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品質には万全を尽くしておりますが、希に体質に合われて笑われる方もございますので、飲食しながらの読書はおやめください

前回までのあらすじ
 存在自体がトラブルを引き起こすトラブルメーカー、皆瀬和久は悪の魔法少女ラスカル・ミーナとなり、バニー橋本を伴って全世界バニー化計画を実行させた。しかし、そこに現れた正義の魔法少女、ファンシーリリーの捨て身の攻撃によってその野望はこなごなに砕け散ったのであった。
 さて、今回、ラスカル・ミーナはどんな騒ぎを起こすのやら……
(本編とは若干異なる点もございますので、前作をお読みくださることをお勧めいたします)


魔法少女 ラスカル・ミーナ

作:南文堂


絵師:もぐたん さん




第2話 やっぱり!セーラー服

「はあ」
 黒髪の美少女、白瀬美奈子はハンガーにかかったセーラー服を前に深いため息をひとつついた。
「まさか、自分がセーラー服を着るとは思ってもいなかった」
 彼女の通うことになる一ノ宮中学の女子の制服はブレザーだが、何故か彼女の目の前にあるのはセーラー服であった。

「女の子になったんだから一度はセーラー服を着ないと勿体無いじゃない。だから、明日はこれを着ていきなさい」
 琉璃香が昨日の晩に自分が中学生時代に着ていたセーラー服を引っ張り出してきて渡されたのである。二十年以上前の代物なのに全然そんな風には見えず、昨日ブルセラショップで買ってきたのではないかと疑いたくなる保存状態のよさであった。
「勿体無くないよ、そんなの。セーラー服なんて着たくない」
「じゃあ、ブレザーならいいの?」
「いや、そんなわけじゃないけど……」
「じゃあ、別にいいじゃない。着る種類が増えたって。それに、制服違った方が転校生らしくていいわよ」
「転校前に制服作っておくよ、普通は」
「時間があればそうするけど、急な転校だったらできないでしょう?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、一昨日女の子になったばっかりのあなたの女子用制服があるはずはないわね。昨日の朝言われて晩には出来ているなんて魔法使いのおばあさんでもいなきゃできないわよ」
「母さんは魔法使いだろう」
「残念、おばあさんじゃないのよね。それに魔法使いじゃなくて魔法少女なの」
「何が少女なんだよ。もう、今年でさ……※☆▲〒○」
「美奈子ちゃん。口裂け女になりたい?」
 目以外は笑顔で琉璃香は美奈子の口に入れた指を左右にゆっくり広げた。
「ふぉふぇんふぁふぁぁい(ごめんなさーい)」
「よろしい。じゃあ、文句もないわね」
 と強引に着る羽目になってしまったのである。そのときはしょうがないと納得したが、いざ、こうしてセーラー服を目の前にすると抵抗を感じずにはいられなかった。
「はあ……」
 再び深くため息をついてはみたが、いつまでも下着姿でいるわけにはいかず、美奈子はついに観念してセーラー服に袖を通し、前や後ろと自分の姿を鏡に映して、身だしなみをチャックすると、カバンを手にとって自分の部屋を出た。

 パシャ!
 廊下に出た美奈子にいきなり強烈な閃光が浴びせられ、一瞬視覚を奪われた。
「?!」
 やがて、視覚の回復した美奈子が最初に見たものは一眼レフのカメラを持って狭い廊下を、所狭しとアングルを変えてシャッターを切りまくっている父、賢治の姿であった。
 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ×30……ジィーーーーーーー
「父さん……モータドライブ無しなのに一瞬で三十六枚撮り終えるって……」
「初めて高速巻上げが役に立った。ん、今の表情をもう一回やってくれないか?巻き取りの途中で撮れなかった。やっぱり、二台はいるな……望遠と広角も併用したいし……ビデオカメラもいいが、生で見られないのがなあ……」
 カメラの巻き戻しをもどかしげに見ながら賢治はぶつぶつと呟いていた。
「どっちでもいいじゃないか、そんなこと」
「いや、生で見て、記憶に刻み込んでこそ、父の愛。写真として記録に残すのは子供のため、親の愛だ。父として、親として、どちらも大事にしたいのだ。わかるだろう?」
「わからないって。自分の息子が女の子にされて、それを喜ぶ父さんの気持ちなんて」
「ふむ、お前もいずれわかるときが来る。そのときわかってくれればそれでいい」
「できれば一生わかりたくないよ」
 賢治を半ば無視するように美奈子は脇をすり抜けて階段を降りようとすると再び背後でシャッターの切れる音がした。
「父さん!」
 美奈子はいいかげんにして欲しいと振り返りつつ怒鳴った。
「いい!いいよ、その表情!最高だよ」
 がしかし、ボクサーのように上体を振ってシャッターを切りまくっている賢治の耳には届いていなかった。美奈子が呆れてものが言えずにいると、彼の動きが調子に乗ってますます大きくなり、そして鈍い音が廊下に響いた。
「あう!」
 上体を振りすぎて壁に頭を強打してうずくまっている父親にかける言葉を知らない美奈子は意識が遠くなりそうになるのを必死で堪えていた。
「……(しっかりしろ、僕。この人の血が最低半分は僕の中を流れているんだ)」
 普段は渋い父親、クラスメイトにも羨ましがられるほどの優しさと威厳を兼ねそろえた雰囲気を持つ自慢の父親だっただけに、その父親像が砂の像のようにもろくも崩れていくのは美奈子にとってショックは大きかった。
「なに二人で遊んでるの?早く朝ご飯にしないと遅れちゃうわよ」
 琉璃香が一階の廊下からお玉を持って二人に声をかけた。
 美奈子はまだうずくまっている賢治を放っておいて食堂の自分の席についた。メニューはちなみに、トースト、目玉焼き、サラダ、牛乳である。
「で、そのお玉は何に使ったの?」
「何にも使ってないわよ。何だか、これを持っていると、食事の用意をしていますって感じがしていいでしょう?」
「……(ちゃんとしろ、僕。残り半分もこの人の血が流れているんだから)」
 美奈子はこめかみ辺りが引っ張られるような感覚に襲われながらなんとか意識を保っていた。
「お、珍しいな、今日はトーストか」
 何とか復活したらしい賢治が頭に大きなたんこぶを作って食堂に現れた。
「そういえば、そうだね。いつもはご飯なのに」
「当然よ。ご飯じゃ、咥えながら学校に行けないでしょう?」
「誰が行くんだよ、誰が」
「そんなの美奈子ちゃんに決まってるじゃない」
 琉璃香が手に持ったお玉で食堂の時計を指差した。
「時計がな……なに!8時12分!?」
「転校初日から遅刻ぎりぎりで、トーストを咥えながらダッシュで登校。途中の曲がり角で不良っぽい男の子とぶつかる。学園ラブコメの定番よ」
 琉璃香はお玉を持った手をぐいっと出してウィンクした。賢治も「ナイスだ、母さん」とにこやかな笑顔で賞賛した。
「うそ!なんで?目覚ましでちゃんと起きたのに!セーラー服着るの渋ったせい?」
 女の子の身支度は時間がかかるのでいつもよりも早く起きたのにと美奈子は混乱していた。
「昨日の晩、こっそり時計を遅らせておいたに決まってるじゃない。14分よ」
「!冗談もたいがいにしてよ!」
 美奈子は目玉焼きをトーストの上に乗せて、むりやり牛乳で胃に流し込むと洗面所で申し訳程度に歯を磨き、カバンを引っつかんで玄関へと急いだ。時刻は8時19分。
「ちゃんと女の子らしくするのよ」
「わかってるよ。注目されて正体がばれるかもしれないって言うんだろう?」
「わかってるならいいけど、いつもと同じように教室に直接行かずに校長室に行くのを覚えているのなら、何もいうことは無いけど」
「……」
「忘れてたわね」
「行ってきます!」
 美奈子はごまかすように8時20分、家を飛び出していった。

 美奈子の家から学校までは徒歩でだいたい15分ぐらい、走って8分。校門が閉まる8時30分まであと10分はあるが、女の子になっている自分の脚力に信頼がない分、美奈子は全く安心できずにいた。
(やっぱり、遅い。やばい。ぎりぎり……いや、間に合わない)
 時計をちらりと見て、いつものラップタイムより遅いことに美奈子は焦っていた。とにかく1秒でも早くたどり着けるように全力疾走を続けた。
 作者が書くのを忘れていたのか、不良とぶつかるハプニングはなかったが、全力疾走の甲斐なく、あと、そこの曲がり角を曲がって30メートルで校門という所で無情にも彼女の時計は校門を閉める時間、8時30分を刻んでしまった。
(ああ、もう!初日から遅刻なんて目立ちすぎちゃうよ!ばれたらどうするんだよ!母さんの馬鹿!)
 美奈子は自分の不幸と不運を嘆き悲しんだが、全力疾走は止めずに曲がり角を曲がり、校門を視界に収めた。
「あれ?!」
 美奈子は予想していた風景と違っていることに驚いて、思わず歩度を落とした。目の前に見える校門は開いており、何事も無く、まばらではあるが普通に登校してくる生徒と正門当番の先生との間で暢気に朝の挨拶などが交わされていた。美奈子は時計を見たが、8時31分、2分になったところである
 美奈子があっけに取られて校門まで10メートルぐらいのところでボーっとしていると正門当番をしている一人、女性の先生が美奈子に気がついて彼女の方へ歩み寄ってきた。
 現代国語の柏原先生である。授業の厳しさでは学校一、二を争う先生で、そして、皆瀬和久の担任でもあった。美奈子は彼女が自分の方へ近づいてくることがわかり、自然と緊張した。
「えーと、あなたは、もしかして今日転入してくると聞いている……」
「え?あ、はい、そうです。皆…白瀬美奈子です」
 不自然でないように装おうとすればするほど余計に妙な力が入って不自然に美奈子は答えてしまった。美奈子はしまったと思ったが、柏原先生はちょっと怪訝な顔をしただけで、気に止めずに会話を続けてくれた。
「そう、白瀬さんね。白瀬さんは学校が好きなのですね。もう少し遅くてもよかったのに」
「え、でも……」
 美奈子は自分の腕時計を指差そうとして、8時ちょうどを指している校舎の大時計が目に入って絶句した。
「あらあら、随分とあわてんぼうさんみたいね。お家の時計を見なかったんでしょう?」
 柏原先生は美奈子の腕時計が三十分以上早くなっていることに気が付いてくすくすと笑った。三十路後半だけど、笑うと表情が可愛い。和久も授業の厳しいのは嫌だが、この先生のこういう表情は好きだし、話もわかるので、好きな先生の一人であった。他の生徒も和久とほぼ同意見らしく、授業の厳しさの割には生徒に嫌われてはいない稀有な先生だった。
「まあ、早い分には何も問題は無いわ。校長室へ行って校長先生に挨拶してらっしゃい。ああ、校長室は正面玄関入って右の突き当たりの校庭側、右側の部屋だから。下駄箱は、今日は来客用を使いなさい」
「は、はい。ありがとうございます、柏原先生」
 美奈子はぺこりと頭を下げてお礼を言うと正門を抜けて正面玄関へと向かった。
「柏原先生。今の女子生徒は?」
 もう一人の正門当番の先生が不審な顔で美奈子を見送りながら戻ってきた柏原先生に訊いた。
「今日編入する事になっていた転入……いえ、うーん……」
 柏原先生はいいかけていたそれを止めて、しばらく考え込み、ぽんと手を叩いて笑顔を浮かべて、
「転校生。転校生の白瀬さんよ」
「はあ、そうですか(国語の先生はやっぱり、言葉に拘りがあるのかな?)」
 尋ねた先生は曖昧な返事を返し、次々と登校してくる生徒たちと挨拶を交わす方に注意を戻した。

 白瀬美奈子は校長室で校長と世間話をしていると後ろの扉がノックされるのを聞いた。
 校長が入室を促すと扉を開けて入ってきたのは柏原先生であった。
「紹介するよ。彼女が君の編入するクラスの担任の先生、柏原佳子先生だ。柏原先生、この子が……」
「ええ、今朝正門で会いました。白瀬美奈子さんですね。これから宜しくね、白瀬さん」
 にこりと微笑んで柏原先生がぺこりと頭を下げた。
「いえ、あの、こちらこそ宜しくお願いします」
 先に頭を下げられ、慌てて美奈子も頭を下げた。
「それじゃあ、後は頼みましたよ」
 校長のその言葉を合図に校長室を退出し、美奈子は柏原先生に連れ添われて、2年2組のプレートが上がった教室の前にまで案内された。
 美奈子は改めて教室の前に立つと妙に緊張している自分に気がついた。
(なんだか転校生の気分だ)
 彼女以外にとっては、そのものずばりのその通りである。
(上手くやれるかな?)
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。みんな、そんなに悪い子じゃないから、すぐに仲良くなれるわよ」
 よほど緊張しているように見えたのだろう、柏原先生は美奈子の背中をぽんと叩いてにっこり微笑んだ。
 その笑顔に少し気持ちが落ち着いて美奈子も微笑み返すと柏原先生は教室の扉を開けた。

 パン!パパン!パン!
 扉を開けた途端に十数個のクラッカーが美奈子たちを出迎えた。何が起きたか理解できずに呆然としている美奈子などお構いなしに、
「ようこそ!一ノ宮中学2年2組へ!」
 クラス全員による歓迎の言葉の大合唱が浴びせられ、更に何事か把握できなくなって硬直している美奈子をいつのまにか後ろに回りこんでいた女子生徒が教壇の横まで推し進めた。
「それじゃあ、先ずは、クラスを代表して学級委員長の平田博士君より歓迎の挨拶でーす。張り切ってどうぞ!」
 いつも間にか教壇横に立っていた小柄な少女、上田恵子がマイクの代わりにしゃもじを持ってコロコロした声で一人の男子生徒をアナウンスした。
 アナウンスされた男子生徒は勿体つけるようにゆっくりと立ち上がり、一度俯きグッと気合を入れてから頭を振り上げ絶叫した。
「ウェルカムトゥーーマーーーーーイクラス!イン、イチチュウ」
「いつからお前のクラスになったんだ?」
「うるさいぞ、越前君。私が学級委員長になってからに決まっているだろが。そして、今年の会長戦でマーーイスクール!にする予定だ。明日の学園を支配するのはRではなく、この……」
 そこまで言って平田は顔面にハリセンを食らって沈黙した。
「お馬鹿さんに任せたのが間違いでしたわ。……それじゃあ、改めまして、ようこそ、白瀬さん。わたくし達、2年2組は心よりあなたを歓迎しますわ」
 ハリセンをテニスのラケットのように持ちながら、見た目品のよさそうな女生徒、副委員長の相原庸子が深々と優雅にお辞儀をした。それを見て美奈子も慌ててお辞儀を返した。
「ハイハイ、もう気は済んだ?でも、転校生のことなんて昨日は一言も言ってなかったのに、よくわかったわね」
 呆れるやら感心するやらで柏原先生は教壇に立ってクラスを見渡した。いつの間にか、きっちりとクラッカーのごみは片付けられているし、動かしてあった席も元に戻っていた。今のクラス編成になってから一月半ほどしか経っていないのに見事なまでのチームワークである。
「私たちの情報網を甘く見ないでくださいよ」
 美奈子を後ろから押して教壇横まで連れて行った女子生徒、井上美穂が得意げに発言した。ショートヘアーの快活そうな印象を受ける少女で、いつも好奇心旺盛そうな瞳を輝かせていた。
「ハイハイ、先生が悪うございました。それじゃあ、白瀬さん、何だか、今更みたいだけど自己紹介してくれるかしら?」
 美奈子は黒板にチョークで自分の名前を大きな字で書いて、クラスメイトの方に向き直り、
「えーと、白瀬美奈子です。鷹羽山中学刀根沢分校から転校してきました。皆さん、仲良くしてください。よろしくお願いします」
 最後にぺこりと頭を下げて何とかそつなく挨拶を終えると、歓迎の意味の拍手がクラスメイトから返ってきて、美奈子はほっと一息ついた。

ミーナ第2話 もぐたんさん

イラスト:もぐたん さん

「白瀬さんは皆瀬君のまた従姉妹で今は皆瀬君の家に下宿しているのね」
「はい。皆さんのことも和久君から手紙で色々と聞いていましたので、なんだか初めてじゃない感じがします」
 美奈子はにっこりと可愛く笑顔で答えた。
 昨日、まる一日、琉璃香の急造女の子講習の特訓を受けていた成果が実り、練習以上に上手く笑顔で答えられたことに美奈子は胸を撫で下ろした。
「くーーー!かわいい!皆瀬のやろう!こんな可愛いまた従姉妹がいたならいたで教えてくれたっていいのに」
「あんたに教えたら何されるかわかったものじゃないからじゃない?」
「うっせえ!男女!」
「なに!」
「ハイハイ、安田君に尾崎さん、喧嘩はそこまで。今日はあなた達のイベントのおかげでホームルームの時間が減ってるんだから。それじゃあ、白瀬さんは皆瀬君の席に座って」
 美奈子が丁度、席についた時にホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた。
「ああ、もう。ホームルーム、終わっちゃったじゃない。じゃあ、今日決められなかったことは明日決めるから、学級委員はちゃんと用意しておいてね。それじゃあ、これで終わります。あ、そうそう、一時限目の社会は伊藤先生がまだ退院できないから自習よ。副委員長の相原さんはプリントをもらいに行くように」
 柏原先生は礼を済ませると慌しく出て行った。それと同時に美奈子の周りに人だかりができた。
「ねぇねぇ、白瀬さん、前の学校はどんなところだったの?」「彼氏とかいるの?」「向こうで何が流行ってた?」「格好いい子とかいた?」「何座?」「血液型は?」「タレントは誰が好き?」「ドラマとかよく見るの?」「スポーツとか何かしてるの?」「映画好き?」「そのセーラー服可愛いね」「お父さん何やってる人?」「綺麗な髪ね。シャンプーとかはなに使ってるの?」「スリーサイズは?」「今、何問め?」「化粧品はどこの使ってるの?」「今度デートしようよ。町を案内してあげるよ」「携帯の電話番号教えて」「メールアドレスも」ets.ets.……………
 美奈子は昨日制作した質疑応答マニュアルを思い出しながら、それらの質問にてんてこマイマイで対応していった。
(ひぇー!みんな、そんなに興味持たないでくれ!)
 しかし、お祭り好きの2年2組の面々にはそれは無理な注文なことは美奈子自身百も承知であった。

「白瀬さん」
「はひ?!」
 やっと質問攻めから開放されてほっとしている所へ再び声をかけられて美奈子は再び緊張した。
「そんなに緊張しないで。なんだか、わたくしがいじめているみたいですわ」
 中二とは思えない物腰の落ち着いた少女、相原庸子が口に手を当ててくすくすと笑っていた。良家のお嬢さんだけあって、こう言う仕草が嫌味にならないのはさすがと、美奈子は妙な感心をしていた。
「あ、ごめんなさい。相原さん」
「チッチッチッ”相原さん”なんて堅苦しい呼び方なんてダメですわ、白瀬さん」
 日本で二番目と言い出す人と同じように人差し指を左右に振って彼女は美奈子に注意した。
「わたくしのことは……」神妙な面持ちで彼女は間を置いて「ヨーコちゃん!と呼んで下さい」
 相原庸子はそれまでの落ち着いた雰囲気を一気に崩して軽いノリで答えた。そのあまりの豹変ぶりに美奈子はずっこけて机にしがみついていた。
(……相原さんてこんなキャラだったっけ?)
「……ダメかしら?白瀬さん」
 黙っている美奈子に不安になったのか寂しそうに人差し指を唇に当てて庸子は言った。
「あは、あははは……うん。それじゃあ、ヨーコちゃん、わたしも美奈子でいいよ」
 美奈子はにっこりと微笑んで庸子の不安を取り去ってあげた。
「それでは美奈子ちゃんでいいかしら?」
 美奈子の答えに庸子は破顔し、お互い相互を崩していた所へ誰かが騒がしく近づいてきた。
「なになに?ヨーコちゃん、もう、美奈ちゃんと友達になっちゃったの?いいなあ、あたし達も仲間に入れてよぉ」
「恵ちゃん、ちゃんと自己紹介しないと、美奈子ちゃんが困るわよ」
「あ、ごめんごめん。あたし、上田恵子。てんびん座のAB型。みんなからは恵ちゃんって呼ばれてるの。だから、美奈ちゃんって呼ぶね。なんだか、皆さんみたいで変かな?いいよね?ダメ?」
 中二とは思えない落ち着きのない少女、上田恵子は机の前にへばりついて上目遣いに美奈子の事を見ていた。こう言う態度が嫌味にならないのは一種の才能だなと美奈子は変に感心していた。
「いや……うん、いいよ。これからよろしくね、恵ちゃん」
「へへへ、よろしく、美奈ちゃん」
「私は井上美穂。将来の夢は映画監督になること。それでブルーリボン賞を獲るの。美穂でいいよ。よろしくね」
「わたしの事も美奈子でいいよ。よろしくね、美穂ちゃん」
「うー、ちゃんは要らないけどなあ。じゃあ、私も美奈子ちゃんて呼ぶね」
「うん、いいよ」
「僕は……」
「里美、里美!また僕って言ってるよ」
「あ、ごめん、つい癖で。ええっと、あたしは尾崎里美。さんもチャンもつけずに里美って呼捨てで呼んでくれよな。僕も呼捨てにするから」
「よろしくね、里美……」
 ちゃんをつけようとしたが、里美が無言の圧力をかけているので美奈子はその言葉を飲み込んだ。
「おう、よろしくな、美奈子」
 里美はやんちゃな笑顔で笑って答えた。美奈子には里美の言動はボーイッシュを通り越している気がするが、それはそれでなかなか魅力的ではあった。
(こんなことなら僕も無理して女の子らしいくすることなかったよな)
 美奈子は元々女の子の里美よりも女の子っぽくしている自分におかしさを感じずに入られなかった。

「でも、残念ですわ。あと二日早く転校していらしたらよかったですのに。とても楽しいことがありましたのよ」
 自己紹介の後に他愛ない会話を交わしていた途中で庸子はふと思い出したように悔しがった。
「え?えーと、二日前に何かお祭りでもあったの?」
 美奈子は内心びくびくしながらとぼけて庸子に訊いた。
「まあ、お祭りと言えなくもないかな?」
「実は、信じられないことかもしれないけど、魔法少女が現れて、学校の生徒を次々バニーガールに変身させたのよ、女子も男子も教師も」
「へ、へぇー!そ、そんなことがあったんだ」
「公的には集団幻覚ってことになってるらしいけど、あれは絶対幻覚なんかじゃないってな!」
「そ、それは大変だったんだね」
「へへへ、でも、結構面白かったよ」
「うーん、一瞬でも胸が大きくなったのは嬉しかったんだけどねえ。あの衣装はちょっと……」
「美穂ちゃんは着られただけいいですわ。わたくしなんてその日は用事で早く帰ってしまって、着られなかったのですから。残念で仕方ありませんわ」
「着たかったのか?あのはずかしい衣装!」
「当然ですわ。大人になったら一度は絶対着て見せますわ」
(お願いだから一度でやめてね、ヨーコちゃん)
 全員が心の中で一斉に突っ込んだ。
「でも、本当に皆さん、こんなに可愛く綺麗になれて、うらやましいですわ」
 庸子は手帳の中から写真を数枚取り出してため息混じりにそれを眺めた。そこには恵子と美穂と里美のバニーガール姿が写されていた。
「な!なんだ、そりゃ!」
「昨日の帰る途中、校門すぐ横で怪しい男を捕らえましたら、この写真を男子に売りつけていましたわ。思わず、わたくしも所望したんです。でも、三人とも可愛いですわ」
「そ、そんなものが出回ってるなんて……もう恥ずかしくって外歩けないよ!」
 なかなか魅力的に写っている写真で、よく見ないと誰かわからないものだが、里美はそれでも死ぬほど恥ずかしいのか泣き出しそうな表情をしていた。
「大丈夫ですわ。ちゃんとその方とお話して、写真とネガはもう処分しましたし、売れた分の写真もまだ出回ったばかりですから全部回収して、あと残っているのはこれだけですもの」
 庸子はにっこり笑って、あっさりと言ってのけた。その費用がいくら掛かったかは謎だが、さすがは相原グループ総帥の孫娘である。経済力は並ではない。しかし、それを充分有効に生かせるだけの機転と行動力が庸子に備わっているからこそではあったが。
「あ、ありがとう、ヨーコちゃん」
「ですから、この写真は私がもらっておいてもよいですか?」
「……人に見せたりしない?」
「約束しますわ」
「それじゃあ、いいよ。ヨーコちゃんが持っていても」
 美穂と恵子も里美の意見に同意した。
「ありがとうございますわ。でも残念ですわ。これに美奈子ちゃんの写真が加われば完璧でしたのに……。もう一度、起きてくれないかしら、あの騒ぎ」
「……ヨーコちゃん」
(今まで同じクラスだったけど、こんな性格だったとは知らなかったよ)
 美奈子はクラスメイトの新たな一面を発見して、女の子になって初めてちょっと得をした気分になっていた。

『ピンポンパンポーン。二年二組の相原さん。二年二組の相原さん。柏原先生がお呼びです。至急、職員室まで来てください。二年二組の相原さん。至急、職員室まで来てください』
 新館と旧館を繋ぐ渡り廊下を渡ろうとしたところで校内放送が美奈子の隣の女子生徒を呼び止めた。
「あらあら、何の用かしら?折角、美奈子ちゃんに学校の中を案内してさし上げている最中なのに」
「うん。もういいよ、ヨーコちゃん。大体、案内してもらったし、あとは一人でぶらぶらしてるから」
「そうですか?ちょっと残念ですけど……それじゃあ、ちょっと行ってきます。あ、昼一番は柏原先生の国語なので絶対遅れないでくださいね」
 庸子は失礼しますと頭を下げて足早に新校舎の中へと消えていった。一人残された美奈子は人気のない渡り廊下でほっと一息ついた。
(ちょっと一人になって、気を抜かないとへばっちゃうよ)
「……瀬さん」
 美奈子がどこか一人になれる場所を頭の中で検索していると、どこからともなく名前を呼ぶ声がした。
「?」
 美奈子が視線を上げると目の前には体格のいい男子生徒が目の前に立っていた。
「錦織、クン?」
 美奈子は見覚えのあるその男子生徒の名を呼んだ。
「もう、名前を覚えてくれたのか?」
 陸上部の砲丸投げの選手で県大会でもそこそこの成績を収める、彼女と同じのクラスメイトの彼は嬉しそうに笑った。
「あ、うん。和久君からの手紙にも書いてあったし……」
 うっかり知るはずのないことを知っていてもこの手で乗り切ることにしていたので、美奈子は日頃から積極的に使って、皆にそのことを印象付けることにしていた。
「そうなのか……でも、君とは趣味が合いそうだ」
 錦織は口の端だけ引き上げるように笑って目を細めた。
「はあ、そう?」
 錦織にスポーツマンには不似合いな粘液質な空気を感じて美奈子は背筋に嫌なものを感じ、早く話題を切り上げてこの場を離れようと思った。
(そう言えば、午前中もこんな空気を感じたけど、錦織だったのか)
 美奈子は警戒心をレッドゾーンまで引き上げ、強引にでもさっさと立ち去ろうと決意した。
「ちょっと、話したいことがあるんだが、ちょっとそこまで付き合ってくれないか?」
 校舎裏のほうを肩越しに指差して錦織は言うと、美奈子の耳の側まで顔を近づけて、
「君の秘密を知っている。ばらされたくなかったら一緒に来るんだ。君にも悪い話じゃないからね、くくくくく」
 美奈子は血が滝のように引いていくのを感じて顔面蒼白になった。
(ひ、秘密!バス事故でお母さんと入れ替わってはいないけど、ラスカル・ミーナってばれてーら?いや、何言ってるんだ?皆瀬和久だってばれてる可能性もありんす。おいらんか、僕は?ひみつひみつひみつひみつ、ひみつのミーナちゃん♪…………ああ!なに考えてんだ、僕は!しっかりしろ!まだ完全にそうとは決まってないじゃないか!)
 美奈子は自己崩壊一歩手前で現実社会に復帰して可能性と言う未来の掛け橋に賭けた。
(でも、今までその綱が切れなかった験しがないけど……)
 そのことを思い出していっそのこと自己崩壊した方が幸せではないかと美奈子はふと思いもしたが、頭を振ってそれを否定した。
(なげたらあかん!逃げちゃダメだ!×10回)
「どうしたんだ?来ないのか?」
 錦織は一向に動こうとしない美奈子にじれて声をかけた。
「う、ううん、行くよ」
 美奈子はそう答えて錦織の後を追った。

 それから1分も経たずに相原庸子はさっきまで美奈子といた渡り廊下に戻ってきた。
「間違い放送なんて驚きましたわ。美奈子ちゃんはまだその辺にいるのかしら?」
 庸子は美奈子の姿を探して周囲を見渡したが、すでに美奈子は錦織と校舎の裏へと向かった後であった。

 旧校舎の裏。一昨日、橋本をバニーガールにした、学校一、人の来ないところであった。
(またここなんだね)
 あまりいい思い出のないこの場所に美奈子はげんなりした。
「話って、何かな?錦織君」
 美奈子は慎重に話を進めたかったが、持って回った言い方をして相手に持っていないカードまで渡す危険を避けるために単刀直入に切り込んだ。
「簡単な話だよ。君の着ているセーラー服は鷹羽山中学刀根沢分校のものじゃないだろう?」
「え?なんのことかしら?わからないよ?これ、前の学校の制服だよ」
(制服を知ってる奴がいたのか?そこから調べてばれた?)
 美奈子は内心滝のような汗を流していたが、全然そんなそぶりも見せずにとぼけて見せた。
「とぼけても無駄だ。そのセーラー服はその学校、いや、日本全国津々浦々探しても採用している学校は、今はない!」
「そんな……そんな事どうして言い切れるのよ。証拠でもあるの?」
「それは今から十七年以上前の水鶴女学院中等部のセーラー服だ。しかも、袖の生徒会役員だけが許された鶴の刺繍。ほとんど市中に出回っていない幻の逸品。見間違えることはない!」
(し、しまった!マ、マニアだ、こいつ!どうしよう……く、あの手を使うか!)
 二進も三進もどうにもこうにもならないと美奈子は腹を決めた。
「……嘘ついて、ごめんなさい。これ、実はお母さんのなの。引越しする時に前の制服がどこかに紛れ込んで、誰もあんな田舎の中学の制服なんて知らないと思って……それに可愛い制服だったから一度着てみたかったの。……本当にごめんなさい」
 美奈子はなるべく可愛らしく、女らしく、ちょっと媚びるような上目使いで謝った。美奈子自身、そんな事をしている自分に悪寒がするほど気持ち悪いが、この場を切り抜けるためには仕方ないと割り切って可愛い娘を演じ続けた。
「あの……みんなには黙っていてくれます?」
 無反応の錦織に不安を感じながらも美奈子は演技を続けた。
「……」
(もしかして逆効果だったかもしれない)
 背中に嫌な汗が伝って落ちるのを感じた。
「……」
(もう限界だ。きっと、ここで乱暴されて18禁規定に引っかかるんだ。掲載も中断されて作者だけが肩の荷がおりたとホッとするんだ)
 美奈子が観念したちょうどその時に錦織は小声で何か呟いた。
「……じんだ」
「?」
「理不尽だ!」
「は?」
「何故だ!こんなにも似合っているのに!もうすぐ、この子もブレザーを着なければならなくなるなんて!」
「えーと……」
「何故だ!全世界の女子学生の制服がセーラー服になってしまわない!この世に神はいないのか!」
「ちょっといいですか?」
「何故だ!俺が入学する年にセーラー服がブレザーに変わるんだ!そして、今こうして理想のセーラー服少女にめぐり合ったというのに、この子もあの神秘性の欠片も無いブレザーの魔の手に冒されてしまうというのか!なぜだ!」
「あのー……」
「うおおおお、なぜだ!なぜだ!なぜだ!」
 彼は美奈子の存在など忘れてしまったかのように目を血走らせ、髪を引っ張って頭をかきむしり、上体を激しく揺らして苦悶していた。
「それはセーラー服が旧世代の遺物って事だよ、錦織信二君」
 校舎の影から見計らったように現れた小太りの男子生徒が錦織の問いに答えた。
「なに!」
 錯乱しているとしか見えなかった錦織だが、しっかり周りは見ていたのか、小太りの男の出現に素早く反応し、その闖入者の名を叫んだ。
「き、貴様は浜崎康彦!」
「ふふふふ、覚えていてくれたかね。光栄だよ」
「忘れるものか!貴様が、貴様さえいなければ、この学校をブレザーの魔の手から救えたというのに!」
 錦織は親の敵でもこれほど憎悪を込めないだろうと思うぐらいものすごい形相をして浜崎を睨みつけていた。
「ふふん、自分の力不足を人のせいにするとは落ちたものだな。あの時、君と僕とは正々堂々勝負して、そして、僕が勝って、君は負けたのだ。それは君も認めていることだ。違うかね」
「くっ!確かにそのとおりだ。だが、浜崎康彦!もう一度俺と勝負しろ!」
「いいだろう。もう一度勝負してやる。君が勝てばそこの女子生徒がそのセーラー服で登校することを認めさせよう。だが、もし、君が負ければ……」
「わかっている。セーラー服革命軍を解散し、今後、一切の活動を停止する」
「よろしい。では、勝負だ!」
「あ、あの!」
 美奈子の存在は完全に無視され、二人はバトルモードに入ってしまっていた。この隙に逃げ出してもいいが、もし、二人に追いかけられたら、すぐに捕まってしまう。そうなれば、本当にどうなるかわからないと美奈子は逃げるに逃げられなかった。
(やっぱり、魔法を使うしかないのか?)
 一度変身してしまうと悪いことをしない限りこの仮の姿にも戻れないので、できればファンシーリリーとか言う魔法少女がもう少しレベルアップしてからにしたいと美奈子は思っていた。三日会わずば剋目して見よ、と言うが、まだ二日しか経っていない。無意味に戦いを重ねて向こうのやる気を削いでは元も子もない。
 美奈子が魔法を使うか使わないか迷っているうちに二人の間のバトル温度は最高潮に達したらしく、間合いを取ってにらみ合っていた二人が同時に動いた。
「はっ!」
「やっ!」
 錦織と浜崎はお互い同時に鋭く気合を発すると、勢いよく学生服を脱いだ。
「!!!」
 学生服を脱ぐと錦織はセーラー服を下に着込んでいた。浜崎はどういう仕組みになっているかは謎だが、学生服を引っくり返すとブレザーになっていた。
 錦織の、筋肉質の体に食い込むピチピチのセーラー服。丈が足りないので割れた腹筋が顔をのぞかせている。
「どうだ!今流行りのへそだしルックだ!」
「むむ、やるな。しかし、こちらも負けていないぞ」
 確かに、ただ単なる小太りなのでブレザーを着ていても、変ではあったが、パッと見のインパクトは錦織のセーラー服には勝てない。しかし、よく見ると白いブラウスの胸のあたりに黒い陰が写っていた。黒のブラジャーをしていて、それが写っているのであった。
「どうだ!見せる下着だ!」
 美奈子は脳髄の芯を絞られるような目眩を覚えて何でもいいから早くこの場を立ち去ることを決意した。しかし、その決意は少し遅かった。
「「そこの女子!」」
 いきなり二人同時に呼びかけられた美奈子は、今、逃げようとしていた、まさにその時だったので心臓が飛び出さんばかりに驚いて身を強張らせた。
「わ、わたし?」
 ぎこちなくゆっくりと振り返って美奈子はおそるおそる自分の方を指差した。
「そうだ。他に誰がいる。さあ、選んでくれ、どっちが美しいか!」
「ブレザーか!セーラー服か!」
 不気味な女装した男達が美奈子の方にポーズをつけて自己アピールしながら近付いて来た。下手なホラーなど太刀打ちできない恐怖感が美奈子を襲い、気を失わないようにする努力をかなり要した。
「さあ!」
 浜崎が一歩前へ寄ってきた。美奈子は一歩しりぞいた。
「さあ!」
 錦織が加えて一歩近寄ってきた。美奈子は一歩後退した。
「どっちか」
 浜崎がそして一歩にじり寄ってきた。美奈子は一歩引き下がった。
「選んでくれ!」
 錦織が更に一歩迫り寄ってきた。美奈子が一歩下がろうとしたが背中に校舎の壁が当った。
 ぷち
 美奈子の頭の中で何かが音を立てて切断された。
 美奈子は右手に意識を集め、魔力を集中させた。その魔力によって存在確率を引き上げられた扇子バトンが出現した。美奈子は出現したバトンを掴むと、それを合図に、髪の毛は毛先から金髪に変化し、ポニーテールにまとまり、セーラー服が飴のように溶けて黒のミニスカートレザースーツ、悪い魔法少女のコスチュームに変わり、暗黒魔法少女ラスカル・ミーナに変身した。
「おお?!」
 目の前で変化を見せ付けられた二人はさすがに驚いて数歩後ろに下がった。
 ミーナは目に怒りの炎を燃やし、扇子をハリセン状に広げ、魔力を注ぎこんだ。ハリセンが青白く輝きだし、周囲の大気を陽炎のように揺らしていた。 
「男が……お前らが着て似合うか!」
 ミーナは渾身の力でハリセンを横薙ぎに一閃させ、二人をしばき倒した。
 しばき倒された二人はまばゆい光に包まれ、その光の中で、錦織の筋肉質の体は無気味な音を立てながら圧縮され、セーラー服の似合う小柄な童顔でやや発育不良なスレンダーな少女に、浜崎は逆にちょっとセクシーな大人っぽい顔立ちの豊満なボディーの、ブレザーに身を包んだ少女に変身していった。
 変身が終了し、二人を包んでいた光が拡散すると、錦織と浜崎、お互いの姿が目に入って、しばし呆然としていた。
「き、きみはもしかして、錦織……さん?」
 ブレザーの少女が隣のセーラー服の少女に声をかけた。ちょっと鼻にかかったような声は美声ではないが、なんともいえない甘さがあった。
「そういう、きさま……あなたは浜崎さん?あなた、女の子になっちゃってるよ」
 セーラー服の少女が応えた。少し舌足らずの発音の曖昧な声が妙に可愛らしかった。
「え?あれ?錦織さん、そう言うあなたも女の子になってるわよ」
「……(むー、なんなの、きれえじゃない)」
「……(なに、ちょっと、かわいいじゃない)」
 しばらく顔を見合わせていたが、キッとミーナの方を睨むように視線を向けた。
「「鏡!」」
 二人同時に見事にハモってミーナに命令した。
「へ?」
「はやく!」
「ぐつぐつしない!」
「あ、ハイ!」
 二人の迫力に押されてミーナはバトンを振って、校舎の壁の一部を鏡に変えた。
(何でわたしが……)
 素直に命令に従っておいて愚痴を言うのもどうかと思うが、ミーナはなんだか釈然としない気持ちになっていた。しかし、そんな彼女のことなど全くお構いなしに錦織と浜崎は自分の姿に魅入っていた。
「……(かわいい)」
「……(きれい)」
 ふっと、勝利の笑みを浮かべて錦織は鏡から目を離した。
「あははは、やっぱり、セーラー服の方がかわいいわ」
 浜崎もそんな台詞を黙って聞くほど大人しくはなかった。
「ふふふふ、何を言ってるの。ブレザーの方が綺麗よ」
「冗談!こっちの方がずーとずーといいに決まってるじゃない。ばっかじゃないの!」
「バカねぇ。こっちの方がめちゃめちゃいいに決まってるじゃないの。冗談きついわよ!」
「なによ!」
「なにさ!」
 二人はお互いににらみ合いを続けていたが、やがて、セーラー錦織がくるりと踵を返して、背中を向けて、
「いいもん!わかってくれなくたって!他のみんなにわかってもらうもん!」
 再び回れ右して今度は舌を突き出してアカンベーをした。
「そんなのみんなのいい迷惑よ!みんなにはブレザーのよさをもっとわかってもらうんだから!」
 ブレザー浜崎も負けずに口を左右に引いてイーッと返した。
「それなら勝負よ!どっちがより多く制服を変えられるか!」
「望むところよ!」
「あのー、ちょっと……」
 勝手に話が進行していくことに悪い予感を覚えてミーナが話に割って入ろうとしたが、もうすでに二人の世界を築き上げて乱入する隙もなかった。
「負けないわよ!」
「負けるもんですか!」
「おーい!ちょっとぉ!」
 ミーナの叫びも聞こえずに二人は校舎の方に駆け出していた。
(ま、まずい!このままじゃ、この間の二の舞だ。とっとと二人を止めないと)
 ミーナは二人の後を追ったが、時既に遅かった。
 校舎の中は既に阿鼻叫喚の花園であった。
 今度の二人の能力には伝染はないようだが、その分、高い変身化能力があるらしく、セーラー錦織がセーラー服のリボンを手裏剣のように飛ばすと、それがホーミングミサイルのように生徒の首に巻きついて、巻きつかれた者はセーラー服を着た少女に変身させられていた。ブレザー浜崎の方は胸のワッペンを飛ばして、それが張り付いた者の制服がブレザーになり、ブレザー少女の出来上がりである。ちなみに、浜崎のブレザーは一ノ宮中学女子指定制服のブレザーとはデザインが異なっている。
「これがボクぅ?」「見て見てくるっと回るとスカートがふわっと広がる!」「スカートって、スースーする!」「うわ、柔らかいんだ。背中に手が回る」「カラオケでセーラー服を脱がさないでを歌いに行かなくっちゃ」……
 校舎の中はたちまちパニックになり、逃げ場を求めて校庭へと移動する生徒たちの群を、狩りをする獣のように二人はその毒牙にかけていった。
「あああ、もう!なんでこうなるんだよ!」
 騒ぎは既に全校に及び、逃げ場所の無い校舎よりも校庭へとほとんどの生徒が避難したために狩人の二人も校庭へと戦いの場を移して激しい変身競争を繰り広げていた。
「二人ともいいかげんにしろ!」
 ミーナは二人を止めるために叫んではみたが、そんなことで止まるはずもなく、二人にかけた魔法を解く以外に手はないことはわかってはいたが、激しく動き回る彼女らだけを正確にピンポイントで捕捉するのは至難の業であった。
(一昨日のあの子みたいに周りを多少犠牲にしても足を止めるしかないか)
「んぐぐ!んぐ、ぬぐんぐぐんぐ!んぐうぐうぐ」
 ミーナが無差別攻撃に出るべきかどうか迷っていると背後から意味不明の怒鳴り声が聞こえた。
 ミーナがその声に振り返ると青と黄緑をベースにピンクのラインで縁取りされたひらひらの恥ずかしい格好をした少女が朝礼台の上でポーズを取っていた。衣装は替わっているが、一昨日の正義の魔法少女だった。
「リリー、口の中の物を飲み込んでから喋った方がいいよ」
 お供のぬいぐるみ犬が呆れながらもリリーに耳打ちした。
「……うぐ……うぐうぐ…………うっ!」
 喉に食べ物が詰まったらしく真っ赤な顔が次第に青く変わっていった。 「ほら、慌てないで。はい、お水」
「……ごく。ぷはぁーー。あー、死ぬかと思った」
 多分、それで死んだら、史上かつてない情けない負け方をした魔法少女として永遠に歴史に名を残していただろう。
「気をつけてよ。世界の平和は君にかかっているんだから」
「わかってるって。それじゃあ、あらためて……」
 そう言って再び気合を入れ直して、リリーは朝礼台の上でポーズをとって、
「昼休み、チャイムと同時にダッシュして、ようやくやっと手に入れた、売切れ御免の焼きそばパン!それを食べてる至福のときを、邪魔するなんて許せない!たとえ天が許しても、このわたしが許さない!魔法少女ファンシーリリー!ちょっぴり怒って推参です!」
(また、ややこしくなりそうだ)
 ミーナは見つからないようにして騒ぎをこっそりと収拾させようと思って、リリーから隠れようとした。
 しかし、リリーは目ざとくミーナを見つけ出し、
「ラスカル・ミーナ!また、あなたの仕業なのね!」
「あ、あの、これには事情があって、その、こんなことになるのは予想外で、すぐに騒ぎは収めるからここはひとつ、勘弁してくれない?」
 ミーナはとにかくややこしくなるのだけは避けたい一心でリリーを拝むように頼んだ。
「こんなことをしておいて見逃せって言うの?どんな事情があったか知らないけど、食べちゃった焼きそばパンは帰ってこないのよ!観念しなさい!」
「食べ物の恨みは怖いね」
 ぬいぐるみ犬はいつにもなく気合充分のリリーに満足そうだった。
(ああ、もう、仕方ない。ここは悪い魔法少女になりきって無差別攻撃で騒ぎを止めるしかない)
 ミーナはそう決心して、再び悪い魔法少女になりきることにした。
「せっかく、見逃してあげるというのに、わざわざ戦いを挑んでくるなんて、お・ば・か・さ・ん」
「なんですって!」
 ミーナの突然、態度が豹変するのは前回で免疫ができているのか、さほど驚きませずにリリーは応じた。
「おととい、こてんぱんにやられたのをもう忘れているなんて、鳥よりも忘れっぽいんじゃない?チキンヘッドリリーに改名したら?」
「あれはわたしの作戦勝ちよ!あなたのバニー帝国の野望は潰したもん!」
「あらあら、そんなふうに考えるなんて、なんてポジティブさん。大きな事を言うのもいいけど、あなた程度の実力じゃあ、チキンハートじゃなくっちゃ長生きできないわよ、リリーちゃん」
「きぃー!この間のわたしとは一味違うのよ!三日会わずば何とやら!天才のわたしは二日で充分!史上最高の魔法少女の実力を見せてあげるわ。あなたなんて道路の真ん中に落ちてる軍手みたいにボロボロにしてやるんだから!それでそのまま市中引き回して二度と悪いことできないように二ノ宮尊徳像に下に封じてあげるわ!それとも桜の木の下がいい?」
(なんか前と同じ展開だけど、さすがに今回は不意打ちは無理か)
 ミーナは決着つけるのに多少手間がかかりそうになりそうで、内心焦りがでてきていた。いつの間にか変身競争から直接対決に移行して、ますます暴れまわっているセーラー錦織とブレザー浜崎を横目に見ながら焦る気持ちを必死で抑えていた。
「……なんで!」
 何とか早く決着をつける方法を考えていたミーナに対してリリーが怒りを含んだ声を吐き捨てるように口にした。
「は?」
「何で今回は奇襲かけてこないのよ!」
「隙がないのに奇襲はかけられないよ」
「ちっ!私の完璧すぎる防御のオーラが邪魔していたとは皮肉なものね」
「へ?」
「せっかく、奇襲してきたらこのハンマーでぺしゃんこにしようと思ったのに」
 そう言ってリリーはどこにどうやって隠し持っていたのか、後ろから「5t」と書かれたでっかいハンマーを取り出し、地面に放り投げた。それが地面に落ちると同時に体が浮き上がるような地響きがし、ハンマーに書かれていた文字についてJAR○に電話する必要は少なくともないようだった。
「何も捨てなくてもいいのに」
 こちらの攻めてくるのを待っていれば有効に使えるのに勿体無いとミーナは思ったが、そんなことを言ってももう遅いし、第一、言っても聞かない。それならば、
「同じ手が何度も通じると思われていると思っているなんて、自分で自分をおばかさんだといってるみたいなものね、リリーちゅぁん」
 ミーナはリリーを挑発しつづけた。頭に血が昇って大技を使えばその分隙が出来るので、ミーナはその隙をついて短気決戦に持ち込むつもりであった。
「ぬぁんですってー!」
 リリーはミーナの思惑通りにその挑発に乗って、頭の先から湯気でも出そうなぐらい怒り心頭に達していた。
「これでも喰らいなさい!」
 リリーが発した謎の光線をミーナは上体をかがめて避けると魔法を放った後の無防備な懐に楽々と入り込んだ。
「ちょっとは成長しなさいよ!」
 ミーナは前回とは比べ物にならないぐらいバトンに魔力を注ぎ込み、斜め下から逆袈裟に切り上げた。
 手応え充分。ミーナはそう感じたが、実際、リリーはダメージを受けた素振りも見せず薄ら笑いを浮かべて平然と立っていた。
「な、なんで?!」
「これで終わりよ!」
 ミーナは一瞬パニックになってリリーの反撃に対応するのが遅れた。
(や、やった!やられる!)
 しかし、実際はちょっと衝撃があった程度で全くと言っていいほどダメージはなかった。
「な、なんで?!」
 ミーナは再び同じ台詞を吐いて、とりあえず、間合いを外してリリーと対峙した。
「リリー、やっぱり、攻撃力が落ちてるから通用しないよ。だいたい極端すぎるんだよ、リリーは」
 どうやら今度は攻撃力を犠牲にして防御力を高めたらしい。魔力容量の大きなリリーがそうすれば、生半可な攻撃は通用しないが、逆に常人以下に落ちた攻撃力ではミーナにも致命的ダメージを与えることは出来ない。
「少しは考えて行動すれば?」
 本気で呆れてミーナはリリーに忠告した。
「僕もそう思う」
 ぬいぐるみ犬もミーナに同意して頷いていた。
「ウッちゃんまで敵に味方するの!」
「だって、そうだもん!僕の言うことを全く聞かないじゃないか。それに僕の名前はウッテンバーガーハイト。いいかげん覚えてよ!」
「ちゃ、ちゃんと覚えてるわよ。ウッテンハンバーガーポテト。言いにくいからウッちゃんでいいじゃない。正式愛称、ウッちゃん!それにたった今決定!抗議する場合は今から48時間前までに文書で所定の窓口に提出すること!」
「名前、間違ってるじゃないか!それに、勝手に縮めるなんて、ひどいよ!……由緒正しき名前なのに……」
「あー、もしもし?一応、戦闘中ってことになってるんですけど……内輪もめは後でやってくれない?」
 防御力が異常に高くなければこの隙に攻撃して終わらせている所だろうが、魔法制御力は高いが、魔力容量はそれほど高くないミーナには、無駄とわかっていながら無闇に攻撃などする余裕はなかった。
「もう!わかってるわよ!」
 湯水のように魔力を消費するだろう絶対防御魔法服に身を包みながらも一向に疲労の色を見せないリリーは睨みつけるようにミーナの方を見てきつい声で答えると、ウッテンバーガーハイト、たったさっきから正式愛称ウッちゃんの方に視線を戻して、
「それで、魔法少女のサポート役としてはどうするつもり?」
「もう、しかたないな。結局、僕を頼るんだから……」
「お仕事♪お仕事♪」
 ウッちゃんはぶつぶつ言いながらも何処に持っていたのかノートパソコンのようなものを取り出して何やらキーを叩き始め、数秒もしないうちに、
「準備完了。実行するよ?」
「オッケー!やっちゃいなさい!」
 ウッちゃんはリリーに何やら確認すると悪魔のような笑顔でそれに応えた。
「それじゃあ、シュート!」
 ミーナは何かわからないが、背筋に嫌なものが駆け抜けて、これまで修羅場を生き抜いてきた野性の勘に従ってその場から飛び退いた。
 数瞬遅れてミーナのさっきまで立っていた所に光の柱が立ったかと思うと、地面が赤く熔けて熱気が頬を打った。
「れ、レーザーこうせん?」
 ミーナは泡食った。角度からして高高度からの狙撃であるが、空を見上げても飛行機はおろか鳥も飛んでいない。
「ウッちゃん、外れたわよ」
「わかってるよ。コントロール奪いながら照準まで合わしてるんだから仕方ないよ。それに実験的に配備されたものだからね、レーザー軍事衛星ディプロマッドは」
「下手な鉄砲数うちゃ当る!バンバン打っちゃいなさい!」
「ある程度のエネルギーが貯まらないと当っても効果ないから、そう連発で打てるものじゃないって」
「ちっ!使えないわね」
「でも、当れば、魔法少女ラスカル・ミーナといえども骨までウェルダンだよ♪」
 明るく軽やかに朗らかな声で言う台詞ではない。
「ま、魔法少女の闘いでなんでレーザーなんて卑怯だよ!魔法を使えよ、魔法を!」
「世の中、勝てば官軍!卑怯云々なんてのは所詮、負け犬の遠吠えよ。正義の名のもとには全ては正当化されるのよ!」
「開き直るな!うわっ」
 レーザーが発せられるたびに野生の勘と女の勘をフル活用してミーナはレーザー攻撃を避けまくった。TRPGならGMがサイコロを調べたくなるぐらいに。
(とりあえず、あのノートを何とかしなきゃ)
 ミーナはウッちゃんが持っているノートパソコンを狙って攻撃を仕掛けたが、その度にリリーによってそれはことごとく阻止された。
(仲が悪そうだけど、役割分担はきっちりして、ハゲとエラみたいに、ちゃんとチームとして機能しているじゃないか)
 自分の身が危ない時に妙なことを感心していたミーナの視界の端に黒い影が映ったかと思うと何かかなり大きなものが彼女に体当たりしてきた。不意をつかれたこともあってミーナはその物体ともつれるように地面に倒れこんだ。
「な、なんなんだ!」
 ミーナは自分に覆い被さっている物体を見ると、それはブレザーは着ているが、変身の解けたブレザー信奉者の浜崎のなれの果てであった。
 レーザーを避けるのが必死で忘れていたが、どうやらブレザー対セーラーの戦いはセーラー服に軍配が上がったらしい。校庭を見渡しても全員セーラー服を着た少女となっていた。
「あははは、ブレザーなんて所詮はその程度よーだ。浜崎くん、今回はあたしの勝ちね」
「む……無念……」
 セーラー錦織はがっくりと首を項垂れた浜崎の台詞に更に高笑いを続けていた。
 ミーナはあっけに取られていたが、今はそんなことをしている場合ではないと気が付いて慌てて立ち上がろうとしたが、予想以上に重量のある浜崎を除けるのにてこずった。
 もたもたしているミーナが頭上から嫌な空気を感じてそちらへ視線を向けると、身の毛のよだつような微笑を浮かべているリリーが彼女を見下していた。
「ミーナ。あなたのことは忘れないわよ。骨は拾ってあげられないけど、安心して。死して屍拾うだけの物も無しにしてあげるから。ウッちゃん!」
「了解!3、2、1、シュート!」
 ぬいぐるみ犬がその不細工な太い指でノートの実行キーを押した。
 ミーナはできるだけレーザー攻撃に耐えるために全魔力を防御に回して、運を天に任せた。しかし、一向にミーナにレーザーは襲ってこない。
「……何にも起きないじゃない!」
 この隙にミーナは覆い被さっている浜崎を蹴り飛ばして立ち上がり、体勢を立て直した。
「おかしいな?……ん?あ!あいつらコントロールを取り戻すためにサブシステムを立ち上げたんだ。馬鹿だなー。僕がそんなことに気が付かないとでも思ってるのかい?見くびられたものだね。ほら、ウィルス起動。そんな罠にも気付かないなんて無能だね。これで誰もコントロールに手は出せないよ。ざまあみろ」
「誰もって、こっちも手が出せないって事?」
「そんなわけないよ。ちゃんとワクチンが用意してあるから、ちゃんと取り戻すよ。まあ、しばらくは自動照準で撃ってもらう事になるけど」
 確かにレーザー光線は相変わらず降り注いでいる。校庭にいる誰彼かまわず無差別に。
 設定が連射になっているせいで、一発一発の出力が弱く、直撃しても魔法が解けるだけで生徒に外傷はないが、ショックで気を失って倒れ、校庭には気絶した生徒がうなぎのぼりに増えていった。
「その自動照準って、目標は?」
「一ノ宮中学校」
「だけ?他には限定は?」
 リリーの顔が引きつっていた。最悪の事態を予測できたのだろう。
「……あは、忘れてた」
「あは。じゃないわよ!さっさと攻撃を止めさせなさい!わたし達にも当たっちゃうじゃない!」
「わ、わかったよ。……あれ?あれれ?」
「何なの?今度は!」
「電話料金が設定を超過したから回線を切断されちゃった……てへ」
「何でそんなことになるのよ!」
「やっぱり、国際電話って高いからかな?協会、貧乏だし……」
「そんな設定さっさと外しちゃいなさい!」
「できないよ。僕が組んだプログラムだもの。イッツパーフェクトさ。誰にも外せないよ」
「胸張って威張ってる場合?どうするのよ!」
「それよりも、突然強制切断されたからカモフラージュもしてないんだ。だから、形跡たどられたら……」
「……ハッカーは長いよ。務所には面会に行ってあげるわ。差し入れは何がいい?糸鋸?」
「いやだなあ、リリー。僕らは一蓮托生じゃないか。それにあれは非公式だから刑務所に行く前に消されちゃうよ、きっと」
「うふふふふふふふふ」
「あはははははははは」
「なんて事するのよ!逃げるわよ!」
「ラジャー!」
 一目散に二人は明日へ向かって走り出した。
 しかし、その目の前にセーラー錦織が立ちはだかった。
「なんて事してくれたのよ!あたしの野望を!」
「やかましい!」
 リリーは魔法服を若草色と青色をベースとした通常モードに戻すとバトンに思いっきり魔力を込めて立ちはだかったセーラー錦織を引っ叩いた。
 引っ叩かれたセーラー錦織は見事に吹っ飛ばされて校舎に当たって跳ね返り、リリーの目の前に再び帰ってきたところを更に地面に叩き落とされ、変身が解けて筋肉だるまに戻ったところを蹴り飛ばされ、地面に転がったところを衛星からのレーザーを食らわせてこんがりウェルダンに仕上げられた。
 大元のセーラー錦織がやられたことによりセーラー服姿にされていた生徒たちも元の学生服かブレザーに戻っていた。
「リリー、何だか知らないけど、ミーナの悪巧みは阻止できたみたいだよ」
「そ、そうみたいね。偶然倒した相手が今回のキーマンだったなんて、わたしって、もしかして天才?」
「……そうだね」
「ミーナ!あなたの悪巧みはきっちりと阻止させてもらったわよ!今回はわたしの勝ちね!今は忙しいからあなたにとどめを刺さないけど、また、悪事を働いた時は……」
 そこまで言った時、リリーの頭上に光が差し込んだ。100MJのエネルギーを持ったコヒーレントな収束された光が。
「きゃう!」
 さすがに絶対防御魔法服ではないが普通の魔法服を着ているおかげもあって気絶するまでには至っていなかった。とはいえ、ダメージは確実に受けており、防御機構によって熱エネルギーを衝撃と音に分散されたせいでリリーは目をまわしていた。
「ミューニャ!きょうにょときょりょはこれきゅりゃいにしゅておいちぇあぎぇりゅわ!ちゅぎにゅあったてょきぃぎゃ、あにゃたにょめいにゅちにょ!(ミーナ!今日のところはこれくらいにしておいてあげるわ!次に会った時があなたの命日よ)」
 ふらつきながらも、あさっての方向を指してでもミーナに忠告をするところは見上げた根性だと感心していた。
「リリー!早く!奴らだ!」
 ウッちゃんが叫ぶと同時に、校門に黒塗りの車が横付けされ、中から黒い背広を着た黒のサングラスに黒帽子を目深にかぶった男達が次々と現れた。
「何人乗りよ、その車!」
 幾分回復したリリーがわらわらと黒服を吐き出す車にツッコミを入れた。
「リリー!そんな事突っ込んでる場合じゃないよ!」
 その言葉を証明するかのようにリリーの後ろの校舎の壁にごっそりと円形の穴が空いた。
「ニードルガンだ。マジでヤバイ……って、リリー!待ってよ!」
 自分を置いてさっさと逃げ出したリリーをぬいぐるみ犬は必死で追いかけ、学校の塀の向こうへと消えた。黒服の男達も逃げる一人と一匹の後を追いかけて塀を乗り越えて消えた。
 それを呆然と見ていたミーナははたとあることに気がついた。
「あー!待て!衛星止めていけ!ばかやろう!」
 叫んだところで、既に逃げてしまった後であったため、ミーナは結局彼女らの後始末に衛星を破壊しなければならなかった。
 こうして、「一ノ宮中学セーラー服vsブレザー最終決戦」は昼休み終了のチャイムと同時に終結した。

「はあ。ただいま」
 美奈子は家の玄関のドアを開けると同時に疲れを吐き出すようにため息をついた。
「お帰りなさい。どうだった、学校は?」
「大変だったよ。セーラー服オタクに迫られて、変身したら、リリーにレーザー光線で黒焦げにさそうになるし、後始末で衛星を破壊したり、変身を見られた二人の記憶を消したり、昼からの授業に遅刻して課題をたくさん出されたり……」
「見てたわよ。ふがいない子ね。あの程度の衛星の一つや二つ、ウィンク一つで壊せなくてどうするの」
「母さんみたいな技、使える人いないって」
「100GW球体パルスレーザー砲、”目からビーム”なんて簡単な技なのに……」
 ちなみにミーナが衛星を壊すのに使ったのは、直径3メートルの球体状のレーザー媒質を使った1GWクラスのパルスレーザーである。美奈子はこんな人とまともに遣り合っていた真琴の実力を改めて感心した。
「そうだ!そんなことより、なんで負けたのに元に戻らないんだよ!」
「負けた?あれが?」
「だって、形勢不利だったのはこっちだし、判定だったら負けてるよ」
「正義の魔法少女にやっつけられたら魔法が解けるのよ。やっつけられてないからダメに決まってるじゃない。それに最後までリングに立っていたものが勝者よ。だから、あなたの勝ち」
 全く物分りの悪い子ねと言わんがばかりに琉璃香は出来の悪い娘に説明した。
「そんなの変だよ」
 全然納得がいかないと美奈子は食い下がった。
「現に呪いが解けてないんだから文句言ってもしょうがないわよ。そうそう、そんなことより、制服が届いてたから部屋にかけておいたわよ。サイズが合ってるかどうか確かめておきなさい」
「わかったよ」
 美奈子は呪いが解けないことをそんな事扱いされたのは面白くはなかったが、これ以上何を言っても仕方なく、大人しく二階の自分の部屋へと向かった。そして、やっとたどり着いた唯一落ち着ける自分のテリトリーの入り口を開けて彼女は絶句した。
「か、かあさん!」
 やっとのことで下にいる母親を呼んだが、完全に声が裏返っていた。
「何?変な声出して」
「ぼ、僕の部屋が……」
 美奈子が指差した部屋の中は今朝とはかなり様相が変わっていた。目眩がするほど少女趣味ではないが、クローゼットや鏡台まで増えているし、そこかしこにきっちりと可愛い小物などを配し、ベッドの上には一抱えあるほどよく汚れたペンギンのぬいぐるみがあり、壁紙、布団、カーペットの色調も暖色系にシフトされ、微かに薫る心地よいポプリの香りも今の美奈子にとっては目眩を覚えさせるだけのものだった。
「いいでしょう?女の子の部屋らしく改装しておいてあげたのよ。これでお友達を呼んでも大丈夫よ。感謝しなさいよ、結構、手間がかかったんだから」
「ぼ、僕の荷物は?」
 気を取り直して見渡すと見当たらないものがあることに気が付いて美奈子はおそるおそる聞いてみた。
「必要なさそうなものは圧縮かけて亜空間に転送しておいたわよ」
(よかった。素粒子レベルまで分解されたかと思った)
 ホッと胸を撫で下ろしている美奈子に何処からともなく現れた父親の賢治が美奈子の肩を叩いて、
「安心しろ。エッチな本は父さんがちゃんと保護しておいた。なかなか趣味がいいぞ、和久」
 爽やかな笑みでウィンクした。
「……(お願いだからこれ以上壊れないで)」
「賢治さんがその部屋から掠め取った和久の本は素粒子レベルまで分解しておいたから!もう、いらないでしょ!ふ・た・り・と・も!」
「……ちっ。母さんの方が一枚上手だったか。すまん、和久、父さん守ってやれなかった」
 賢治は心底悔しそうに苦渋の表情を浮かべた。
(出来ればその表情は女の子にされたときにして欲しかったよ、……父さん)
「……もういいよ。疲れたから休む」
 美奈子はさっき以上の脱力感を覚えながら見慣れない自分の部屋に入り、ドアを閉めるとベッドに腰掛けてペンギンのぬいぐるみを手に取った。
「はぁぁぁぁ……まともと思ってた父さんまで壊れちゃってるし、それとも今まで気が付かなかっただけかな?そうだったら、この家でまともなのはわたしだけになっちゃうね。どう思う、ペン太?」
 美奈子は自然にペンギンのぬいぐるみに問い掛けた。
「……………………なにやってるんだ、僕は?」
 美奈子はぬいぐるみをベッドの上に放ると立ち上がって深呼吸し、
「僕は一ノ宮中学に通う中学二年生、皆瀬和久。14歳。性別男。14年間ずーと男。間違いなく男。今は呪いで女の子になっているだけで本当は男。心は男。れっきとした男。男男男男男男男男男男男男男男……」
 自分に言い聞かせるように美奈子は呪文のように呟いて、納得したのか一息ついて
「うん!完璧よ!」
 漫画あたりなら「きゃぴ」と擬音のつきそうな可愛らしいガッツポーズをした。
 そのポーズをしている自分の姿が鏡台に映って美奈子の視界に入り、彼女はそのまま固まった。
「ちーがーうー!」

「美奈子は何をやってるんだ?さっきから騒々しい」
「部屋に女の子らしくなる結界を張っておいたから無駄にレジストしてるんじゃない?」
「もう、諦めて男らしく女の子になればよいものを。往生際の悪い」
「そこが可愛いのよ」
「それもそうだな」

 誰もいないのにゴミバケツのふたがひとりでに少し開いた。
「……どうやら行ったみたいだよ」
 中から様子を伺っていたらしい白いぬいぐるみのような犬がそっと這い出してきた。
「ふう、しつこい連中だったわ」
 それに続いて薄汚れたパステルブルーと若草色の派手な衣装に身を包んだ少女がぶつぶついいながらバケツから出てきた。
「仕方ないよ、向こうも仕事だし」
 白いぬいぐるみのような犬、ウッちゃんは苦笑を浮かべて派手な衣装の少女、リリーを宥めた。
「それにしてもなんで主人公のこのわたしが毎回こんな目に合わなきゃならないのよ、全く!」
「……リリー、リリーって主人公だったの?」
「今更何言ってるの?そうに決まっているじゃない!」
「でも、今回も出てきて、なーんにもしていないよ」
「騒ぎの元を倒したじゃない」
「逃げるのに邪魔で偶然ね」
「ミーナを後一歩まで追い詰めたじゃない」
「僕のレーザー砲撃でね」
「あなたの手柄はわたしのも。わたしの手柄はわたしのもの」
「……そのうち友達なくすよ」

つづくと思う



自分自身を追い詰めるために次回予告!
ネコ耳……それは人心を惑わせる魔性のアイテム
シッポ……表情豊かに動く仕草は人々を魅了する
首輪鈴……その音を聞けば鼠も人も浮き足立つ
ネコ手……忙しいときには借りたくなる。じゃなくて、その肉球の誘惑には誰もあらがえない
ネコ舌……あっつあつのカレーうどんが食べられない悲劇

男の危ない野望が暴走する時、ラスカル・ミーナの絶叫が街をこだまする。
「何で、そんなことになるんだよ!」
今回出し忘れていたキャラクターも登場して、ますます負けにくくなるラスカル・ミーナ。
「お願いだから、もう止めて」
ついでにファンシーリリーも大活躍。
「とって付けたように言わないでよ!わたしが主人公なのよ!」

次回 第3話 見参!ねこみみむしゅめ
「あたしぃー!」
……忘れた頃に堂々公開予定。
「いちびってんと、はよ、だしいや」

あとがき
 今回も長い乱文を最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
 急遽、シリーズ化を決めたので、とりあえず、駒を増やして布石を撒き散らした結果、前回よりも混沌とした文章になってしまいました。
 少しは成長しなさいよ!と誰かに言われそうです。



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