美ちゃん、忘れていないと思うけど、僕は男なんだよ」
 美奈子はご飯を弁当箱によそって、梅干を真中に一粒入れて、エプロンを外した。
「もう諦めて、いっそのこと女の子になっちゃえばいいのに」
「芽衣美ちゃん、自分のこと忘れていない?」
「あたしのことは気長に別の方法を探せばいいんだし、のーぷろぶれむ!」
『僕も気にしてませんよ、ご主人様』
「芽衣美ちゃん、リン君……あんたらって子は……」
「ほらほら。そんなことよりも、お味噌汁冷めちゃうよ、美奈子お姉ちゃん」
「あ、そうだ。――賢治さーん、琉璃香さーん。朝食できましたぁ!」
 美奈子は「父さん」、「母さん」だと美奈子の正体が和久であるとばれるかも知れないので、二人の事は名前で呼ぶようにした。最初はかなりぎこちなかったものの、最近はだいぶスムーズに言えるようになってきていたし、呼ばれている二人の受けもよかったので、和久に戻れても、この呼び方はそのまま定着するかもしれないなと、何気なく美奈子は考えていると、賢治がパジャマのまま食卓に姿を現した。
「ふぁあーあ、今日の具は何かな?」
「豆腐とえのきだよ」
「豆腐? 昨日も豆腐だったんじゃないのか? 昨日の晩も冷奴出てたし」
「昨日は豆腐と葱よ。冷奴は冷奴」
「やっぱり豆腐じゃないか」
「だから、今日は豆腐とえのきだってば」
「まあ、暑いからな。うっかり重なる事もある。別に気にすることはないんだよ」
「昨日のお味噌汁の具ぐらい覚えてるよ!」
「なんだ、具を考えるのがめんどくさくなったんなら素直にそう言えばいいのに、何を意固地になってるんだ?」
「意固地になんてなってないって!」
 豆腐をこれだけ連発、今朝のお味噌汁の具に使っても、まだ余っていたので、豆腐を生クリームと砂糖と香りつけのオレンジの皮を擦ったものとオレンジの果汁少しを一緒にミキサーに放り込んでかき混ぜさせて、冷凍庫に放り込んで、豆腐ジェラードにしたのである。豆腐を無駄にしないでおこうと、そこまでしているのに、具を考えるのが面倒だと言われるのは美奈子にとっては心外であった。責めるのなら、安いの一言で大量に買い込んだ瑠璃香に文句を言って欲しかった。
「何をそんなに苛ついてるんだ? まったく、おかしな美奈子だな……もしかして?」
「?」
「かあさん。今日は赤飯だ」
 賢治は遅れて食堂に姿を現した琉璃香に親指を立てて暑い朝には勿体無いぐらい爽やかに言った。
「莫迦ぁ! セクハラで訴えてやる!」
「あれ? 美奈子ちゃん、何処行くの?」
「汗かいたから、シャワー浴びるの!」
 火の傍にいたこともあるが、最近妙に汗をかくので、身体がべとついて、不快さがイライラを募らせて、ここのところ、美奈子の機嫌はよくなかった。
「そんなに苛ついちゃ、皆にばれるわよ」
「琉璃香さん!」
『ご主人様……』
「なに? リン君!」
『……は魔法制御能力が落ちますから気をつけてくださいね』
「美奈子お姉ちゃん、恥ずかしがらずに、わからないことは聞いたほうがいいよ。これはあたしの方が先輩だね」
「リン君も芽衣美ちゃんも大っ嫌いだ!」

「……実際に県知事を木に吊るして鞭打ったのは劉備で、張飛ではないということは、今ではかなり有名な話だな。この張飛は五虎将軍などと言われながらも、個人的な武術の技量はすごかった以外は、武将としての能力にはかなり問題があって、たいした活躍はしていない。いてもいなくても歴史上はどうでもいい人物と評されることもある、そのせいで張飛架空人物説などというものまである。つまり、張飛の存在意義は劉備の悪行を肩代わりするためだけというわけだ」
 社会の授業ではあったが、世界史ではなかったはずが、いつの間にかに話は三国志になっていた。男子生徒たちは大半が某ゲームのせいで三国志には詳しく、こういった話は大歓迎らしく、興味津々で聞いている。
 元男の美奈子も三国志は嫌いではなかったが、さほど詳しくもないのと今朝の出来事で機嫌が悪い上に、身体がしなだるく、集中力が続かなかったので、あくびをかみ殺しながら教壇に立っている男の話を聞いていた。
「だがな、先生はこの張飛は実在したと思う。張飛という名であったかは定かではないにしても、劉備に古くから仕えていた古参の武将がいた。それが張飛だ。武術は強いが、能力は低く、野盗の親分というのがいつまでも抜けない人物だったのだろう。最初のうちはそれでもいいのだが、戦局が政治的判断を孕んでくるとそんなわけにはいかない。他の武将も古くからいるという事で扱いが難しかった事だろう。劉備も頭を悩ましていた事だろう」
 ますますヒートアップする教師の話に冷めた視線を送っていた美奈子の下へ手紙が回ってきた。
(相原さんから白瀬さんに)
 隣の席の篠原が手紙を美奈子の机の上においてにこりと笑った。和久だった頃に話した感じでは篠原は無愛想な男だったが、美奈子にはやたら親切にしてくれていたので、美奈子は一応ぎこちないが、笑顔でそれに応えて、手紙を広げた。
『ご機嫌斜めなご様子。どうかされました?』
 ちらりと庸子の方を見ると心配そうな表情を浮かべている。
「そこへ関羽の死があり、その弔い合戦をしようとする張飛を劉備が快く思っていたとはとても思えない。劉備はおそらく張飛を暗殺した。記録では張飛は日頃乱暴な扱いをされていた部下に、酔って寝ているところを暗殺されたとある」
『ありがとう。ちょっと、家で嫌な事があったから。ごめんね』
 美奈子は返事を手早く書くと庸子へと送った。
「その部下は劉備の手のものだ。なぜなら、その報告を受けたときの劉備の態度があまりにもそっけない。ただ、そうか。と答えただけという。暗殺した部下を追撃する事も甘く、結局、呉に逃げられている。これはおかしいと思わないか?」
 庸子に手紙が届いて、それを読んだ事を確認してから美奈子は庸子に向かってにっこりと笑ってみせた。庸子の方も少し心配そうな顔はしていたが、笑顔を返した。
「劉備の暗殺と考えれば、『そうか、成功したか』という、『そうか』であることになる。それ以上の言葉を出さなかったのは、やはり、困った存在といえども長年修羅場を共に潜り抜けてきた仲、心のどこかで失敗してくれないかと願っていたのかもしれないな。だから、演出好きの劉備もこの件でそれ以上は何もしなかったのだろうと先生は思う。劉備は張飛の他にもホウ……」キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン「ああ、もう、チャイムか。今日はここまで」
 学級委員長の平田が終礼の号令をかけて、授業は終了した。教壇の上に広げた手荷物をまとめながら渡辺先生はちらりと視線を上げ、生徒の名前を呼んだ。
「白瀬、相原。授業に関係のない話でさぞ退屈だっただろう。お詫びに宿題をプレゼントしてやるから、後で職員室にプリントを取りに来い」
 少し怒りの粒子を含んだ声で二人にそう告げると、渡辺先生は教室を出て行った。手紙のやり取りを責めるというよりも退屈そうに話を聞いていた自分への報復だなと美奈子は感じて、とばっちりを食らった庸子に申し訳ない気になった。
「ごめんね、わたしのせいで」
「悪いのはわたくしの方ですわ。手紙を回さなければ……」
「ううん、こっちこそ、ホントにごめんね」
「それでしたら、お互い様という事にいたしましょ。でも、美奈子ちゃん、本当に元気がありませんけど、大丈夫ですか?」
「うん、平気平気」
 美奈子は元気にガッツポーズをして見せた。
「美奈子はなんでも一人で抱え込む癖があるからな」
 里美も心配そうに美奈子のところへやってきた。
「そうだよね。橘先輩とか丹羽さんに呼び出された時も誰にも相談しなかったしね、美奈ちゃんは」
 恵子が不服そうに美奈子に文句を言った。
「まあ、だけど、心配かけまいとする美奈子ちゃんらしい行動といえば、行動なんだけど。もっと、私らのことを頼って欲しいな」
 美穂が恵子を宥めながらも美奈子に一言注意した。
「う、うん、ごめんね。わたし、みんながいてくれるだけで、心強いから……その、何とかできるかなって……みんなのこと、ものすごく頼りにしているんだよ、ほんとに」
「わたくし達も美奈子ちゃんをすごく頼りにしているんですのよ。だから、持ちつ持たれつでいきましょう。さあ、それでは渡辺先生特製のプレゼントを戴きに参りましょうか」

「それでは、また明日、学校で。ごきげんよう」
「うん、また、明日ね」
 庸子はいつもの角で優雅にお辞儀をすると美奈子と別れ、家路についた。
「さて、急いで帰って夕飯のお買い物に行かなくっちゃ。ちょっと、おしゃべりしすぎちゃったかな? でも、一緒にプリントやったおかげで、ほとんど終わったし……いいよね」
 美奈子は帰宅すると、そのまま着替えずにカバンを買い物バックに持ち替えて、商店街へと向かった。あまり遅いといいものが出払ってしまうので、少し速歩で商店街へと急いだ。
「あら、美奈子ちゃん、今からお買い物?」
 商店街の入り口で帰ろうとする主婦の一人に美奈子は呼び止められた。
「え、ええ。ちょっと、用事で遅くなっちゃって。何かありました?」
「魚柾さんのところにむつの味噌漬が有ったわよ」
「え! ほんとう? ありがとう。あそこのは外れがないから……よし、焼き魚を増やせば品数も寂しくなくなるし……」
「本当にいいお嫁さんになれるわよ、美奈子ちゃんは。どう? うちのバカ息子のお嫁さんになってくれない?」
「おばさん。わたし、まだ中学二年ですよ。そんな先の事なんか話したら鬼が笑い死にしちゃうよ。それじゃあ」
 美奈子は立ち話もそこそこに足早に商店街を、愛敬を振り撒き、必要なものを少しおまけしてもらいながら買い物しつつ通り抜けた。
「ただいまぁ」
 美奈子は額にじっとりと汗を滲ませて、食卓の上に買い物したものを並べていった。
 今日の献立はささみの梅肉はさみ揚げ、アスパラのフライ、むつの味噌焼き、きゅうりの胡麻和え。
「美奈子お姉ちゃん、お酢がないよ。それと梅肉も」
「にゃに?!」
「お酢は昨日、使い切ったって言ってたよ」
「あっ、そうだった! ああ、もう、こんな時に! ごめん! 芽衣美ちゃん、きゅうりのごま和え、きゅうりを輪切りにして、ごま擦っておいて、お願い。すぐに戻ってくるから!」
「了解。いってらっしゃーい」
 美奈子は再び、今度はスーパーへダッシュして店内に転がり込み、最短経路で店内を駆け抜けてお酢と梅肉を持ってレジへと持っていった。
「あら、美奈子ちゃん、今日は随分と遅い買い物ね」
「お酢を、切らせて、たの、忘れてて、走ってきた。でも、よかった、まだ残ってて。今朝、特売、確認してたのに」
「ふふふ、何だか、中学二年生とは思えない台詞ね。今から所帯ずれしてたら、いい女になれないわよ」
「忠告ありがとう、佐々木さん。明日からはいいお嫁さんは諦めて、いい女を目指すようにする」
 そこからダッシュで家に戻り、夕飯の支度に取り掛かった。芽衣美が美奈子の指示で下ごしらえなどをしていてくれたが、それでも、準備がいつもより遅いことは変わらなかった。

「もう、たくさんよ! もう、充分! やってられないわ、こんな生活! わたしが何したと言うのよ! 全く、なんでもかんでもわたしのせいなの!」
 夕飯が終わって、自分の部屋に戻った美奈子は大きめのカバンに何やら荷物を詰め込みながらぶつぶつ呟いていた。
「最近、少したるんでるんじゃないか、美奈子は」
 夕飯のときに何気なく言った賢治のその一言で美奈子の怒りは爆発した。確かに夕飯の支度が遅くなったのは事実だが、食卓に夕飯が並んだのはいつもよりも10分と遅れていなかった。だが、今日はたまたま早く帰ってきた賢治がいつもよりも待たされたように感じたのは美奈子の責任ではなかった。
「美奈子お姉ちゃん……何やってるの?」
 廊下までにじみ出るような近寄りがたい険悪なオーラに耐えながら芽衣美は部屋に入って、後ろ手で扉を閉じて美奈子におそるおそる声をかけた。
「家出する」
「へ?」
『ほ、本気なの、ご主人様?』
「本気よ」
「でも、こんな夜遅くに……」
「心配してくれてありがとう、芽衣美ちゃん。今晩はしないわよ。安心して。だけど、二人には内緒にしてね」
「う、うん、わかった。黙っておく」
 美奈子は優しい笑顔を芽衣美に向けたが、目には絶対に譲らないという強い意志の光が宿っていることは芽衣美にも充分感じ取られた。
 それに、例え琉璃香たちに知らせたところで、止めてくれる可能性は低い事はなんとなく、芽衣美にもわかっていた。そっと部屋を出るとため息を一つついた。
『下手すると、横断幕を持ってお見送りしかねないからね』
 銀鱗も同じことを思っていたらしく、ため息混じりにそう言い、芽衣美もそれに同意した。

 翌朝、美奈子はいつもより早く起きて家出かばんを庭先に隠して平然と朝食の用意を済ませ、日直当番だと偽って、いつもより早く家を出た。もちろん、隠していたかばんを持って。
 とりあえず、かばんを駅のロッカーに放り込んで、学校へ向かうことにしたが、今晩どこに泊まるかなどは全く決まっていなかった。
「家出するとは言ったものの、今晩どうしよう。ホテルには泊めてくれないだろうしなあ。泊めてくれても、一泊したらお金も尽きるけど……ああ、わたしって、なんでこんなに計画性がないんだろう。これじゃあ、ファンシー・リリーと同じよね」
 美奈子は自分の行き当たりばったり直情的猪突猛進の行動を自嘲してはいたが、行為自体は全く反省していなかった。
「……凍死はしないだろうけど、やっぱり野宿って言うのは……体調も悪いし……一応、身体は女の子だし……」
 補導員が近くにいれば一発で補導されそうな事を呟きながら美奈子は思案に暮れていた。
「あら、美奈子ちゃんではないですか? おはようございます。こんなところで会えるなんて奇遇ですね」
 突然声をかけられた美奈子が聞き覚えのある声に振り返ると、そこには庸子が怪訝な顔で立っていた。
「おはよう、ヨーコちゃん。ちょっとね……」
「何だか、昨日にも増して元気がないご様子ですけど、何かありましたの?」
「あ……うん。あ、そうだ、ヨーコちゃん」
「はい?」
「今日、ヨーコちゃんのとこに泊めてくれない?」
「え?」
「あ、無理だったらいいのよ」
「無理ではありませんけど、どうかなされたのですか? よろしければ理由をお聞かせ願えません?」
「うん、実はね……」
 美奈子は家出のことをかいつまんでヨーコに話した。
「はあ、そうですの。それは大変ですわね。わたくしの家でよろしければ泊りに来てくれるのは全然構いませんわ。おじい様とわたくしと今は二人しか居ませんから、部屋の心配はありませんわよ」
「ありがとう! 助かったよ!」
「でも、覚悟しておいてくださいね。わたくしのおじい様はかなり変わった人ですから」
「うっ……まあ、慣れてるから……頑張るよ」
「うふふふ、それにしても楽しみですわ。美奈子ちゃんとお泊り。おじい様もタオルの一件の話をしたら、一度会ってみたいと仰ってましたから、丁度いいですわ」
(ヨーコちゃん、わたし家出してるんですけど……)
 庸子はにこやかに笑ってスキップしてもおかしくないような軽い足取りで登校し、苦笑を浮かべながら美奈子はその後を追った。

 相原財閥の総帥、相原幸雄の屋敷はまさに屋敷と呼ぶにふさわしい威風堂々たる建物であった。壁に囲まれた広い庭に噴水まであり、正面の洋館がまるでヨーロッパの宮殿を思わせるように建っていた。
「こう言うのって、漫画や小説とかにしか出てこないと思ってた」
 美奈子は庸子がカードキーで開けた通用門をくぐって感嘆の声をあげた。
「おじい様のおじい様、わたくしのひいひいおじい様の趣味ですの。建て替えるのも勿体無いからと使っていますが、少々派手で困りますわ」
 庸子は二人しか居ないのにこれほどの広さは帰って邪魔になるばかりだと愚痴を漏らしたが、一般庶民の美奈子にとってはこんな屋敷で生活できるのは夢のような贅沢に思えて仕方なかった。
「セキュリティーにはお金がかかるし、メイドも雇わなくてはならないとか、経費がかさんで非効率的この上ないとおじい様もぼやいていますわ」
「セキュリティーって、やっぱり対人レーザーとかが配置してあったりして、気品高く衛士と呼んでいるガードマンが警備してるの?」
「残念ながら、某公国の、偽金造りの伯爵のお城ではないので、オートジャイロもありませんし、北の塔にお姫様を幽閉してもいませんし、ゆで卵もちゃんと白身まで食べますわ」
「うーん、ちょっと、残念」
 美奈子は周囲をきょろきょろと余所見しながら庸子の後について行った。庸子はそんな美奈子の様子をくすくすと笑いながら屋敷の正面玄関前に立って、扉を押し開けた。
 重く重厚そうな扉がすんなりと開いて二人を中へと導いた。内装はシックにまとめてあるとはいえ外観に負けないほど高級感漂うものであり、海外の映画にしか出てこないような吹き抜けのホールを抱くように両側から階段が二階へと伸びていた。
「ひょえええ」
 素直に驚きの声を隠さずに美奈子は驚いた。何だか、ここまで来ると鹿鳴館の世界に紛れ込んだような気になっていた。
「美奈子ちゃん、ちょっと待っててくださいね。おじい様に許可をもらってきますから。あ、心配しなくても大丈夫ですわ。美奈子ちゃんの今夜の宿はわたくしが責任を持って保証しますわ」
 庸子はそう言って美奈子をホールに残して、階段を上がって建物の奥へと姿を消した。
 美奈子は一人、広いホールに残されたが、不安よりも好奇心が勝っていたのか、ホールに置いてあるものをぶらぶらと見て回っていた。透かし彫りのしてある薄い青みのある磁器の花瓶や重厚でどっしりとした見るからにアンティークな机に、複雑な模様を織り込んだレースがかぶせてあり、壁にかかっている油絵も高級感を漂わせていた。
 美奈子はとあるテーブルの上においてあるもので目を留めた。
「……そろばんだ。しかも五つ玉の……」
 テーブルの上に置かれた古びたそろばんがなんともそこにはミスマッチだったが、かなり使い込まれているのは一目瞭然だった。
「そんなにそれが珍しいかね?」
 美奈子はいきなり背後から声をかけられて飛び上がらんばかりに驚いて振り向いた。振り向いた先には初老の男性が白髪の混じった砂色の髭をしごきながらにこやかに笑っていた。
「あ、えーと、その、五つ玉のは初めて見ました。家にあるのは四つ玉だったから」
「ふむ、確かに、今では滅多にお目にかかれん代物だな」
「そうですね、そろばん自体も習っている人ができるぐらいで、わたしも学校の授業でちょっとやっただけですし」
「じゃが、馬鹿にしてはいかんぞ。これでも、デジタル計算機なんじゃからな」
「デジタルって……」
「それに玉を下にして上に乗ればローラースケートにもなるし、名前を聞くときにも便利じゃよ」
「名前。って、そう言えば、わたし……」
「そうじゃ。まだ、お前さんの名前を聞いていなかったな。どれ、一つ実演をして見よう」
 そう言うと老人はそろばんを手に取り、小気味よくそれを振った。玉どうし、または枠に当たってそろばんがマラカスのような音を出した。
 チャッチャッチャッチャッチャ♪
「♪あっなたの おっ名前 なんてーのっ?」
「♪しらせみなこ ともーしますっ」
「おじい様!」
 いつの間にかに戻ってきた庸子が階段の上から二人の会話(?)に割り込んだ。
「何をなさっているんです!」
 階段を急いで駆け下りて来て庸子は美奈子を抱えるように抱き寄せた。
「何もしておらんよ。ただ名前を聞いただけじゃよ。のう、美奈子ちゃん?」
 老人は少々面白くなさそうな表情をしてから美奈子に笑顔で同意を求めた。
「本当ですの? 美奈子ちゃん」
「うん、ちょっと変わった訊き方だったけど……」
「しかし、美奈子ちゃんは若いのによく知っておるな。普通は知らんぞ」
「はははは……なんででしょう?」
 答え、南文堂のキャラだからです。
「それよりも、丁度おじい様を探していたところですのよ」
 庸子はそう言って美奈子の事情をかいつまんで話した。
「かくかくしかじかと言うわけか、なるほどな。しかし、下宿先から家出しては皆瀬さんのところも面目が立たないじゃろう。悪いことは言わないから帰りなさい」
 しかし、老人の反応は庸子が思っていたよりも渋いものであった。
「そんな、おじい様!」
「お願いします。今日だけでもいいんです。泊めてください」
 美奈子も頭を下げてお願いした。
「そうですわ。せめて今晩だけでも。喧嘩してすぐに顔を合わすよりも少し冷静になる時間も必要とおもいますわ?」
「うーん、本当は、喧嘩はすぐに仲直りするのが一番なんじゃがな。頭を冷やすと言うのも一理があるわな。まあ、わしとしてはかわいい娘さんが家にいてくれるのは願ったり叶ったりなんじゃが……ふむ、それではこうしよう」
「?」
「美奈子ちゃんは、ちゃんと皆瀬さんの家にここにいることを連絡すること。その上で、当家で二、三日預かることにする。明日、明後日と学校は休みじゃろうし、丁度よい。冷静になったら、帰って家出したことをちゃんと謝ること。どうじゃ?」
「どうしても謝らないとダメですか?」
 少し上目遣いで美奈子は、譲歩はしたくないとばかりに彼を見た。
「家出して心配をかけさせたんじゃ、その件についてはちゃんと謝らなくてはダメじゃ。家出の原因については自分でちゃんと話し合いで解決すればよい。それができる歳じゃろう?」
 老人は美奈子に微笑みかけた。
(やっぱりヨーコちゃんのおじいちゃんだな。なんだかこういう笑顔は似てるな)
「はい、わかりました。帰ったら、家出した事は謝ります」
 美奈子は老人が言いたいことを理解して今度は素直に頷いた。
 家出が単に自分の立場に甘えていると言うこともわかっていた。そうやって自分の立場に甘えて、相手に心配させて要求を通そうとすることは、単なる我侭に過ぎないのだと言うことも。わかっているはずなのに、何故かこんな事をしている自分にどうしようもなく苛立ちを覚えるが、どうしようもない衝動に駆られてしまったのである。今こうしている自分が美奈子にはよくわからなかった。
「よし。それでこそ、聡明をもって知る美奈子ちゃんじゃ。ん? そう言えば、まだわしの自己紹介をしておらなんだな。わしは相原幸雄(あいはら・ゆきお)68歳独身、お嫁さん募集中じゃ。呼び方は強制はせんが、無理にとはいわんが、絶対ではないが、ユッキーと呼んでくれると嬉しいのじゃがな」
「お、おじい様……」
「えーと、よろしくお願いします……ユッキー」
「ほーほっほほ、さすが、わかった娘さんだ。自分の家だと思ってゆっくりしていきなさい」
 幸雄は満足そうに頷くと自室へ戻っていった。
「ごめんなさいね、変なこと言わせてしまって」
 庸子は困った笑顔を浮かべて、美奈子に謝った。
「ううん、気にしないで。楽しいおじいちゃんで面白かったよ。それに相原財閥の総帥をユッキーと呼べるなんてそうあることじゃないもの」
 美奈子は庸子にウィンクしてそう答えた。

「それで、家の方はどう仰っていた?」
 幸雄は美奈子達と一緒に食事をとりながら口を開いた。完全に洋風の部屋でテーブルに並べられたものはほぼ一般的な家庭料理だった。あまりにものイメージとのギャップに少々、美奈子は面喰らったが、素材は一級、調理も一流で日頃食べているものと同じものかと少し疑いたくなった。
「はい。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。と仰ってましたわ」
 庸子が証人代わりにそれに答えた。
 美奈子は案内された部屋に落ち着いて、すぐに庸子を伴って家へ連絡を入れたのであった。さすがに電話しにくいので庸子にしてもらったのだが、庸子が何か言う前に
「うちのバカ美奈子がそちらにお邪魔しているのでしょう? ご迷惑だったら、たたき出してくださいね。なに、一週間ぐらいだったら、死にはしませんよ。嫌なら帰ってくればいいんですから」
 と言われたことも苦笑を浮かべながら付け加えた。
「全てお見通しか。まあ、それぐらいでなければ人の親は務まらんからな」
 幸雄はかかっと本当に愉快そうに笑って食事を続けた。
「そう言えば、美奈子ちゃんはどうして、下宿先を飛び出してご実家の方へお戻りにならなかったんですの?」
「え? ……あ。ああ、えーとね、実家に戻っても結局、追い出されるのがオチだから……」
 実家なんて物は存在しないが、美奈子の設定がそうなっている事を思い出して、美奈子は庸子の疑問に何とか理由をつけた。せっかく、仲良くなった友達に嘘を重ねていくのは心苦しかったが、まさか本当の事も言えず、美奈子は嘘をつき通すことにした。
「そうですの。でも、たまにはご両親に会いたくなったりいたしません?」
「うーん、そう言えば、今までバタバタしていたから、そんな事考える暇もなかったわ。薄情な娘ね、わたしって」
 曖昧な苦笑を浮かべて美奈子は庸子に答えた。
「そんな事ありませんわ。きっと、おば様方も美奈子ちゃんが寂しい思いをしないようにされていたんですわ」
「そうね……そうかもしれないわね」
 本当は実の親である両親なのだから、そんな理由が成立するはずはないのだが、下宿先の親戚と喧嘩した事を何とか仲直りさせようとしている庸子に美奈子は胸が一杯になった。
「きっとそうですわ」
「うん、ありがとう。心配してくれて」
「その調子なら、明日には帰ってしまうかの?」
「ええ! それは困りましたわ。せっかく、色々とお話したりしようと思っていましたのに……」
「ユッキーおじい様とヨーコちゃんさえよければ、日曜日までご厄介になりたいんだけど。ここでは納得してても、実際、顔を合わせるとまだ自信がないから……落ち着いて考える時間も欲しいから」
「わたくしは全然、構いませんわ。むしろ大歓迎ですわ」
「わしも大歓迎だ。ゆっくりして行きなされ」
「はい。ありがとうございます」
 それからは、学校で起こった事などの話になり、楽しい夕食が続けられた。

「あ! 寝坊した! 朝ご飯の用意しなきゃ!」
 美奈子は布団を跳ね除けて飛び起き、時間を確認しようとしたが、部屋の様子がいつもと違うことに気が付いて一瞬混乱した。しかし、すぐに記憶の糸が繋がって落ち着いた。
「そっか、ヨーコちゃんの家に泊めてもらったんだ……家、朝ご飯どうしてるかな? 瑠璃香さんが作ってるのかな?」
 美奈子は家のことに思いを馳せた。自分がいなくても何の支障もなく潤滑に日常をこなせるだろう事は想像に難くない。そうなると自分の存在って一体何なんだろう? と、うら寂しくなり、誰も自分を必要としていないのじゃないか、そんな不安に襲われていた。
「……キャベツが萎びかけてきてるから、使ってくれてるといいなあ」
 せめて、自分がいたら少しだけ効率的に日常をこなせるだろうと納得させるためか、冷蔵庫の残り物の心配を口にした。もはや、気分は長期の休暇をもらい、自分がいなくても会社が滞りなく運営されていく様を見せ付けられている中年サラリーマンのそれに似ていた。
「ああ! もう! じっとしていたら気が滅入っちゃう」
 美奈子は陰鬱な気分を振り払うかのように首は激しく左右に振ると、顔を洗い、Tシャツにショートパンツという動きやすい格好になって部屋を飛び出した。相変わらず体調は優れなかったが、身体を動かしている方が、気が紛れるような気がした。
「おはようございます」
 美奈子は厨房で朝食の用意をしているメイドさんに声をかけた。
「あら。おはようございます、白瀬様。随分と早くにお目覚めされたのですね? ぐっすりお休みになれなかったのですか?」
「いえ。あんなふかふかの蒲団で寝たのは初めてで、いつもよりぐっすり寝れたから、早く目が覚めちゃいました」
「ふふふ、何だか、ありがたいのか勿体無いのかわからない蒲団ですわね。もうしばらくしたら大旦那様も起きてこられますから、朝食はもう少しお待ちください、白瀬様」
「美奈子でいいですよ。何だか、様とかつけられるとくすぐったいです。えーと……」
「私は土井純子(どい・すみこ)と申します。純(じゅん)って、みんな呼んでますから、そう呼んでくださいね、……美奈子ちゃん、でいいかしら?」
「はい。もちろん、いいです、純さん」
「何か御用かしら、美奈子ちゃん?」
「あの、何か手伝うことありませんか? じっとしていると落ち着かなくって……」
「あらあら、お客様だからゆっくりされたらいいのに。でも、そう仰るのでしたら……そこのゆで卵の殻をむいて潰しておいてくれます?」
 美奈子は手を洗ってすぐに作業に取り掛かった。
 美奈子が丁寧に手早く作業をするのを見て、手馴れていることがわかってか、純子は次々と美奈子に作業を命じていった。
「おはようございます、純さん」
 美奈子が食パンの耳を落としているところへ庸子が厨房に顔を出した。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、ヨーコちゃん」
「え? 美奈子ちゃん、何をなさっていますの?」
 そこにいるとは思っていない相手から朝の挨拶されて庸子は目を丸くした。
「何って、朝食の用意のお手伝い。何だかじっとしてるのは性に合わないらしくって、貧乏性ね、わたしって」
 美奈子はチロリと舌を出して上目使いで笑って答えた。
「いけませんわ、美奈子ちゃん!」
「気にしないで、ヨーコちゃん。好きでやってることだし、居候としてはこれぐらいは当然……」
「違いますわ!」 庸子は美奈子の言葉を遮って否定し、 「家事をお手伝いするのでしたら、それなりの格好をしなくてはなりませんわ。確かに、ショートパンツからすらりと伸びた脚は綺麗――贅沢を言えばニーソックスなら、なお良かったのに――ですけど、家事のお手伝いをする時はやっぱり、定番のメイド服を着なくてはなりませんわ!  美奈子ちゃん!」
「……よ、ヨーコちゃん」
 拳を固めて力説する庸子に美奈子はたじろいだ。毎度のこととはいえ、真正面からの押しに弱い美奈子であった。
「と言うわけで着替えに行きましょう。純さん、少しお借りします」
「じゅ、純さーん」
 そして、毎度の事ながら、美奈子は誰かに助けを求めた。日頃は求めないくせに、こういう時だけは安易に助けを求めるのである。もっとも、今までそれで助かったことはないが、諦めが悪いのも毎度のことだった。
「お嬢様」
 純子のよく通る静かな声が厨房に響いて、空気が少し緊張した。珍しく覗いた希望の光に美奈子は喜びを通り越して驚いた。
「なんですか? 純さん」
 庸子も少し緊張している。庸子にとってはこの純子という存在はそれなりに大きいのだろう。
「とびっきり可愛いのにしてあげてくださいね♪」
 しかし、希望の光はどこか他所を照らしているらしく、純子は親指を立ててウィンクしていた。
「任して! おじ様の名にかけて」
 庸子は同じように親指を立てて応え、美奈子は可愛いメイド服を着ることが決定された。

「おはようございます、大旦那様」
 純子は居室から外に現れた幸雄を丁寧な朝の挨拶で出迎えた。
「おはよう、純。寝ている間に、何か変わったことはなかったか?」
 仕事がらみのことは部屋への直通電話にかかってくるか、電子メールで届くが、屋敷のことは土井純子に任せてあるので、幸雄は朝と夕方に定時報告を受けることにしていた。もっとも、彼女の自由裁量で何とかなることばかりなので、本当に報告を聞くだけであったが。
「二つありました。が、それ以外には何もございませんでした」
「二つ? 何があった?」
「一つは町内の回覧版が回ってきました。最近、メイドマニアと魔法少女がご町内に頻繁に出没するので、遭遇しても下手に刺激したり、興奮したりしないように、とのことです」
「難しい事をさらりと言う回覧版だな。それで、もう一つは?」
「もう一つについては、大旦那様がご自身でご確認させるのが一番と存じます」
 純子は悪戯を仕掛けた子供のような笑顔で幸雄にそう言った。幸雄もその顔を見て、何か面白いことを企んでいるなと、にやりと笑ってそれ以上は聞かなかった。
「おはようございます、おじい様」
 幸雄がオープンテラスへ出ると庸子がメイド服のスカートの裾を少し持ち上げて挨拶した。
「おはよう。庸子は今日もお手伝いか?」
「はい。おじい様」
 庸子はにっこりと笑ってそう答えた。どことなく、うれし楽しそうなのを見取って、幸雄は少し不思議に思った。
(美奈子ちゃんがおるのに、お手伝いしていてはろくに遊べないだろうに)
 しかし、幸雄のその疑問はすぐに解かれた。
「お、おはようございます、お、大旦那様」
 おずおずと幸雄の前に一人のメイドがやってきて、朝の挨拶をした。紺のワンピースは膝上までで、裾からはレースが上品に覗き、白のエプロンをかけて、頭にはフリルカチューシャ、白いストッキングがしなやかな脚を包んで、靴はもちろんローヒール、黒のエナメルでつま先は丸いシンプルなデザインであった。
「おはよう。見かけぬ顔だが、新入りさんかな?」
 幸雄は笑うのを堪えながら意地悪く、彼女にそう尋ねた。
「あ、あの、白瀬美奈子です。昨日から厄介になっている……」
「わかっておるよ。それにしても、大旦那様と呼ぶように誰かに言われたのかな?」
「純さんに、その、こういう格好をしている時は大旦那様とお呼びした方が……」
「萌えじゃ。恥ずかしければ、ご主人様でもよいぞ」
「……大旦那様でいいです」
「しかし、惜しいな。わしの好みはロングなんじゃが」
「わたくしの好みはこれぐらいの丈ですの、おじい様」
「庸子も短くて常に露出しているよりも、時折不意に覗くふくらはぎの色気をまだ理解できぬか」
 中学二年の女の子が理解できたら怖いことを幸雄は呟いて、席についた。
「さて、使用人と一緒に食事すると言うのは帝王学ではダメだといわれておるが、既に引退した身であるなら、気にする必要もないな。純、庸子、美奈子。同席を許す」
「ありがとうございます、大旦那様」
 三人は声を揃えてそう答えると、一斉に笑い出した。
 その後は四人で薫り高い紅茶を楽しみながら、サンドウィッチを頬張り、新鮮な野菜に舌鼓を打った。

ミーナ第6話 もぐたんさん

イラスト:もぐたん さん


「それにしても、ヨーコちゃんはどうしてお手伝いなんてしてるの?」
 朝食を摂り終わった後、庸子と二人は純子に庭の掃除を命じられ、石畳の遊歩道を竹箒で掃きながら美奈子は庸子に尋ねた。
「なぜって? 理由が要りますの?」
「うーん……ほら。普通、お嬢様って、あんまりそういうことしないでしょ?」
「そうかしら?」
「ドラマとか、小説とか、漫画なんかに出てくるお嬢様ってそんな感じじゃない?」
「それはお話の中での話ですわ。でも、確かに、そういうお嬢様もいらっしゃいますわ」
「うん、だから」
 相原財閥の子女といえば押しも押されもせぬお嬢様。そんなドラマのような生活をしていても誰も不思議ではない。逆にこうやってお手伝いをして、一応私立とはいえ、一ノ宮中学に通っていること自体が不思議と言えた。
「うーん、そうですわね……おじい様やお父様、お母様がお金を稼いでいるからこんな生活が出来ていますの。わたくしは何もしていませんわ。わたくしはただ、ここの家に生まれただけで、何の役にも立っていませんわ。お嬢様とか言われても単なるお荷物でしかありませんわ」
「そんな……」
「そうですわ。ですから、わたくしの出来ることをするのは当然のことですわ。ところで、美奈子ちゃんはどうして、お手伝いしようと思ったのですの?」
「え? わたしは手持ち無沙汰だったから……」
「それなら、別にわざわざ、お手伝いなんて選ばずともよかったのではありません? たぶん、美奈子ちゃんも無意識にわたくしと同じ事を思ったからじゃありません?」
「そう……なのかな?」
「さあ? どうなんでしょう? 少なくとも、わたくしはそう思いましたわ」
「うーん」
 美奈子は箒を持ったまま、半分、家事が嫌になって家出してきたようなものなのに、今ここで箒をもって庭を掃いているのは確かに矛盾している気がして、頭を捻って考え込んでいた。
「あ、美奈子ちゃん、庸子お嬢様。今、手空いてます?」
 考え込んでいた美奈子はふいに背後から声をかけられて振り返った。そこには純子がメモを片手に立っていた。
「悪いんだけど、加藤商店と渡辺雑貨に頼んでたものが届いてるらしいの。ちょっと、取りに行ってくれません?」
「はい。構いませんけど」
「代金はもう払ってあるし、その格好で行けば、説明不要でしょうから、大丈夫ですね?」
 確かにメイド服を着て行けば、まず間違いなく相原家の使いだとわかってくれるだろう。しかも、庸子が一緒に行けば何の問題もない。
「ところで、ものは何なんです?」
 間違ったものを渡されて、もう一度なんて事にならないように確認した。
「利尻昆布一缶と竹箒三本よ。これはその控え」
 純子は伝票を二人に渡した。
「それじゃあ、行って来ます」
「そんなに急がないから、ゆっくり遊んで来たらいいわよ」
「こんな恥ずかしい格好でうろうろしません」
「ええ? かわいいのに。折角だから、商店街を一周してきましょうよ」
「ヨ、ヨーコちゃん……」
 美奈子と庸子はそう言って箒を片付けると商店街へと向かった。
 商店街で知り合いに合うたびに「どうしたの、その格好?」と声を掛けられ、その度に「まあ、色々あって……」と曖昧な笑みを浮かべて答えて、やり過ごし、美奈子は恥ずかしさ一杯になりながら、やっとのことで目的の加藤商店に辿り着いた。しかし、やはり、そこでも同じ事を聞かれて、美奈子を閉口させた。
(きっと、帰りも同じなんだろうな)
 少し陰鬱になりながら美奈子は加藤商店から出ると、帰りは行きとは違うものになっていた。悪い意味で。
「美奈子ちゃん、可愛い!」
 店を出るなり、いきなり見知った顔が並んでいる。商店街のお店の面々である。
「な、なんなんですか!」
 美奈子はあわくって昆布の缶を抱えて、数歩たじろいだ。
「もう! そんな可愛い格好しているのに、うちに寄ってくれないなんて、おばさん寂しいわ」
「おう! 随分可愛い格好してると聞いてみに来たら、お屋敷のメイドさんになったか。似合ってるぜ!」
「聞いたわよ! 家出してお屋敷に転がり込んで、メイドさんしてるんだってね。だいじょうぶ。あんたなら、メイド頭の純ちゃんには敵わなくても上手くやっていけるわよ」
「ねえねえ、写真とっときましょうよ。記念に」
「それもそうね」
「こ、これ以上恥ずかしいことなんて嫌だぁー!」
 何が悲しくて商店街のみんなと恥ずかしい格好で記念撮影をしなければならないのか美奈子は猛烈に抵抗した。
「まあまあ、美奈子ちゃん、大人気ですわね」
 庸子が感心したように美奈子に耳打ちした。
「そんな、悠長なこと言ってないで助けてよ、ヨーコちゃん!」
「皆さん、なかなか開放してくれそうもありませんし、わたくしは渡辺雑貨の方へ先に行っておりますね。落ち着いたら着てくださいね」
 美奈子は庸子に助けを求めたが、あっさりとそれは拒否された。
「おっ。お嬢、話せるね。さすがは、相原の人間だ」
「それはもちろん。美奈子ちゃんの可愛さは万人共通ですもの。独り占めには出来ませんわ。でも、可愛く取れた写真がございましたら、後で買い取りますので、皆様、頑張ってくださいね」
「よっしゃ! 元カメラ小僧の血が疼くぜ!」
「ヨ、ヨーコちゃん!!煽らないでよ!」
 美奈子は庸子にそう文句を言い残すと、昆布を抱えたまま、人ごみの中へ飛び込んで軽いフットワークで人を避けながら商店街を疾走することになった。
「あ、逃げた! 追いかけるわよ!」
「がってんだ!」
 こうしてメイド服美奈子vs商店街の元カメラ小僧おじさんとの鬼ごっこが開始させられた。
「やっぱり、美奈子ちゃんは恥ずかしがっている時が一番可愛いですから、どんな写真が出来てくるか楽しみですわ」
 庸子は鼻歌混じりに渡辺雑貨を目指して歩き始めた。

 ハアハアハア
 美奈子は路地に身を隠すと、走るのを止めて、呼吸を整えた。ここ数日、便秘気味で下腹部が重たいし、どうも全身が気だるく、手足も少しむくんだようになっていて、そのせいか、いつもよりも息のあがるのが早かった。
「メイド服なんか着て走るもんじゃないな。走り難いったらありゃしない」
 いつもより早く息が上がるのを服装のせいにして、美奈子は呼吸を整える事に専念した。
 渡辺雑貨まではあと少し、庸子と合流すれば、後は屋敷に帰るだけである。商店街の人も、町内を出てまでは追ってこないような暗黙の了解のようなものを美奈子は感じていた。
「あと、すこし。頑張ろう」
 ある程度、呼吸が落ち着いてきた美奈子は自分自身に気合を入れると、コンパクトの鏡で路地から通りの左右を確認して、人影のいないことを確認して、路地から踊り出た。
「お嬢さん」
 誰のいないはずの通りで美奈子は声をかけられ、身体を緊張させて振り返るが、そこには誰もいない。今、季節は初夏で、シーズンと言えばシーズンではあるが……
(魔法の次は心霊ネタか!)
 美奈子は心の中で毒づいた。
「どっちを見ているのです、お嬢さん。私はここです」
 再び声がし、その方向がやや上からと言うのに気が付いて美奈子は視線を上げた。
「!」
 そこにはアルセーヌ・ルパンを思わせる、黒のシルクハットに黒のマントを羽織った長身の紳士がブロック塀の上に立っていた。
「ほう。偶然呼び止めたお嬢さんが、件のお嬢さんとは私はよほど神に愛されているらしい」
 アルセーヌ・ルパンは気障に片手を顎に当ててポーズをとっている。妙に様になっているが、ここは日本、そして季節は初夏。長袖の黒い背広の上に黒いマントを羽織って、黒のシルクハットを被って、白い手袋までしている完全武装では、滝のように止めどなく流れる汗は当然の結果で必然だった。あと十分もすれば脱水症状で倒れそうな勢いである。
「な、何なんですか、あなたは?」
 もはや、美奈子は今後の展開を予想していた。ページ的にもそろそろ頃合だし。
「私か? 私はメイドをこよなく愛すメイドマニアの第一人者、御蛇蓑図(おじゃみのず)教授だ」
 自己陶酔指数の高い自己紹介をした紳士に美奈子は「やっぱり!」と少し目眩を覚えた。が、ここで負けては作者の思う壺と踏みとどまった。
「……そうですか。わたしは急いでますので、失礼します、教授」
 美奈子は何もなかったことにしてその場を立ち去ろうとした。
「待て待て! お嬢さんであろう? 商店街で聞いた『捕まえたらお持ち帰りオッケー。メイドさん争奪大会』の商品のメイドと言うのは」
「は?」
 美奈子は思いっきり眉をひそめた。いつの間にそんな大会に発展したのか、はたまた、この御蛇蓑図とかいう教授の勝手な思い込みなのか、おそらく後者の方と判断したかったが、前者も捨てきれない不安があった。
 美奈子の不安を他所に御蛇蓑図は喋りつづけた。
「ふふふふ、わたしはメイドに目がない。しかし、しかしだ! 優しく、従順、身の回りの世話をしてくれる理想のメイドなどなかなかいない! 催眠術で洗脳も完全ではなかった! そこで、ロボットであるならばそれも可能と昨日、思い立ち、今朝完成させた!」
「よかったですね。それなら、わたしには用はありませんね」
「しかしだ! 私は何でも出来る超がつく天才だが、たった一つ苦手なものがある! それが美術だ。美術だけは十段階評価の2だった。そんな私がロボットメイドの容姿を作れるわけがない!」
「だったら開き直らないで、頑張ればいいでしょうが」
「努力は嫌いだ」
「……」
 美奈子はこめかみのあたりが引きつるような感覚に襲われ、ここ数日続く軽い偏頭痛に上乗せされて、顔を露骨にしかめた。
「そこで考えた。容姿が作れないのならコピーしてしまえと」
 しかし、そんな表情などまったく意に介さずに御蛇蓑図は喋りつづけた。
「ガ○フォースみたいにレーザースキャンとかして?」
「いいや。ものさしで0.5ミリピッチで身体の隅から隅までずずずいーと」
「遠慮します!」
 想像しただけで身の毛のよだつ測定方法に美奈子は慌てて逃げ出した。もっとも、レーザースキャンだったとしても逃げ出していたが。
「なに、痛みはないぞ。ちょっと、こそばいかもしれないが、それもまた快感に変わって、新たな道が開けるかもしれないぞ」
「開きたくもありません!」
「それは残念。だが、逃がすと思うか! メイドロボ、プロトタイプ1『文月』発進!」
 御蛇蓑図の台詞に反応して曲がり角から姿を現れたのは、全長3メートルほどの雪だるまに棒のような手足をつけた恐ろしく不恰好なロボットであった。一応エプロンはしているので、それがメイドロボと名乗る根拠らしい。
 メイドロボは不恰好な割には、性能はいいのか、今にも倒れそうな歩きかただが、100メートルも行かない内に美奈子に後少しまで追いついてきた。
「また、変身するしかないのか」
 そう思った、その時。美奈子の少し後方で何かが炸裂した。それと同時に濃厚な煙があたりに立ち込め、視界を遮った。
 状況を把握できずに呆然とする美奈子の手を誰かが引っ張った。
「わ、わあ!」
 引っ張られたことで驚いて声をあげそうになったが、誰かに口を押さえられて、外に聞こえることはなかった。
「大きな声を出さないでください、美奈子ちゃん」
「よ、よほこちゃふん?!」
「遅いと思って迎えにきて正解でしたわ。美奈子ちゃん、お怪我はありません?」
「今のところは。でも、これって?」
「これは、万が一、襲われた時用の煙幕弾ですわ。それよりも、美奈子ちゃん」
「はい?」
「ラスカル☆ミーナに変身ですわ♪」
「うん、って――!」
 最後の叫びはやっぱり、庸子に口を押さえられて外には漏れなかった。
「なんでそれを?」
「美奈子ちゃんが転校してきた初日、わたくしが学校を案内していて途中に放送で呼ばれて、別れましたでしょう?あの後すぐに戻ったら、美奈子ちゃん、いらっしゃらなかったので、あと行っていない所は校舎の裏ぐらいでしたし、そちらへ行ってみたら……」
「変身する所を目撃したと」
 庸子は黙って頷いた。
「はぁ……そっか。ばれてたんだ。ごめんね、今まで黙ってて」
「別に構いませんわ。誰にだって秘密にしたい事の一つや二つはありますわ。たとえそれが、親しい間柄、わたくしと美奈子ちゃんの間でも」
「ありがとう」
「さあ、早くしないと煙幕が切れてしまいますわ」
「うん」
 美奈子は目を閉じて、落ちついいて精神を集中し、バトンを右手に出現させた。それを合図に長い髪が宙に踊り、毛先から金髪に変わりつつ、纏め上げられていく。身を包んでいたメイド服がトロリと飴のように溶け、素肌の上を這っていき、ラスカル☆ミーナのコスチューム、レザーの光沢をもつノンスリーブでミニのワンピース、ロングブーツに長手袋へと姿を変えた。ゆっくりと閉じていた目を開け、青い瞳を現した。
「決めのポーズと決め台詞はありませんの?」
「……よ、ヨーコちゃん」
「でも、とっても素敵ですわ。さあ、わたくしを美奈子ちゃんに変身させてくださいな」
「え? なんで?」
「だって、煙幕が晴れて、美奈子ちゃんがいなくなってラスカル☆ミーナがいましたら、怪しまれません?」
「確かにそうだけど……でも、そんなの危……」
「もう、時間がございませんわ。ラスカル☆ミーナが守ってくださるんですもの、危険はございませんでしょう? さあ、迷っている暇はありませんわ。早く!」
「……うん。わかった、ヨーコちゃん。絶対、守るよ」
 ミーナは意を決するとバトンを振るって庸子を光で包み、美奈子に変身させた。
「成功したみたいですわね。鏡がないですから『これがわたくし?』って言えないのは残念ですわ……あら、美奈子ちゃんって、結構、胸あるんですわね。いつも着替えの時は恥ずかしがって、全然ちゃんと見せてくれないから……」
「や、やめてよぉ。恥ずかしいよぉ」
 美奈子になった庸子は胸を両手で弄ぶのを見て、ミーナが顔を真っ赤にして庸子の手を止めようとした。
「これぐらいの役得が欲しいですわ。さ、煙幕が切れますわよ」
 庸子の台詞と同時に煙幕が風に流されて視界が開けた。煙幕を張るまでは目と鼻の先にまで迫っていたメイドロボは、十数メートルは離れていた。
「やっと姿をあらわしたか! 煙幕を張るとは卑怯者め! 大人しく私に捕まり、身体の隅々まで測定させなさい!」
 御蛇蓑図は相変わらず汗だくで塀の上に立ったまま、ミーナ達を見つけて指差した。
「べーっだ! 誰があなたなんかに捕まりますか! さあ! ラスカル☆ミーナさん、出番ですよ」
 差し出されたミーナに御蛇蓑図は今ごろになって気が付いたのか、「誰だ、お前?」と言う顔をして沈黙してしまい、しばらく嫌な間が出来た。
「ええと、て、天下御免のレザースーツに身を包み、強力無比のハリセンバトンを片手に参上。ラスカル☆ミーナ! 町内の平和を乱していいのは私だけ! 御蛇蓑図教授! 怪我しないうちに大人しくさっさと帰りなさい! 今なら後から二、三発攻撃するだけで逃がしてあげるから♪」
 とりあえず、この嫌な空気を何とか吹き払うためにミーナは無理にテンションを上げて芽衣美が考えた挑発的台詞を少しアレンジして言い放った。
「ぬう! この御蛇蓑図! そんな脅迫には屈さないぞ! メイドのためならば艱難辛苦を乗り越えて、いざ行かん、メイドの世界!」
 さっき、努力は嫌いだと言っておいて艱難辛苦もあったものじゃないとミーナは思ったが、そんな事を口に出すよりも手を出した。
 幾つか道に転がっている小石を拾ってメイドロボにぶつけた。時速2500キロぐらいで。音の壁を突き破る音と甲高い金属音がほぼ同時に静かな住宅街に響いた。
「いきなり物騒なお嬢さんだ。しかし、そんな程度の攻撃では私の自信作、メイドロボ『文月』には傷一つ与えられんよ」
「丸いから跳弾しただけでしょう! 真っ芯に当たれば貫通してるわよ!」
 美奈子に化けた庸子はそう言ったが、ミーナもさっきの攻撃は跳弾を見越して真っ芯を狙ったのだが、全て外れてしまっていたのだ。
「なんで?」
 頭の上に疑問符が浮かんだが、今は原因追求している暇もなく、こうなったら接近戦でしとめるのが一番確実であると判断して、ミーナが間合いを詰めようとした瞬間、彼女の背後で悲鳴が上がった。
「よ、美奈子ちゃん!?」
「どうかなさいました?」
 振り返ったミーナは美奈子に化けた庸子の安否を真っ先に確認したが、庸子はきょとんとした顔でミーナを見つめていた。
「あれ?」
 確かに、美奈子の声で悲鳴がしたように思えたが、聞き違いだったのだろうか? そう思った時、ミーナの目に信じられない光景が飛び込んできた。
「こ、これがおれ?!」
「ない、ない、ないぞ! 私のアイデンティティが!」
「いやーん、若返っちゃったわぁ。肌なんてぴちぴち」
「どうせなら、もっとイケイケ姉ちゃんにしてくれ!」
 風に流されて霧散する煙幕が何故だか、未だ固まりのまま風に流されて、その煙幕に飲み込まれた人間を次々と白瀬美奈子メイドバージョンへと変身させて行っていた。
「う、うそぉ!」
「どうやら、さっきの魔法は煙幕にも影響したみたいですわね」
「ん? なんだ、そういうことなら最初から言ってくれればいいものを。そうすれば無駄な争いなどせずに済んだのに」
「はい?」
「隠さなくてもいい。君も私と同じ、同好の士なのだろう?」
「ちがーう!」
「ふふふふふ、その力を使えば、全人類をメイドにすることも出来るな。まさに、世界制服!」
「人の話を聞け! 違うと言ってるでしょうが!」
「しかし、同じ顔と言うのはちょっと、味気ないな。確かに好みではあるが、あくまでそれは好みの一つであって、同じ者が並んでいてはいくら好みでも飽きてしまう。何とかしなさい」
「だーかーらー!」
 御蛇蓑図とミーナが言い合っている間にも次々とご町内の人たちは白瀬美奈子に姿を変えられていった。
(ああ、もう! 御蛇蓑図を相手にしてたら、煙幕の被害が広がるし、煙幕を片付けに行ったら、ヨーコちゃんが御蛇蓑図にさらわれるし、ああ、身体が二つ欲しい!)
 歴史上成功した事のない二正面作戦を強いられたミーナは、御蛇蓑図をどれだけ短時間で片付けられるかで成否が決まると気合を入れると、再び、間合いを詰めようとした、その時、聞きたくない聞き慣れた声を聞いた。
「奉仕もお任せ、サービス満点♪ 痒いところに手が届くまごの手、あなたに貸したげる。正義のお手伝い、魔法少女ファンシー・リリー 呼び鈴なくとも参上です!」
 向かいの家の屋根の上に逆光でポーズをとっている少女のシルエットが浮かび上がる。
(もとい。身体が三つ欲しい)
 リリーの登場に三正面作戦を覚悟した。あともう一つ何か出てきたら、四面楚歌である。
「御蛇蓑図教授! また証拠にもなく出てきたわね! この間、私にこてんぱんにやられた事を憶えていないなんて、随分とちゃちな脳味噌ね! かに味噌でも詰めてるの?」
 しかし、リリーはミーナよりも先に、塀の上にいたこともあってか、御蛇蓑図を指差した。
「世界最高の頭脳をかに味噌とは何たる侮辱! 貴様こそ、自分の幸運を実力と勘違いして、再び私の前にノコノコ出てくるとは、おめでたい頭をしているではないか!」
「なによ! かに味噌教授!」
「ふん、この脳天気娘が! この間と同じ私と思うな。今日の私には心強い同志がいるのだ。さあ、ラスカル☆ミーナ君。あの派手な脳天気娘を始末しなさい」
「誰が同志だ、誰が!」
「ラスカル☆ミーナ! また、あなたが絡んでいるのね。何度も、何でもチョコチョコと顔を出して、あなた、叶○妹?」
「正体不明のところは似てなくもないですわね」
「よ、美奈子ちゃん……」
「なんにしても、ご町内の平和を乱す悪い奴を、黙って見過ごすほどあたしの心は、広くもなければ、汚れてもない。二人まとめて片付けてあげるわ」
「じゃあ、御蛇蓑図は任せた!」
「味方を捨てるのか!」
「だって、私は悪い魔法少女だもん!」
「開き直るな!」
「逃げようたって、そうは行かないわ。先ずは、ミーナ、あなたからよ!」
「積年の恨みがこもってるもんね」
「そう。ミーナに連戦連敗してから、あたしがどれだけ苦労……って、なに言わせるの、ウッちゃん!」
「ほとんど油断と自爆じゃないか! 逆恨みだ! 正義の味方が聞いて呆れる」
「正義のついでに私憤を晴らすのは一石二鳥の省エネエコロジーなのよ。あたしがカッカするのが少しは収まれば、その分だけ温暖化も抑えられるかもよ。地球環境のために大人しく私にやられなさい!」
「そんな無茶苦茶な」
「ラスカル☆ミーナ君。君が倒れても、そこなお嬢さんのことは心配しなくてもよい。私が責任を持って忠実従順なメイドにして、一生可愛がってあげるから安心して戦いたまえ」
「随分と湾曲してますけど、言ってることはプロポーズですわね。でも、生憎とわたくし、御蛇蓑図教授は趣味じゃありませんわ。ごめんなさい」
「ふふふ、嫌がるのを無理矢理と言うのも、そそられてよいな」
「わたしがやられちゃったら、何の罪もない娘がこんな変態の毒牙にかかるんだもん。いくら悪い魔法少女でもそこまで落ちぶれていないから、本気で行くわよ! リリー、覚悟はいい?」
 ミーナにとって、やられたいのはやまやまだが、庸子がいるので、ここは負けるわけにはいかない。ミーナはいつにもまして気合を入れた。
「うっ。の、望むところよ!」
 ミーナの迫力に押されて、リリーが少したじろいだ。その台詞を聞くか聞かないタイミングでミーナはリリーのいる屋根まで一気にジャンプした。
 虚を突かれたリリーはミーナが無防備になっている好機をみすみす逃してしまって、しかも相手の有利な距離に詰められた。
「何やってんだよ、リリー!」
「う、うるさいわね!」
 リリーがウッちゃんと言い争いしている間に、ミーナはバトンを扇形に広げ、横に扇ぐと疾風が巻き起こり、バランスの悪い場所に立っていたリリーが体勢を崩して屋根から落ちそうになって手をぐるぐる回して、バランスを必死に取り戻そうとしていた、その手をミーナがハシッと握って、屋根から落ちそうになったリリーを助けた。
「あ、ありがとう」
 思わぬ助けにリリーは目を丸くして、お礼を言ったが、お礼を言い終えた次の瞬間にはミーナの足払いが飛んで、カラー鋼板の屋根に派手に叩きつけられた。
「あっあちちちちっ!」
 初夏とはいえ、充分に太陽の恵みを享けた鋼板の上、熱くないわけがない。リリーは転がって逃げようとしたが、ミーナは自分の髪を数本抜いてリリーを文字通り、屋根の上に縫いつけた。
「よっしゃ! いっちょ上がり!」
「リ、リリー! わ、わぁあ!」
「乙女の髪は鋼より強いわよ。下手に暴れるとぶつ切りになるわよ! 次、御蛇蓑図!」
 リリーに駆け寄ろうとするウッちゃんもミーナは髪の毛で拘束して屋根の上に転がすと、次のターゲットに照準を向けた。
 御蛇蓑図は案の定、美奈子に化けた庸子を拘束しようとメイドロボの魔の手を伸ばしていた。
 ミーナは屋根を駆け下りるようにして助走をつけてジャンプして、メイドロボと庸子の間に割って入り、メイドロボが伸ばした手をバトンではじき返した。
「おまたせ!」
「よろしいんですの?」
 美奈子になった庸子は手にしたすごく物騒なパイナップルのピンを元の場所に差し込みながらミーナに訊いた。
「なにが?」
 メイドロボの棒のような脚の回し蹴りをブロックして懐に入るタイミングを計っているミーナが逆に訊き返した。
「リリーさんの拘束が解けましたわよ」
「へ?!」
 屋根の上に視線を移すと、縫いつけたはずのリリーの姿はそこになかった。どこへ行ったかミーナは周囲を見渡したが、見当たらない。焦ったその瞬間、ミーナのいる場所に影が落ちた。
 ミーナと同じコースでジャンプしたのだろう。その余力をかつて、キックをしようとしているのはより攻撃的だが。
「ミーナさん!」
 庸子の悲鳴が上がる。メイドロボもその攻撃に呼応するかのようにミーナにパンチを繰り出そうとしている。
「ちっ!」
 ミーナは舌打ちしてリリーの蹴りとメイドロボのパンチに備えた。避けてもいいが、そうなるとメイドロボのパンチが庸子に当たる可能性もある。リリーの魔力を上乗せしている蹴りを弾いて、メイドロボのパンチに耐えられるかは賭けであった。しかもすこぶる分が悪い。
「ミ、ミーナさん!」
 予想以上に重いリリーの蹴りにミーナは地面に転がってしまった。リリーの蹴りを防ぐのにかなり魔力を消費したミーナの防御力は常人よりもほんの少し高い程度になっていた。今、メイドロボのパンチを食らえば命が危ない。
「避けなきゃ」
 パンチを見ていては遅いと、とにかくミーナは当てずっぽうに転がって襲ってくるだろうパンチを避けようとした。
「?」
 しかし、実際にはパンチは飛んでこずに転がりつつ身を起こしたミーナは目をしばたかせた。ミーナの目の前で、メイド服の猫耳娘がメイドロボのパンチを軽くブロックしていた。
「おまたせー♪ ミーナおねえちゃん」
「メ、メイちゃん!」
『苦戦してますね、ご主人様。だから、魔力が落ちるから気をつけてくださいって……』
「メイ。よ、美奈子ちゃんをお願い。リリーと煙幕は何とかするから」
 銀鱗の台詞はミーナによって故意に遮られた。ミーナに、銀鱗の冗談に付き合っている余裕も猶予もなかった。
「了解♪ ミーナおねえちゃん」
『お気をつけて、ご主人様』
 ミーナは庸子を御蛇蓑図から守ることはメイに任せて、リリーに専念する事にした。
 専念したが、中距離での魔法の攻撃では元々向こうに分があったとはいえ、得意のコントロールに失敗して命中率が悪く、勝負にもならない。かといって、近距離での直接攻撃に出ても思ったほど力を乗せきれないで、リリーに攻撃を全て捌かれる結果になった。
 じりじりと時間が過ぎて、煙幕の被害は拡大するばかりである。リリー相手にこれほどてこずるとは思ってもなかったミーナは攻め手に迷い、態勢を整えるために、すこし距離を取って対峙した。
 ミーナの息は上がり、やたらと汗は出るし、じんわりと身体全体に疲労感が広がって、体がいつものようには動かないし、この状況に対してイライラが募って集中力が乱れて、余計に魔法の成功率は下がる。絵に描いたような悪循環に陥っていたのはミーナにもよくわかっていたが、一度回り始めた悪循環はそう易々と止められない。
「何だか調子が悪いみたいだね、ミーナは」
「大方、油断して食っちゃ寝生活して自堕落に墜落してたんでしょう。ふふふふ、ミーナ! 今日は勝たせてもらうわよ」
「でも、体調不良につけ込むのも、なんだか――だよね」
「戦いの場に出てきた以上は、そんなのは言い訳にはならないわよ、ウッちゃん。勝負は非情なのよ!」
「わかったよ、リリー」
「非情、ね。情けない、って事、よね」
「息も絶え絶えな割には余裕じゃない、ミーナ。でも、もうそんなやせ我慢しなくてもいいように楽にしてあげるから」
「でも、何の病気かな?うつる病気だったら嫌だな。僕、保険利かないし」
「大丈夫! 絶対、伝染しないわよ。特にウッちゃんには」
「随分と自信あるみたいけど、病名わかってるの?」
「ふふふ、当然! 疲れやすくって、情緒不安、集中力散漫、手足が浮腫んで、やたらと汗をかく。と言えば、答えは一つ! あ・の・ひ♪ どうかしら?」
 リリーはビシッとミーナを指差した。
「そんなの、なってたまるか!」
 ミーナはどいつもこいつもという顔で怒鳴り返した。
「否定するところを見ると正解のようね」
「違うって、莫迦!」
「やっぱりそうでしたの?道理で……」
「だーかーら! そんなはずないって! なるはずない!」
 美奈子に化けた庸子までそれに乗ってきて、ミーナはただでさえ苛ついているところへ駄目押しされ、怒鳴り声を上げた。
「まあ、恥ずかしいのはわかるけど、そこまで否定しなくても……も、もしかして!」
 リリーははっと口をつぐんだ。そこにいた全員がリリーの次の言葉を待って息を飲んだ。
「もしかして、ミーナって、実はオカマ?」
「ちーがーう!」
 ミーナはお馬鹿な会話の間に回復した魔力でバトンに雷を纏わせて鞭と化した。ミーナの心の内と同じように猛り狂う雷の竜は、無秩序な軌道を描いてリリーに襲い掛かるはずだったが、何故か突然方向を変えてメイドロボに直撃した。
「なにぃ!」
 御蛇蓑図が予想していない方向からの攻撃に悲鳴に近い叫び声を上げた。
「金属だからね、仕方ないね」
 理由はウッちゃんの冷めた一言で片付けられたが、いくら装甲が厚くても何百万ボルトの電圧が一気にかかることは精密機械には充分過酷な環境であったらしく、関節部から狼煙を上げて停止した。御蛇蓑図も直撃は受けなかったものの落雷の余波を喰らって、バランスを崩し、塀の上からどこかの家の庭先に落ち、放し飼いにされていたドーベルマンに痛いほど熱い歓迎をお尻に受けて、声にならない悲鳴をあげ、捨て台詞を残すことすら忘れて、一目散に退散していった。
「あーあ、捨て台詞も言わずに逃げちゃった。あの人、悪役としての自覚がまだまだ足りないよね」
 メイが庸子を無秩序に降り注ぐ雷から結界を張って守りながら苦笑を浮かべた。
『酷い目に遭いながら捨て台詞を残して立ち去るって、結構すごいことだよ、芽衣美ちゃん』
「そんなことより、どうなってるんだ、これ! 全然、制御が効かないじゃないか! ひゃん!」
 ミーナはミーナですごいことになっていた。何せ、無秩序無差別というのは自分も含めてであるから、雷を素晴らしい勘と反射神経で避けながら悲鳴をあげていた。
「あははは、ばっかみたい!」
「あ、なんか、その言い方、腹立つ! うわ!」
「っと! 危ないじゃない! 制御できないならさっさと止めなさいよ」
「できればそうしてる!」
「それって、もしかして……」
 ウッちゃんは顔を引きつらせながら、もっとも恐れていることを想像し、口にした。
「暴走してる?」
「ピンポーン♪」
 ミーナは必死で避けている割には余裕のある返答を返した。
「ピンポーン♪ じゃない!ちょ、ちょっと洒落になってないでしょう!」
 だが、ふざけた返事にも関わらず、リリーの表情は青ざめていた。
「だから、やられて、お願い!」
「なんでそうなんのよ!」
「たぶん、リリーに攻撃が当たれば、魔法場による世界層相殺効果で、魔法を消去できるからだろうね」
「冗談! あんなの喰らったら、こっちだって、ただで、済む、訳、ない、じゃ、ない、って、なんで、あたしに、集中、するのよ!」
「きっと、わたしの願いが天に届いたんだ」
 珍しく願いどおりの展開になっていることにミーナは喜んだ。今、雷はミーナとリリーを集中的に襲っていた。やや、リリーのほうが襲われる回数が多い。
「悪の魔法少女が何いってるのよ!」
 ダンスでも踊るかのようにリリーは雷を避けながら、ミーナに言い返した。
「リリー、そのペンダント、外した方がいいよ。どうも、それが呼び込んでるみたいだし」
 場の特異点であるミーナとリリーに雷が集中するのは予想通りだが、リリーの方が多いのはどうやら、ペンダントが原因らしいとウッちゃんは指摘した。
「だ、だめ! これは、大切なものだからっとぉ!」
「でも、そのままじゃ、当たっちゃうよ」
「ウッちゃん! 見てないで何とかしなさいよ!」
「何とかと言っても、うーん……」
「はいはいはーい! 提案!」
「はい、銀麟君」
「ウッテンバーガーハイト君が当たればいいと思いまーす」
「却下」
 ウッちゃんは即座に否決したが、
「それ、採用!」
 リリーは即座に可決して、傍にいたウッちゃんの首根っこを引っつかんだ。
「うぞ!」
「さあ! ウッちゃん、今こそ、忠誠を見せる時よ」
 雷を依然避けつづけながら見せるリリーの不敵な笑みは、ウッちゃんの白い顔が青ざめさせるのに過ぎることはあっても、足りないことはなかった。
「ま、待ってよ、リリー! 他のアイデアすぐに出すから」
「5秒よ」
「えーーーーーと……」
「12345っ。はい、おしまい」
 早口な非情な一言のもと、リリーは雷を避けながら器用に投球動作に入った。
「ミ、ミーナの魔法を相殺するだけの出力を持つ魔法を使って、あの雷に当てる。雷、消える。OK?」
 ウッちゃんは投げられまいと必死にバタバタしながらアイデアをひねり出した。少々、安直であるが、もっとも確実な方法である。
「それは、わかった。んで、あの不規則な、雷に、どうやって、当てるのよ!」
「軌道予測は僕がやる。リリーはちょっと、パワーを抑えてコントロール重視で」
「コントロール、苦手」
「贅沢言わないでよ。それしか方法ないんだから」
「あるわよ」
「だーかーら!」
「わかったわよ、やってみる」
「リリーの方がパワーは上だよ。抑えても充分、打ち勝てる。うまく行けば、ミーナも倒せる。頑張れ、リリー」
 リリーは雷を避けながら、バトンに魔力を注ぎ込んだ。ウッちゃんの方も文字通り、命懸けで雷の軌道を読み取ろうとしていた。
「今だ!」
 ウッちゃんの合図と共にリリーの魔法が放たれた。感覚を同調しているので、わざわざ声を出す必要はないのだが、気分の問題なのだろう。
 リリーの放ったエネルギーの塊はミーナの振るう雷の鞭に向かって、一直線……ではなかった。雷の脇をすり抜けて、ミーナにかすりもしない方向へ飛び、メイドロボの残骸に命中した。メイドロボの残骸は音もなく原子のチリとなり霧散していった。
「リリー! なに、外してるんだよ!」
「だ、だって、苦手なんだもん!」
「ちょ、ちょっと待て! 今の、全力で撃っただろ! 雷相殺してお釣りで私が丸焦げになるところじゃない」
「当たり前でしょう! あなたを倒すつもりなんだから!」
「だけど、外しちゃ意味無いよ、リリー。次は……打てるわけないか……全力だもんね」
 全力でなくても雷を相殺する分だけにパワーを抑えてコントロール重視で何発か撃ってくれたほうがよっぽどよかったとウッちゃんは思ったが、そんな事をする性格のパートナーでないことは十分すぎるほど知っていたので、それ以上は何も言わなかった。
「仕方ない。最後の手段」
「わー! 待って、待って! あんなの食らったら、ほんとに死んじゃうよ!」
「短い付き合いだったけど、楽しかったわ。安心して、ちゃんとラストには『青空に笑顔でキメ』させてあげるから」
「いらない! まだ、方法が残ってる!」
 ウッちゃんは命懸けでじたばたした。
「もう、いいのよ……ありがとう、今まで。ウッちゃん、ウッペンバーガーハイドのこと、忘れない」
 リリーは遠い目をしながら、今までのウッちゃんとの思い出を走馬灯のように脳裏に流していた。
「いい事ない! だいいち、ちゃんと名前も覚えてないのに忘れないわけ無いだろ! ちゃんと聞いてよ。一種の賭けだけど、ミーナの変身雲の中に飛び込むんだ。変身しないで済むように結界を張るぐらいは魔力も残ってるだろう? その雲の魔力を使うんだ。少しダメージは食らうかもしれないけど、そんなにきつくないはず。それに、変身させられた人も元に戻るよ。皆のために自らを犠牲にする。正義の味方っぽいだろ? ねえ、リリー」
 命懸けだけあってウッちゃんも必死である。
「うーん、痛いのはいやだなぁ」
「僕は死ぬのが嫌だ」
「しょうがないわね。今回は貸しよ」
「……いいよ、貸しでも何でも……」
 リリーはいまだにフヨフヨと漂いながら通行人を美奈子メイドバージョンに変身させている煙幕に飛び込んだ。
「雷が狙ってくるのはペンダントだから、当たる直前の軌道は読みやすいよ。それをバトンで受けて、この雲の魔法をそれに乗せて逆流させて、相殺させるんだ」
「そんなに上手くいくかなぁ?」
「大丈夫! ミーナの魔法によって励起されている世界層を、いつもリリーの魔法で元に戻してるじゃないか。逆をすればいいんだ。上手くいくよ」
 ウッちゃんの励ましを受けてリリーはバトンを構え、雲の魔法をバトンに吸収し始め、煙幕は徐々に薄らいでいった。
 リリーが煙幕に隠れたことによって、唯一の特異点となったミーナに雷の攻撃が集中した。猛威を振るう雷の竜は容赦なくミーナを襲い、そろそろ体力の限界が近いのか顔色は全く血の気が無かった。
「ミーナさん!」
「ミーナおねえちゃん!」
 庸子とメイは心配して声を発したが、結界を解けば、メイにも雷が降り注ぎ、それを避ける確信も耐える自信も、メイにも銀鱗にも無かったし、可能性は低いが、雷が庸子に襲いかかる危険もあってはなおさら結界は解けずにいた。最も助けが要るときに何も出来ない自分達にメイと銀鱗は歯がみした。
 しかし、そんな折に突如、煙幕が消え、リリーが姿を現した。それを雷の竜は待ってましたとばかりに彼女に襲いかかった。よほど、リリーのペンダントが気に入ったのだろうか。それとも、何か雷に恨みでも買ったのだろうか、リリー。
 ウッちゃんの予想通り、雷の目標はペンダント。そこへ落ちる直前にリリーは雷をバトンで受け止めた。すごい衝撃がリリーを襲い、ウッちゃんのうそつき! と心の中で罵りながらバトンに吸収した魔法を開放した。
 雷をレールのように煙幕が走り、白い雲のラインがリリーとミーナの間に出来上がると、一度まばゆい光を放ったかとおもうと、あっけなく双方が消えうせた。
 ミーナはその場にへたり込むように座り込み、顔色は紫に近く呼吸は極めて浅く、瞳は焦点が合わず朦朧として、まともに動くどころか、喋る事もできずにいた。
「チャンスだ、リリー。ミーナのやつ、雷を発生するのと、避けるので疲れきってるよ」
「そ……そうね……」
 ミーナよりもマシという程度でこちらもヘロヘロになったリリーが頷いて、身体を引きずるようにミーナの傍まで這うように近寄った。
「悪く思わないでね」
 リリーは一歩も動けないミーナの目の前に立つと、最後の力を振り絞って、バトンを振り上げた。ミーナは朦朧とする意識でそれを他人事のように眺めていた。
(……バトン……振り下ろされる……楽になる?)
 ミーナはほとんど止まりかけた思考が紡いだ言葉に何かが猛烈な拒否反応を感じて、かすかに体が動いた。
「……勝負は非情なのっ」
 しかし、かすかに動いたぐらいでバトンを避けれるはずも無い。リリーの無慈悲な鉄槌がミーナの頭上を襲おうとした。
「それを聞いて安心した♪」
 リリーの振り下ろしたバトンを何者かがしっかりとガードして、ミーナをかばった。
「!?」
「銀鱗! いや、マイティー・メイ!」
「もう! あたしのこと、忘れちゃだめよ」
 メイはそのままリリーの腕を取ると一本背負いで投げ飛ばした。既にミーナとの戦闘で、体力ゲージが一ドットのラインとなっていたリリーは成すすべなく投げ飛ばされた。奇しくも御蛇蓑図が先ほど落ちた塀の向こうへと。数瞬後、リリーの声にならない悲鳴が響いた。
「リ、リリー!」
 慌てて助けに飛んでいったウッちゃんは同種同士ということもあって、強烈な歓迎を全身に受けたらしく、ボロ雑巾のようになって、リリーに抱えられながら一緒に表に出てきた。
「今回、は、御蛇蓑図、を、倒した、だけで、勘弁して、あげる、けど! 次は、そうは、いかない、わよ! 覚悟、して、おきなさい、よ!」
 リリーは息も絶え絶えになりながらビシッとミーナを指差すと身体の正面を彼女らに向けたまま、後ろ走りに撤退していった。
「敵に後ろは見せないつもりなんでしょうか?」
 魔法の相殺によって既に庸子の姿に戻っていた庸子は小首をかしげながらそう言ったが、それが間違っている事は見ず知らずの子供によって判明した。
「あ! お母さん! あのお姉ちゃん、お尻丸出しで走ってる」
「見ちゃいけません!」
「……」
 庸子とメイはお互いに顔を見合わせて、笑うには可哀想過ぎで同情するには情けな過ぎて、なんとも言えない表情を浮かべるしかなかった。
「えーと……ミーナさんは?」
 庸子が別の話題にしようとして、そこでミーナのことを思い出して、そちらを振り返った。そこには変身を解いた美奈子が肩で息をしながら、真っ青な顔で依然、地面にへたり込んでいた。
「だ、大丈夫ですか、美奈子ちゃん」
「美奈子お姉ちゃん、大丈夫?」
 庸子と芽衣美は慌てて駆け寄ると、不安という字を瞳に浮かべていた。美奈子は壁に体を預けながら立ち上がった。少しは体力が復活したのか、顔色は先ほどよりもマシになっていたが、それでもまだ蒼かった。
「ご無理せずに座って」
「……ん、もう、大丈夫だから。心配させて、ごめん。……ありがとう」
 心配する二人を安心させようと笑って見せたが、失敗したらしく、二人の不安の色はいっそう濃くなった。
「どこも怪我されませんでした? 痛いところはありません?」
「うん、どこも痛くないよ。大丈夫だよ」
 大丈夫。と言われても心配な庸子は美奈子の全身を注意深く、怪我がないかを見回した。
「! み、美奈子ちゃん!」
 庸子は美奈子の脚を見たときに、ハッと息を飲んだ。美奈子の脚を包む白いストッキングに血が川の流れのように染みを作っていた。
 庸子は内太ももを怪我したと思い込み、ごめんなさい、と一言断りを入れて、美奈子のスカートの中に頭を突っ込んだ。
「よ、ヨーコちゃん!」
 美奈子は青い顔を真っ赤にしてスカートを押さえつけようとしたが、もう、潜り込まれた後ではどうしようもなく、情けないやら、恥ずかしいやらで、泣きそうな顔をしていた。
 ほどなく、庸子はスカートから頭を引き抜くと、複雑な面持ちで美奈子を見た。
「もしかして、美奈子ちゃん。……始まった?」
「え? 何が?」
「何って、その……生理ですわ」
「あ、そうなんだ! おめでとう、美奈子お姉ちゃん。今晩はお赤飯だね♪」
 芽衣美は満面の笑みを浮かべて美奈子に祝福の言葉を投げかけ、美奈子はその場で凍りついていた。
「え? もしかして、美奈子ちゃん、初めて?」
「うん、そうだよ。美奈子お姉ちゃん、今までなかったんだよね♪」
 つい一ヶ月ほど前まで男の子だった美奈子がそんなものあるはずも無い。事情を知っている芽衣美は自信たっぷりに肯定した。
「はあ、それで気が付かれなかったのですね。わたくしが美奈子ちゃんに変身した時に、まるで生理前のような感じがしたのですが……」
「生理……ぼくがせいり?せえり…………ぼくが……」
 美奈子はそのまま思考停止して、固まっていた。
「あらら、固まっちゃったよ、美奈子お姉ちゃん」
「誰でも最初の時はショックですもの。仕方ありませんわ。でも、そういうことでしたら、下宿先に戻られるのがよいですわね。こういう事は、ベテラン――おば様にお任せするのが一番でしょうから」
 庸子は屋敷に連絡して、事情を話して純子に車で迎えに来てもらい、そのまま美奈子の家へと送っていった。
「美奈子ちゃんの荷物とかは、明日にでもお届けにあがりますから」
「そんなの悪いよ。自分で取りに行くし、ちゃんとお礼もいわなくちゃならないから」
「そうですか? それじゃあ、お待ちしてますわ。でも、無理しちゃダメですわよ」
 そう言って、庸子を乗せた車は走り去っていった。
 その晩の皆瀬家の食卓に、お赤飯が並んだことは書くまでもないだろう。その赤飯よりも赤い顔で食べる美奈子の姿に、賢治がカメラのシャッターを押し捲って、美奈子と大喧嘩になった事は書かなくてもよい事だろう。なんにせよ、皆瀬家はいつものように賑やかさを取り戻し、平和に夜が更けていった。

「また、負けちゃったね。今回は絶好のチャンスだったのに」
 ウッちゃんはリリーに包帯を巻いてもらいながらため息混じりにこぼした。
「でも、今回、ミーナの欠点がわかったんだし、いいじゃない」
「欠点?」
「そう! ミーナはあの日の前は力が落ちる。そこを狙えば、楽勝よ! 今日から27、8日後がミーナの命日よ」
「……あのさ、そういう時って、よっぽどの事がない限り出てこないと思うんだけど」
「うっ……さ、騒ぎでも起こして引きずり出すとか?」
「悪の魔法少女だよ、相手は」
「うう……で、でも、騒ぎに釣られて、何かしらって顔を出すかも」
「そんな、どこぞの太陽の女神じゃあるまいし……」
「ああ、もう! せっかく、いいアイデアだと思ったのに! ミーナ! 絶対許さないわよ!」
 正義の味方にあるまじき逆恨みでミーナを呪いつつリリーの絶叫は夜空にこだました。

つづく

次回予告
 もう、季節の上では秋になろうかとしているのに、作中は夏真っ盛り! ごめんよ、遅筆で、季節がずれてしまって。
 と言うわけで、夏と言えば、プール! プールと言えば、水着! 中学生で水着と言えば、スクール水着! したがって、次回は、当然!
ラスカル☆ミーナ第7話 『スクール水着だらけの水泳大会(仮称)』
 お楽しみに。


あとがき
 お久しぶりです。南文堂です。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
 皆さんの記憶も薄れてきたのじゃないかと不安になりつつ、ラスカル☆ミーナ第六話です。今回はお待たせした割には笑いが少ないので、心苦しいですが、いかがでしたでしょうか?
 実を言うと、この第6話で、第1話を掲載して急遽、続きを書くことにして作った話は全て使い切ったことになります(その時のストーリーとは似ても似つかぬものになっているものもありますが)。そういうわけで、第7話は少し変わった話になるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。



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