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魔法少女 ラスカル・ミーナ

作:南文堂


絵師:もぐたん さん




第1話 なりゆき! 魔法少女

 照明を落とした室内。壁のスクリーンにある記録映像が流されていた。その映像の上映が終わると、室内には各々が交わす私語でざわめいていた。  そんなざわめきの中、机に肘をついて両手を祈るように眼前で組んだ男のシルエットがスクリーンの前にせり上がり、それと共に室内のざわめきは潮が引くように無くなった。
「諸君。今、見てもらった通りだ」
 彼は沈黙した室内を見渡し、重々しく声を発した。その室内に居た全員が緊張が走り、何人かが喉の渇きを覚えて、唾を飲み込む音が静まり返った室内に響いた。
「しかし、これは……私の意見としましてはそこまで問題視するほどではないかと……」
 室内の誰かが緊張に耐えかねてか発言した。年のころなら三十半ばぐらいの優しそうな顔をした男であるが、緊張のせいでその表情は硬い。
「ふっ。君は若いからな。我々の世代の感性は古いと言いたいのだろう?」
 それに対して四十も終盤に差し掛かったぐらいのだみ声の男が若い彼に嫌味を返した。
 三十代の男が嫌味を言った男の方に怒りを込めて視線を向けた。
「どうして、いつもそう言うことを言うのですか?若いとか古いとかは今は関係ないことでしょうに」
「それこそ、今はそんな事を言い合っている時ではないだろう。支部長。この問題をどうお考えで?」
 険悪になった二人を止めるように、嫌味を言った男と同年代の品のよさそうな男がシルエットの男に話を戻した。
「うむ。近年稀に見る逸材を得ることができ、今、我々の手によって冬の時代に終止符を打つチャンスなのは大変喜ばしいことだ」
 支部長のその言葉に場の空気が少し軽くなり、その重圧から開放された者達によって、再びざわざわと私語が交わされた。
「が、しかし!しかしだ!このままでよいのか?このまま無駄に時間を過ごしてしまってせっかくの逸材を駄目にしてしまってよいのか!皆もよく知っている通り、最大の敵は時間なのだ!」
 支部長の続けた言葉は会場を圧倒した。誰もが私語をやめ、前よりも更に重い、マリアナ海溝の海底にいるかのような重苦しい静寂が流れた。
「し……しかし、現状でも一定の成果は上げております。そこまでしてしまってよろしいのでしょうか?確かに、一般的とはとても言えるようなものではありませんが、現代社会は昔に比べて複雑になってきています。今の時代のこれだけの評価を得られたのは、方向性が間違っていなかったと思うべきです。冒険して一世風靡するよりも、むしろ確実性を重視した方が……」
 勇気を奮って沈黙を破ったのは先ほどの若い彼であった。今回は彼が口火を切ることが一種の義務に似たものになりつつあり、会場の空気もそれを強要していた。
「確実性か。確かに確実に一部のものだけを狙うことは間違ってはいない。それなりに成功することも容易いことだが、それでいいのか?それではこれまでと同じことを繰り返すだけなのではないのか?今我々がこの場にこうしていること自身、そのつけが回ってきていると考えられないかね?若いとか、古いとか時代などと言う感性の問題ではないのだよ。これは王道だ。我々は黄金時代を再び呼び戻す王道復古をするために、それを外れるわけにはいかないのだ」
 支部長は諭すように、しかし、これ以上の口論は無用と無言の圧力をかけて彼に語りかけた。
「まあ、今はわからないものもいるであろう。しかし、いずれわかる時が来る。その時に今を後悔せぬように、今行動しなければならないのだ。それが我々、年長者の役目だ」
「それでは支部長。もしや、あの作戦を?」
 だみ声の男が顔に喜色を浮かべて支部長の言葉を確認すると、支部長にシルエットの首が縦に動いてその質問に無言で答えた。それと同時に会場に動揺が走った。
 そして、品のよい男が立ち上がって反対の声を上げた。
「無謀です!どうなるか、まだわからないものにそこまで賭けるのは……」
 支部長は彼の反対意見を微動だにせずに聞いて、何も言葉を発せず、じっと彼の方を見ていた。
「……決意は固いのですね。そうですね?そうでしょう?わかりました。私も運命共同体です。地の果て、地獄の先まで付き合いますよ」
「わかってくれたようで嬉しい。他に反対の者はいるか?」
 支部長のシルエットは会場を見渡した。もうこうなった支部長を誰も止めるものはいない。
「いないようだな。それでは、これより『悪い魔法少女がいないのなら作ってしまえ作戦』の発令を宣言する。十二時間以内に作戦会議を召集する。なお、本件に関わる情報は只今をもって最重要機密とする。これにて正義の魔法少女協力組合の緊急集会を解散する。以上!」
 その言葉を合図に大勢の人間があわただしく動き始めた。意見を交わすもの、急いで退出するもの、感慨深げに天を仰ぐもの様々であった。
 そんな中で議長席に座ったままの支部長、柊陽介は会議中と同じポーズのまま、口の端を歪めるように笑うと呟いた。
「いよいよだ」

 テレビ番組がメロドラマとワイドショーに占拠される昼下がりに、皆瀬家はごく平凡な一般家庭の居間に似合わないお客を迎えていた。その客はあたかも絵本や漫画に出てくるような魔女の姿をした、綺麗と言うよりもかわいい感じのする女性であった。しかし、そんな奇妙な格好をしているにもかかわらず、その家の主婦、皆瀬琉璃香(みなせ・るりか)は何の疑いもなく平然と普通に彼女と向かい合って茶飲み話に花を咲かせていた。
「へえ、そうなんだ。陽ちゃん、がんばってるんだ」
 琉璃香はおせんべいを小気味よい音を立てて割り、お茶をすすった。肌の張りといい、プロポーションといい、まだ二十代半ばで通用しそうな美貌で、とても三十代後半、中学二年の子供がいるとはとても思えないほどであった。
「そうなのよ、ルーちゃん。支部長なんかになって、もう、張り切っちゃって。魔法少女の未来は俺にかかってるんだって」
 魔女の格好をした柊真琴(ひいらぎ・まこと)も琉璃香に負けず劣らずの美貌の顔で困った表情をしたが、少しも困ったふうには見えなかった。
「そんなわけで、さっきの話、OKしてくれないかな?」
 両手を合わせて真琴は琉璃香を上目遣いで拝んだ。美人だが悪戯っぽい愛嬌のある表情は魅力を増幅させていた。
「そんな……面白そうなこと断るわけ無いじゃない。気にせずにバンバンやっちゃってくれていいわよ」
「ありがとう!さすがルーちゃん、話がわかるわ!」
「ただいまー」
 丁度話がまとまった時にタイミングよく、玄関の方から若い男の声が聞こえた。琉璃香と真琴はにやりと笑って顔を見合わせた。
 居間から玄関まではさほど離れていないが、琉璃香は身を乗り出して帰宅した自分の息子にお帰りを言って、居間に来るように手招きした。
 彼は母親に呼ばれて居間の方を覗くように顔を出した。中学二年にしては少し小柄だったが、顔立ちもなかなか精悍な感じの男の子だった。
「…………えーと、はじめまして、息子の和久です。いつも母がお世話になってます。ゆっくりしていってください。それでは失礼します」
 帰ってきていきなり居間を覗いたら奇妙な格好をした客人がいて、しかもその客人が自分の事をじろじろと眺め回すのであれば、いくら母親の知り合いだろうと、誰だって関わりたくはない。彼もそれは同じ事だったらしく、棒読みで定番の挨拶を済ますとその場をすぐに離れようとした。
「かずちゃん。お話はまだ済んでいないのよ」
 しかし、琉璃香はそれを許さず、逃げるように二階へ上がろうとする和久を素早く引き止めた。
「嫌だ!」
「まだ何も言ってないわよ」
 琉璃香は華奢な外見に似合わず強引に階段にしがみついていた和久を引き剥がして、そのまま居間まで彼を引きずって戻ってきた。
「母さんが何か話のあるというときはろくな事はないじゃないか!」
「そんなの最後まで聞いてみないとわからないでしょう?」
「今回もきっとそうに決まってる!何処まで小さく出来るか実験されて家の中で遭難して死にかけたり!ダイエットの薬の実験台にされて体重がマイナスになって成層圏まで飛んで行きそうになったり!自分そっくりの人造人間をわらわら作られたり!それを怪獣の餌にする時に間違えられて屠殺されかけたり!と・に・か・く!今までろくなこと無かったじゃないか!」
「母さん、悲しい。かずちゃんがそんな冷たい子になっちゃうなんて」
 よよっと崩れながらもちゃんと和久の服の裾はちゃんと握っている所はさすがに抜け目はない。
 和久は真剣にズボンを脱いで脱出しようかと考えたが、思春期真っ只中の彼には見知らぬ女性の前でパンツ一丁になるのはさすがに抵抗があって、その案はすぐさま却下された。
「泣いたって無駄だよ。もう、絶対母さんの思惑通りにはならないからな!」
「そう。わかったわ。それなら、こっちも力ずくで行くわ」
 琉璃香は立ち上がって服の裾を離すと和久と少し距離をとって身構えた。
 琉璃香から発せられる気迫に和久は全身に緊張を走らせた。実力に加え老練さも母親にはかなわない。何もなしに琉璃香の脇を抜けて脱出するのはまず不可能だが、何か仕掛けてくるなら、その隙を突けば脱出できる可能性が少しは高くなる。
 和久は全神経を琉璃香に集中し、どんな些細な動きも見逃さずにその隙をうかがった。琉璃香もそれがわかってかフェイントの掛け合い、息詰まる見えない攻防が二人の間を交錯していた。
「残念でした。やっぱり子供ね。後ろががら空きよ」
 不意に後ろから声をかけられて和久は完全に虚を突かれて、無防備に声の方に振り返ってしまった。振り返った途端、真琴と目が合い、そのまま金縛りで体の自由を奪われてしまった。和久は金縛りを解こうともがいていたが、いつも琉璃香にかけられるものよりも強力らしく、一向に解ける気配はなかった。
「ふふふ、抵抗しても無駄よ。いくら琉璃香が、百年に一人の逸材と呼ばれた暗黒魔法少女と言っても一線を退いて久しい上に子供も生んでいるのよ。正義の魔法少女から修行を重ねた現役バリバリ、正義の魔法使いの私の魔法とはレベルが違うのよ、レベルが」
 和久はこんなことをしていて何処が正義なんだと抗議の声を上げようとしたが、その声すらも出ない。どころか口も動かない。
「正義には多少の犠牲はつきものよ」
 和久の心を読んでか、真琴がそう言うと少し恍惚とした表情で紅い唇を舌なめずりした。その妖艶さは絶対に正義の魔女とは絶対に信じられない。和久は蛇の眼前にいるネズミのように戦慄が背筋を突き抜け、必死に抵抗したが、どうにもならない。
「さあ、正義のために悪い魔法少女になっておしまい!」
 言ってる事が矛盾している!和久の悲痛な心の叫びは誰にも聞かれることなく、床に浮かび上がった魔方陣が発動して和久の体に変化が始まった。
 全身の骨が軋む嫌な音が聞こえ、和久は苦痛に顔をしかめた。彼の身長はみるみる縮まっていき、それが収まる頃には、さっきまでぴったりだった学生服はぶかぶかになって、袖の先からは指先だけがかすかにのぞいていた。全身も元の身長に比べてニ、三割程小さくなっていた。
「まだまだ第一段階よ」
 真琴のその台詞に反応するかのようにやや日に焼けた浅黒かった皮膚が汚れをふき取るかのように白く滑らかに変わり、全身を引き締めていた筋肉が少なからず脂肪へと変化してぽっちゃりとしたかと思うと、その脂肪が胸に移動してワイシャツと学ランを押し上げるように膨らみ、腰の辺りにも集まってズボンが張りを取り戻した。脂肪が移動した結果、対照的にウエストのくびれが強調され、全体のシルエットが直線的から曲線的へと変わり、顔の輪郭も丸みを帯びて、頬は柔らかく、唇は艶やかに、鼻は愛らしく、自然にまつげがカールして伸び、目のパッチリとした美少女へと変わっていった。
「もう、いっちょ!」
 真琴の気合に合わせて短かった髪が一気に長く伸びたかと思うと、今度は毛先からさらさらの金髪へとなり、髪が自らの意思でポニーテールにまとまった。
 もうそこにはなかなか精悍な顔立ちの皆瀬和久の姿はなく、背も低くてかわいらしい幼さを残しながらもどこか妖艶な感じのする学ランを着た美少女がいるだけだった。
「これはこれでそそるけど、やっぱり、それなりの事をするのにはそれなりの格好をしなくちゃね」
 真琴が指を鳴らすと学生服が飴のように溶けて黒く光沢をもった粘度の高い液体になったかと思うと、それが身体にフィットするようにまとわり付き、光沢があって光の反射加減で赤茶に見える黒のミニスカートの際どいコスチュームに変化した。袖が肘まである手袋になって、ズボンはつま先まで包み込み膝までのハイヒールのロングブーツに変わっていた。
「なかなかいい感じね。まさに悪い魔法少女って感じ」
 自分の仕事に満足したのか真琴は一人頷くと和久の金縛りを解いてやった。
「あ……あう……」
 和久は金縛りが解けてもしばらく上手く体が動かせないのかぎこちない動きで自分の体を確認するかのように体をひねって全身を見た。全体的にはわからなくても、視界に入ってきた華奢な腕、膨らみのある胸、くびれた腰に丸いお尻、スラリとした脚と締まった足首を見れば何に変身させられたか想像することは容易かった。
「お、女の子にするなんて酷いじゃないですか!元に戻してください!」
 怒鳴った声が何の迫力もないソプラノのかわいらしい声に変わっていたのに和久は目眩を覚えずにはいられなかったが、くじけずに真琴を睨みつけた。しかし、それすらもたいした効果を得られないことは誰の目にも明白だった。
「えー。せっかくかわいくできたのに」
「かわいくありません!」
「これでも?」
 真琴は軽く指を鳴らすと和久との間に一枚の姿身の鏡を出現させた。和久は今の自分の姿を初めて目の当たりにした。
「……これが僕?って、お約束な事をやらせないで下さい!」
 とは言ったものの、そこいらのアイドルよりもかわいい女の子になったことに満更でもない気持ちが心の片隅に現れたのを和久は感じたが、ここでそんなことを気取られては大変とばかりに頭の片隅から追い出した。
「結構本気だったくせに」
 鏡の縁から真琴が意味ありげな笑みを浮かべた顔を出した。一瞬ぎくりとしたが、和久はなるべく平静を装って抗議を続けた。
「と、とにかく、僕は男なんです!かわいい女の子は見るのは好きだけど、なるのは嫌です」
「んー、しょうがないわね」
 真琴はむくれた顔を見せて鏡の裏に姿を隠すと鏡を赤い房の付いたやや幅のある、銀色の棒状の物に変えて、和久の前に浮かべた。
「なんです、これ?」
「まあ、先ずは受け取りなさい」
 和久は言われるままにそれを手にとって、その板のような棒のようなものがどうやらかなり大きくはあるが扇子であることに気が付いた。開き方によってはハリセンのようにもなった。
「それはバトンの代わり。鉄扇として使うもよし、ハリセンとしてどつくもよし、たてに使うもよし、ブーメランにするもよし。商品化の予定はないから何でもありありで好きに使ってくれていいわよ。魔力の使い方はわかっているわね」和久はこくりと頷くと「よろしい」と真琴が言い、「正義の魔法少女用って商品化しなくちゃいけないから物理法則にある程度拘束される分、面倒だけど悪の魔法少女はその点は気にしなくていいから楽よね」 「はあ、そんで、扇子ですか……」
 和久はその大きな扇子を広げたり閉じたりと弄んだ。
「そう。センスいいでしょう」
「……」
「……」
「……と、とにかく。あなたの要望にお答えして、その扇子にはかわいい女の子を見られる機能も付け加えておいたから感謝しなさい」
 真琴はさすがに気まずい空気を感じて話題を無理やり元に戻した。
「え?本当に?あ、いや、そうじゃなくて!元に戻してください!」
 話が外れていっている事に気が付いて和久は少し泣きの入った鼻にかかった甘い声で懇願した。並みの男性ならぐらついてしまうほどの甘い声だが、男性でもなければ並でもなかった真琴にはまったく通用しない。
「いやよ。それに元に戻すなんて、変身させた私にもできないわよ」
 そっけない真琴の言葉に和久の視界は暗くなった。脳裏にはご近所で「奥さん、あの子よ。例の男の子が女の子になった子」「えー?全然そんなふうには見えないけど」「でも、そうなのよ。世の中不思議よねえ」「ねえねえ、あれってどうなってるのかしら?」「いやあねえ、奥さんたら」などと井戸端会議のネタにされたり、学校で男子に「男同士じゃないか」とか言われて裸にされたり、胸やお尻を触られたり、かと言って女子からは「元男でしょう」とか言われてトイレやロッカーを使うのを拒否されたり、理不尽ないじめられたりして、結局どちらにも仲間にも入れずに一人寂しくこれからの学生生活を過ごさないといけないなど暗い未来予想図が走馬灯のように流れていった。
「条件付呪いなんだから条件を満たすまでは絶対に解けないわよ」
「そんな!それじゃあ、その条件って何ですか?目でピーナッツを噛むんですか?それとも鼻からスパゲティーを食べるんですか?何でもしますから教えてください!」
 真っ暗な未来予想の走馬灯を急停止させて和久は藁をもすがるつもりでクモの糸に飛びついた。
「そんな誰でも出来ることは頼まないわよ」そう言って、真琴は目でせんべいをバリボリと噛み砕き飲み込むと「悪いことをして、正義の魔法使いにやっつけられたら魔法が解けるようにしておいたの。そうしない限り、一生、死んでも、そのままよ。アニメなんかみたいに死ぬ間際に一瞬だけ元に戻れるなんていう詰めの甘さはまったくない、完全無欠のパーフェクト呪いよ。まさに私ならでわの完璧な仕事よ」
 真琴はあちら側に行ってした目で自らの肩を抱き、自己陶酔していた。
「……」
(わざと負けよう)
 和久はこちら側に行って帰ってこない真琴を見ながら、こんな馬鹿げた事を早く終わらせて日常生活カムバックを固く心に誓った。ビバ、平凡!
「今、それならわざと負けようと思ったでしょうけど、それは駄目よ」
 固く誓った瞬間、現実世界にカムバックした真琴はビシッと和久を指差して、釘を刺した。五寸釘サイズを心臓にぷすりと。
 和久は余りのタイミングのよさに心臓をばくばく言わせて、目に見えて動揺してしまった。
(読心術ができるんじゃないのか?)
 和久は本気で考えて、得体の知れない恐怖に身震いした。それだけでも充分和久の心肝を冷やしたのに、真琴はさらに駄目押した。
「もし、そんなことしたら、生まれてきたことを後悔させて・あ・げ・る」
 真琴は笑顔で和久に近寄って優しく言ったが、その目は全然笑っていなかった。むしろ強面で脅される方が数倍マシで、蛇に睨まれた蛙のごとく本能的恐怖に和久は涙目になりながら狂ったように首を縦に振る以外は成す術は無かった。
「よろしい。お姉さん、物分りのいい子は好きよ。さて、何か質問は?」
 理性と本能を屈服させたことを感じ取り、満足したのか今度は普通に微笑んで真琴は和久から離れた。和久は重圧から開放されて、ほっと安堵の息をつくと、和久の頭にある疑念が浮かんできた。
「……真琴おばさんって、本当に正義の魔女ですか?」
「つべこべ言ってないで、とっとと悪いことしてきなさい!それに、私のことは真琴お姉さまとお呼び!」
 和久の率直な疑問は真琴の逆鱗を二枚ほど、剣山で力いっぱい逆撫でし、真琴はこめかみに血管を浮き上がらせてどなると、足を踏み鳴らした。それを合図に和久の立っていた地面が消えて真っ黒い穴ができ、和久は体が浮き上がるような感じを受けつつ見えない穴の底へと向かって自由落下した。和久は脳裏浮かんだ言葉を思わず叫んだ。
「イル○ラッツォ様ぁ」
 …………余裕あるやん。
「って、誰?デ○ラー総統なら分かるけど」
 穴に落ちていく和久を横目で見ながら真琴は隣にいた琉璃香に訊いてみた。
「知らない。それにしても古いわね。カリ○ストロ伯爵ぐらいにしときなさいよ」
 息子がそんなことになっているにも関わらず平然と、いやむしろ嬉々としてお茶をすすっていた琉璃香は首を横に振った。

ミーナ第1話 もぐたんさん

イラスト:もぐたん さん


 二人の間では平和に、ちょっぴり○○な会話が交わされていたが、穴に飲み込まれた和久の方はそれ所ではなかった。真っ暗闇の中を自由落下して平衡感覚を失い、目を回して気を失いかけたが、そうなる前に明るい出口が見え、そこから勢いよく吐き出された。
 突如地面に空いた虚無な黒い穴から和久は数メートル飛び出すように吐き出され、穴は和久を吐き出すと同時に消え去り、何もない地面に変わった。
「わわわわ、わわ!」
 迫り来る地面に顔面から着地だけはなんとしても避けようと和久はとっさに身を丸めた。さすがに平衡感覚を失っていたせいで綺麗に着地することはできず、地面にしたたか腰を打ちつけたが、なんとか最悪の事態だけは避けることには成功した。
「あいてててて……無茶苦茶でごじゃりますがなって、ここは?……学校の裏?!」
 和久は周りを見て見覚えのある風景に少しほっとしたが、今の自分の姿を思い出して一番来たくない場所に送り出されたことに困惑した。しかし、不幸中の幸いで裏手には滅多に人が来ないとあって、今の常識外れな出現を目撃はされずに済んだことをせめてもの救いと自分の運に感謝した。
「出来ればこのまま、見つからずに何とか別の場所に移動したいな」
 和久は何はともあれ、いつまでも地面に座っているわけにもいかないと立ち上がってスカートの汚れを手で払うとその柔らかいが弾むような感触が伝わってきた。
(女の子のお尻なんだ)
 その感触で何か倒錯した妙な気分になったが、その気分はすぐに中断させられた。
「あれ!君は?」
 校舎の陰からごみ箱を抱えて姿をあらわした明らかに運動不足の貧弱な痩身中背の体を黒の学生服に包み、黒縁眼鏡をかけたにきび顔の中学生がごみ箱を放り出して和久の方に近寄ってきた。
(げっ!三組の橋本だ)
「え、あ、いや、その、まあ、なんというか」
 学校の裏手など日頃あまり人が来ないのにどうしてこう言うときには来るんだと和久は理不尽な怒りを覚えながらも、ここを何とか上手く切り抜ける手はないかと必死で脳をフル回転させていた。
「君、気合の入ったコスプレだね。撮影会?そんなのあったっけ?どこかのサークルの?ねえ、何のコスプレ?あ、ちょっと待って、当ててみるから……」
 和久の思惑などお構いなしに橋本は人差し指を眉間あたりに当てて眼鏡を直すと嘗め回すように和久の体を観察した。
 身の毛のよだつような橋本の視線に和久は実際鳥肌を立てて恥らうように身を縮めた。
「……えーと、黒のエナメルっぽいコスチュームってことはライバルの魔法少女系……金髪だからミサ様が近いけど、ポニーテールだしなあ……なんだろう?……もしかしてオリジナル?すごいや。誰のデザイン?ベースはやっぱりミサ様?僕的にはバニーさんが好きなんだけど、ここまでばっちり決められたら全然オッケーだよ」
 橋本は自分の言いたいことを言うと一人満足して興奮して頬を上気させていた。
「ちょ……」
「ねえ、だけど今度、バニーのコスプレ考えてみてよ。いいと思うんだ。君なら絶対着こなせれるよ。あ、今度のには参加するの?出るんなら絶対寄らせてもらうよ。そうだ!その時にさ、バニー持っていくからちょっとだけ着てもらえないかな?」
 和久のことなどまったく無視して橋本は自分の言いたいことだけを機関銃のように浴びせ掛けて、和久が何か言いたくて口を開いて何かを言いかけても、一言も発しないうちから次々に喋り続けていた。
「大丈夫だよ。封も開けてない新品だから変なことはしてないし、ねえ、着てくれない?ちょっとでいいんだ……ちょっと着てくれたら、ちょっと写真撮らせてもらうだけだから」
 人の話を聞かずに暴走する橋本にいいかげん怒りが溜まってきた和久は手に持っていた扇子に魔法力を注ぎ込み、ハリセン状にすると、
「そんなにバニースーツが好きなら自分が着てろ!」
 橋本を力の限りぶっ叩いた。ハリセン扇子が橋本にヒットすると同時にまばゆい光が彼の全身を包み込み、ズボンが細かい穴が無数にあき、生地が収縮して足にフィットし、目の細かい網タイツへと変化を遂げた。その網タイツが包んでいる足は白くてむっちりとした曲線美の女性の脚になっており、学校指定の革靴もかかと部分が飴細工のように伸び、つま先が細く尖ったハイヒールに変わり、足首はきゅっと締まってリボンが結ばれた。
 黒の学生服の方はエナメルの光沢を持ったかと思うとボタンが消え、肩の部分が溶けるようになくなり、白くまぶしい肩があらわになり、鎖骨のラインが悩ましい色気を出していた。袖が消えるごとに現れる滑らかな肌の白い腕、最後にカッターの袖口だけが残り、それがカフスのついた袖口に変わる頃には、太く短い指手は長くしなやかな指へと変化が終わっていた。学生服のカラーの部分が襟になり、黒い蝶ネクタイが細い首に巻かれた。
 残っていた学生服の胸の部分がカップに変わるとそれに合わせて胸が膨らみ、ウエストが締まると体もそれに合わせて締まり、裾がお尻を包むとぴんと上に向いた丸いお尻へと変化し、その上に白く丸い綿毛のような尻尾がぽんと生えて、前の部分は股の間に伸びてハイレグカットで股間を包んだ。ぴっちりと包み込んだそこに本来なら浮き上がるはずの男の象徴はなかった。
 にきび一杯のでこぼこ顔がすっきり滑らかになり、メガネも消え、髪が肩まで伸び、埋没して細い目も二重の大きなパッチリとした目になった、ちょっとぽっちゃりとした感じの美少女に変身していた。最後に仕上げとばかり頭の上にウサギの耳を擬したアクセサリーがぴょんと生えて変化は終了した。
(こ、これが、真琴おねえさまの言っていた「かわいい女の子を見れる機能」か?)
 何が起こったか全く把握できずにただ呆然とそこに立ちすくむかわいいバニーガール。その姿に変身させた張本人も呆然として、無意味に時間だけが流れた。
「あ、あ、あ、あわ、あわ」
 やっと正気を取り戻した美少女と化した橋本は姿に見合ったアルトの声で意味不明な言葉を漏らして、自分の身に何が起こったのか理解できずにいた。それでも、次第に自分の状況が理解できてきたのか、手を見て、脚を見て、股間を覗き込んで、押さえて、尻に触って、胸を揉んで事情を把握して和久のほうを今一つ焦点の定まらない目で見た。
「か、かがみは?」
 和久は扇子を広げると、その面を鏡にして橋本に変身した後の姿を見せてやった。
「うおおおおおおおおおお!」
 バニーガールとなった橋本は天を仰いで絶叫した。
(そりゃあ、びっくりするよな。さっきまで男だったのに、いきなりぶん殴られたらバーニーガールになったんじゃ。見るのは好きでも、なるのは嫌だろう)
「神様ありがとう!バーイ、スターリング!」
「……は?」
 自分の予想に反した感謝の言葉、しかも意味不明な台詞に和久は意表を付かれて目が点になった。
「ロリータ顔にナイスバディー!僕の理想!バニーになれるなんて夢のようだ!男だからバニーコートを着ることなんて一生できないと諦めていたのに夢じゃないかしら!ああ、もし、夢ならこのまま覚めないでちょうだい」
 和久のことなど無視して自分自身を抱きしめてバニー橋本はぐるぐるとその場で回っていた。言葉遣いもいつのまにかに女言葉になっていた。
「まさに、あなた様はあたしの救世主です!ぜ、ぜひ、あなた様のお名前をきかせてください!」
 やっと思い出したのか、和久の方を向いて神様でも見るかのように両手を組んで懇願してきた。
「はあ、僕は皆……」
 思わず本名を行ってしまいそうになって慌てて両手で自分の口を抑えた。
「みな?みな、みな……そういえば、二組に皆瀬って……」
 バニー橋本は小首を傾げて考え込んだ。なかなかかわいらしい仕草ではあったが、和久にそれをゆっくり鑑賞しているだけの余裕はこれっぽっちもなかった。
「いや、あの、みな、じゃなくって、えーと、みいな、そう!私の名前はミーナ!」
 とにかく怪しまれないうちに取り繕おうと皆瀬のみなを少し変形して名乗った。
「ああ、みーな……ミーナ様ですね?素敵なお名前でございますぅ」
 和久、ミーナの心配は他所に、バニー橋本は名乗るに当たっての不自然さなど全く気にも止めずに目をとろんとさせて、うっとりとしていた。ミーナは心なしか橋本の動きが女性的になってきているように感じた。
(これも魔法のせいなのかな?言葉遣いも変わっちゃってるし。まあ、女の子に変身してるから違和感は感じないけど)
 何とか危機を脱して気が抜けたのか、ミーナはそんなたわいもないことを考えてバニー橋本をぼんやり眺めていたが、陶酔していたバニー橋本が突然ミーナに向き直った。突然の動きに和久はびっくりして、ちょっと後退った。
「それでミーナ様はこの学校に何をされに?あっ、わかりました!この学校の生徒を全員バニーにして、ここをバニー帝国の建国の礎にされるおつもりなんですね。わっかりましたですぅ。そういうことでしたら、不肖このあたしが粉骨砕身ミーナ様にお仕えいたしますぅ。ミーナ様に永遠の忠誠を誓っちゃいますぅ」
 変身してもその性質が変わることはなく、勝手に妄想を暴走させてバニー橋本はミーナの思惑も話も聞かずに喋り捲ってその台詞に自分で感激して涙を流していた。
「いや、そうじゃなくって……」
「さあ、行きましょう!全人類バニー化計画のために!レッツラゴウですぅ」
「違うって!」
 和久の事情など全くお構いなしにバニー橋本はミーナの手を取ると正門のところまで強引に引きずっていった。

 授業は終わっているが、まだクラブ活動をしているために校庭にはかなりの生徒がおり、体育会系の掛け声や演劇部部員の発声練習の声が校庭に響いていて、活気に満ち溢れていた。
 ミーナこと、和久の見知った顔も少なからず見えた。急に自分が今どんな格好でここにいるのかを思い出して恥ずかしくてたまらなくなり、正門の門柱の陰に隠れるように移動した。
(橋本のせいで忘れてたけど、今は自分も女の子になってるんだった。早く家に帰って真琴お姉さまを説得しないと)
「何を遠慮しているんですかぁ。こういうのは最初が肝心なんですよぉ。正門でびしっと声明を発表してくださいですぅ」
 早いところ逃げ出したいミーナを放さずにバニー橋本は前へ前へと押し出した。
「なにあれ?」
 そうこうしている内に校庭の生徒の一人が奇妙な二人連れに気が付いて隣の友人を肘でつついた。
「バニーガールだ。本物、初めて見た」
「なんでそんなのが学校の正門にいるのよ?」
「誰か先生のツケを取り立てに来たんだったりして」
「現社の伊藤とか好きそうだからな。結構、通ってたりして」
「いやだぁ。でも、もう一人は何かな?変な格好してるよ。扇子なんかもって、ボディコンみたいな服着て、今時ジュリアナ?」
「それが流行った頃、お前生まれてないだろう?もしかして、サバよんでる?」
「同級生でしょうが!お母さんが昔お立ち台で踊ってたのよ。その写真見て知ってるだけ」
 次々に生徒達はバニー橋本とミーナの存在に気づいていき、口々にささやきあって遠巻きに二人に注目していた。
(うわー、注目されてるよ。どうしよう)
 ミーナはだんだんと大きくなる騒ぎに半分泣きたい気になってきた。
 それに追い討ちをかけるバニー橋本の一言がミーナの鼓膜を揺らした。
「さあ、ミーナ様ぁ。門柱の上に立ちましょう」
「へ?なんで?」
「支配者はやっぱり人の上に立たなくっちゃ。さあ」
 バニーはミーナを抱えるとひょいっと門柱の上に上った。女性とは思えない力と身のこなしである。これも魔法のせいだろうか。
「さあ、全校生徒に声明をするですぅ!」
「いやだよお」
「ああ、そうでしたですぅ。ミーナ様自ら言葉を発するなどバニーでもない下賎なもの達に勿体無いんですね。わかりました、では、ここはあたしが……」
 ミーナはほとんど半べそをかいていた。本気で嫌がっていたが、そんなことは全く意にも解さず今まで同様勝手にバニー橋本の解釈が展開された。
「待って。待て!待ちなさいって!!」
 ミーナは血の気が引いた。これまでのこの展開で事態は悪い方へしか進展していないことに気が付いて慌てて止めに入ったが、もう遅かった。
「一ノ宮中学の生徒諸君、先生諸君、よく聞くですぅ!これから、この学校は神聖バニー帝国の領土とするですぅ。バニー帝国の歴史はこの学校から始まるのぉ。ありがたく思うですぅ。わが帝国はバニーによるバニーのためのバニーの帝国を目指しますぅ。だからバニーに非ずはバニーにあらずですぅ!でも、あたし達も鬼じゃないですぅ。みんなに選択のチャンスをあげるですぅ。バニーになるか奴隷となるか選ぶですぅ」
 ミーナの制止も聞かずに声高らかにバニー橋本はバニー帝国の建国を宣言してしまった。
「コラ!何だ、お前らは!さっさと降りてこい!警察に連絡するぞ!」
 陸上部顧問のマッチョな体育教師の松宮が正門上の二人を指差して怒鳴り声を上げた。
「あ、はい、すぐ降ります」
 できることならもっと早く出てきて欲しかったと思いながらも、これでとにかくこの場からは開放されるとばかりにミーナはさっさと正門から降りようとしたがそれよりも早くバニーが動いていた。
「ふふふふ、早速バニーになりに来たですかぁ。よい心掛けですぅ」
 二メートルほどの門柱の上から飛び降りて松宮の前に立つと力一杯抱擁した。あまりに突然なことに松宮はなすすべなく抱きしめられてしまった。やっと状況を把握した松宮はそれを必死に振り解こうとしたが、女と思えない力でがっしりと抱きつかれて離してくれない。やっと離してもらった時にはバニーガールが二人になっていた。
 筋肉隆々の松宮は華奢な少女に姿を変え、バニー橋本と同じ黒のバニーコートに身を包んでいた。
「さあ、バニー2号。その快感を他の先生、生徒にも分けてあげるですぅ」
 バニー1号はバニー2号となった松宮に命令した。
「はい、バニー様」
 ソプラノボイスで素直に返事をするとバニー2号は元教え子の方へと駆けて行った。バニー橋本もその後ろ姿を満足そうに眺めて頷くと自らも生徒の群れの中へと向かって走っていった。
 それからは文字通り、鼠算的にウサギが生まれていった。抱きつかれた者はバニーになり、その者が他の誰かに抱きつくとバニーになり、たちまち校庭中はパニックとなった。
「なんで、こうなるんだよ」
 ミーナは一人その騒ぎを門柱の上から眺めて頭を抱えたくなった。
「このままじゃ、本当に学校の人間どころか、この近辺がバニーガールになるじゃないか。正義の味方でも魔法少女でもいいから早く来てこの騒ぎを収拾してくれ」
「待ちなさい!」
 ミーナの悲痛な思いが通じたのか、校舎の屋上に誰かが仁王立ちになっている。
 逆光でシルエットしか見えないが、高いところから逆光で登場するのは正義の味方の登場パターンだとミーナは突如現れたこの人物に期待を寄せた。
 しかし、注目したのはミーナ一人で校庭の人たちはそんな人どころではなかった。相変わらず、生徒たちとバニーの鬼ごっこが展開されていた。その人物も屋上から一向に動こうとしない。
(……もしかして、高いところに登って降りれないとか?)
 ミーナはその人物に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
「待ちなさい!とか言われたら、誰だ!とか返しなさいよ!」
 シルエットが校庭に向かって怒鳴り声を上げた。
(無視されたのが悔しかったのか……それじゃあ)
「だ……」
「うるさいわね!こっちは忙しいの!今はあなたなんかに気を回してる暇はないのよ!用があるならさっさと言いなさいよ!」
 ミーナが何か言う前に、バニーの一人が屋上の人物に怒鳴り返してしまった。何か言おうとしたミーナは口をぱくつかせて言葉を飲み込んでばつ悪そうに門の上で顔を真っ赤にしていた。誰にも気付かれなかったのがせめてもの救いだった。
 ミーナが恥ずかしがっている間に屋上の人物と校庭のバニーとの間で話は進んでいった。
「こんな騒ぎはさっさとやめて、みんなを元に戻しなさい!」
「できないよーだ!」
 バニーは舌を出して屋上に言い返す。
「生意気なやつ!そこにいなさいよ!今、降りていくから!」
 シルエットは飛び降りようとしたが、ちょっと躊躇って、下を覗き込んだ。散々迷った挙句シルエットは姿を消した。
 しばらく、長い沈黙が続いた。
 息を切らせて校舎の正面入り口から一人の少女が姿をあらわした。若草色と薄い青色の二色をベースにピンクや赤がアクセントとして配色されたなかなか派手なデザイン服を着て、手にはト音記号に似た妙なデザインのステッキを持っていた。全速疾走で階段を駆け下りてきたのだろう肩で息をしていた。
「……ちょ……ちょ、ちょっと、た、タイム……」
 少女は膝に手を置いて待ったをかけてから呼吸を整えて、仕上げにゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けており、バニーも素直にそれが終わるまで待っていた。傍から見るとかなり間抜けな構図である。呼吸が落ち着いた少女はバニーをきっと睨みつけた。
「もう一度言うわよ!みんなを元に戻しなさい」
「で・き・ま・せ・んよーだ」
 バニーは挑発的に一音一音はっきりと区切って切り返した。
「みんな迷惑してるのよ!早く戻しなさい!」
「迷惑?迷惑なんてしてるもんですか!見なさい!」
 カップから溢れんばかりの胸を手で軽く押し上げ、
「このむしゃぶりつきたくなるような豊満なボディー!」
 雑誌のグラビアで見るようなポーズで媚びるような視線を向けて、
「全身から匂い立つ骨まで溶かす色香」
 少し鼻にかかった甘えた声で、
「脳髄まで染み入る甘く切ない声」
 両手を腰に当てて仁王立ちになって胸を張り、
「そして何よりもこのバニースーツ!脚線美を際立たせる網タイツ!よりキュートにお尻を魅せる白く丸い尻尾!ボディーラインを強調してセクシーさを醸し出すバニーコート!腕をより長く細く見せる手首のカフス!首を長く見せ、そして胸元のアクセントになる蝶ネクタイ!頭上のウサギの耳を模したアクセサリーは遊び心を表して、妖艶でありながら愛らしさを失うことなく男心をくすぐる。それらを身に付けることによって100%、いいえ、120%(当者比)の魅力を引き出す、まさに究極のコスチューム!」
 拳を固めてバニーは力説した。
「こんな素晴らしい姿に変身させてもらって誰が迷惑?まあ、お嬢ちゃんみたいな幼児体型の人にはこの豊満な体が羨ましくて仕方ないんでしょうけど?」
 意地悪く微笑んだバニーに少女は俯きかげんに顔の表情を隠したが、こめかみの血管が浮き上がってはち切れんばかりになっていた。少女の服は胸元に大きなピンクのリボンがあったりして、体の線を隠すデザインだが、それはある意味、「私はボディーラインに自信がありません」と書いてあるようなものであった。
「ああ、だから、そういう風に私憤を公憤に変えて喚いているのね。うふふ、それももう少しの辛抱。さあ、こっちに来てあなたもバニーになりなさい。つるぺたなあなたもたちまちナイスバディーよ」
 バニーは優しく微笑んで両腕を広げた。一瞬、ナイスボディーになれると言うところでぴくりと反応したが少女はその場を動かないで、俯いたまま何やらぶつぶつと呟いていたが、ミーナのいるところまではその呟きは聞こえないし、バニーは聞く耳を持っていなかった。
「もう、しょうがないわね。緊張して動けないなんて、かわいい子。いいわ、お姉さんがそっちに行って優しく抱きしめてあげる」
 紅く塗られた唇を舌なめずりして妖艶な笑みを浮かべてバニーは少女に近づいた。近づくに従って少女の呟きが次第にボリュームを上がって、ミーナの耳にも届いてきた。
「……れが、キュートで愛らしいあたしを馬鹿に……のおじ様方や大きなお友達に絶大な人気を誇るこのプリティーなボディーが幼児体型?ちーっとばっかし胸が大きくてウエスト締まってるからって威張るんじゃないわよ!この三下が!」  最期には呟きは怒号になっていた。不用意に近寄ってきたバニーに向けてステッキをかざすと呪文も無しにいきなり雷光を発し、電撃がバニーを襲った。直撃を受けたバニーは弾かれたように吹っ飛ばされ、ゴムまりのように何回か地面に強烈に叩きつけられて転がり、そのまま動かなかった。電撃でバニースーツは消し炭のようになり、その下には裸の男がうつ伏せに倒れていた。強力な魔法の一撃で変身が解けたのだろう。  少女は倒れている男のところまで行くとまだ少し意識があったのか、かすかにうめき声を漏らした。そのうめき声を確認して、少女は迷わず横腹に蹴りを入れていた。裸の男は蹴りを入れられて仰向けにひっくり返った。
「げ、現社の伊藤先生だ……」
 ミーナはその見覚えある男の本性を垣間見せられて今後の付き合いを少し、いや、だいぶ考えようと思った。
「リリー、そんなことしている場合じゃないよ。騒ぎはまだ収まってないよ」
 ぬいぐるみのような犬がふよふよと宙に浮かびながら蹴りを入れている少女の髪を引っ張った。
「だって、こういう、場合、大元を、倒せば、魔法は、解ける、もんじゃ、ないの?ウッちゃん、だって、そう、言った、じゃない」
 ぬいぐるみ犬と話しながらも蹴りを入れる足は休めない。
「そうだけど、どうもそれは大元じゃないみたいだよ」
「ええ!あんだけ台詞があって雑魚?くっ!雑魚のくせに語ってんじゃないわよ!」
 一際大きく足元でカエルを踏み潰したようなうめき声が発せられたが少女は気にも止めない。今は女の子だが、元々男のミーナは股間を抑えて身をすくめた。伊藤先生はもはやぴくりとも動かない。
(安らかにお眠りください、伊藤先生)
 ミーナは手を合わせて伊藤先生の冥福を祈った。
「もう、じゃあ、誰が大元なのよ」
「こういう時は一人だけ違う格好をしているのがそうだと思って、調べてみたけど、みんな同じ格好なんだよ。参ったね」
「参らないでよ。じゃあ、一人一人電撃浴びせるの?あれ結構疲れるのよ」
 困った顔で笑っていたぬいぐるみ犬の顔面を左右に引き伸ばして少女はむくれた。
「い、いたいひょ、ふぃふぃー(い、いたいよ、リリー)……そ、そこまでしなくても大元以外は気絶させる程度で魔法は解けると思うよ。気絶させていって魔法が解けなかったらそいつが大元ってことになるから、そいつに止めを刺せば任務完了だ」
「分かったわ。それじゃあ、派手に行きますか!」
 ポシェットからミニチュアのちゃぶ台を取り出してステッキで軽く小突くと夕食の用意が整った普通サイズのちゃぶ台へと変化した。ちなみに献立はハンバーグである。少女はいきなりちゃぶ台の端を持って、
「こんなもの食えるかー!」
 と、ちゃぶ台を引っくり返した。料理が宙に舞う。それを見たバニーと生徒たちは反射的に宙に飛んだ料理をキャッチしなければならない気になり、宙に舞う料理の落ちてくるところ一ヶ所に集まった。その周囲から狭い範囲に人が殺到したために朝のラッシュ時のように生徒とバニーが密集した状態になったが、なんとか料理の皿は一枚も落とさずに全てキャッチし、全員が何とはなしにほっとした。しかし、それも束の間、頭上から巨大化したちゃぶ台が料理をキャッチにしに来たバニー達を押しつぶした。生徒達と共に。
「あの中にはいなかったみたい」
 バニーと生徒を押しつぶしたちゃぶ台は小さくなってリリーの手元に戻り、ちゃぶ台の落下した場所には折り重なるようにバニーと生徒が目を回して気絶していた。
「それじゃあ、続いて広域魔法、秘儀一徹返し!エビフライバージョン」
 再びちゃぶ台を引っくり返す。バニーと生徒は反射的にそれに反応してキャッチしにいってしまう。そして、ちゃぶ台に押しつぶされた。
「カレーバージョン、トンカツバージョン、お刺身バージョン、ステーキバージョン、お寿司バージョン……」
 次々と生徒とバニーの屍の山を気づいていくリリー。リリーの怪進撃はとどまるところを知らない。
「まだ?じゃあ、とっておき!すき焼きバージョン!」
「やめえ!」
 あまりのことに呆然としていたミーナは、はっと気が付いて、ちゃぶ台をひっくり返そうとしているリリーを制止した。
「何、あなたは!」
 調子よく順調にバニーを屠って勢いに乗っていたリリーは突然の制止にあからさまに不機嫌な顔で応えた。
「この騒ぎの張本人は僕だ。倒すなら僕を倒せ!罪もない生徒たちをこれ以上巻き込むな」
「この騒ぎの張本人があなたなら、巻き込んだのはあなたじゃないの。いまさら善人面なんてしないでよ」
「う。確かにそうだけど、そっちもやっていることは無茶苦茶だろう!」
「いいのよ。正義を敢行するには多少の犠牲はつきものよ」
(……絶対、真琴お姉さまの譜系だ)
 ミーナは呆れてものが言えないでいるとリリーは小首をかしげて何やら考え込んで、しばらくしてから何か考えがまとまったのか、ぽんと手を叩いて、
「あなた、もしかして、悪い魔法少女?」
「え?あ、ああ。そう。そうだ。僕は悪い魔法少女だ」
「ええ?うっそぉ!冗談でしょう?」
 リリーはけらけらと笑い出した。自分で訊いておいて、肯定したら笑いながら否定されては面白いはずがなく、ミーナはむっとした。
「確かに格好はそれっぽいんだけど、なんかね、こう、悪役じみたところがないっちゅうか……えーと、名前は?」
「ミーナ」
 むすっとした表情のまま、ミーナはさっき名乗った偽名をぶっきらぼうに答えた。
「ふー、やっぱり偽者ね」アメリカンな仕草で肩をすくめ、「悪い魔法少女に憧れるのもいいけど、そんなことしてたら、正義の魔法少女に間違って誅殺されちゃうわよ。あたしが気が付いたからよかったようなものの、本当なら輪廻の輪から外れていたわよ」
 そんな私に感謝しなさい、というオーラをビシバシ出してリリーはふんぞり返っていた。
「なんで名前を聞いて偽者なんだよ」
 なりたくてなったわけでもないが、こうまで否定されるとなんだか口惜しくなるのが人の心理と言うんだろうか、ミーナはリリーに食い下がった。
「正義でも、悪でも本物の魔法少女なら名前の頭には修飾詞が付き物なのよ。ミンキーやらファンシーとかプリティーやスイートやったりピクシーみたいに!」
 そんなことも知らないの?それこそが偽者の証拠よ、と言わんばかりの態度でリリーは横柄に応えた。
「サリーとかついてないじゃないか」
 そんな態度をとられて大人しくしているほどミーナも大人ではない。すぐに論理の穴を見つけて反論した。
「魔法使い」
 その程度の反論でやり込められるなんて大間違いビームを目から発しながら反証した。
「それって……」
「ま・ほ・う・つ・か・い!」
 世の中、気合で何とかなるもんだと思っている気迫でリリーはミーナを圧迫してきた。ミーナの方はなんだか言い合っているのが馬鹿らしくなってきた。
「わかったよ。それじゃあ、何か頭につければいいんだな?」
「それだけじゃないわよ。やっぱり、無意味に高圧的で高笑いは欠かせないわ。挑発的な台詞とかはバリエーション豊かな方が読者も飽きないから、いくつか用意しておくこと。それから!高いところから登場してもすぐに下に下りてくること!後で登場した正義の味方がそれ以上に高いところに行かないと大変だから!」
 ミーナが門柱にずっといたために校舎の上に登らないといけなかったことを怒っているらしい。
「わかった」
「あと、男の子みたいな喋り方はやめなさいよ。魔法少女同士の戦いが興ざめになるじゃない」
「うう、わかった……わよ。これでいいんでしょ!」
「まあ、ぎこちないけど、まあいいわ。じゃあ、テイク2スタート」
「うう、なんで僕がこんな目に……」
「テイク3はないわよ。私だって忙しいんだから」
 頭を抱えているミーナににべもなくリリーは言い放った。ほとんど新人の役者と監督と言った感じである。
「あ、ご、ごめん。えーと……」
(そんな、いきなり言われてもなあ、思いつかないよ、挑発的な台詞って……そうだ!昔、お母さんが僕を挑発した時に使っていた台詞をちょっといじれば、何とかなるか。よし!)
 皆瀬和久はこうと決めれば徹底的にやる、中途半端なことなどしない真面目な性格であった。そして、今は悪い魔法少女の役を演じることに決めた。
「ん……」
 ミーナは一度、目を閉じて、一呼吸置いて、再び目を見開くと、
「きゃははははは、いくらそんなことをしても無駄なことよ、小さいお嬢ちゃん。私の魔法はそんじょそこらの魔法じゃない、パーフェクト魔法なのよ。簡単に解けるものですか!」
 それまでのおどおどした雰囲気は微塵もなく、門柱の上には高圧的な態度の少女が立っていた。何度となく演劇部に助っ人で借り出された経験がこんなところで生きるとは本人も不本意だが、役には立っていた。
 リリーはミーナの豹変ぶりに少し舌を撒いて、雰囲気に気圧されたが、こちらも気合と根性は誰にも負けないと自負する正義の味方。すぐに立ち直った。
「あなたはだれ!」
「私は暗黒魔法少女……ファンシー・ミーナ」
 いかにも!というポーズで決めて、ミーナは無事に名乗り終えた。
(やっぱり、恥ずかしい!)
 顔には出さないでいるが内面は転げまわりたいほどの羞恥心で頭の芯が真っ白になりそうであった。
「カーット!」
 リリーは殺気のこもった視線でミーナを睨みつけた。
「はへ?なんで?感情こもってなかった?」
「ファンシーはあたしの枕詞!」
(意味がない点では確かに枕詞だけど……用法間違ってるぞ)
 と思ったが、ミーナはそれを口にするのはまずいような気がして黙っていた。
「正義の魔法少女と同じにしてどうすんのよ!ファンシーなんて善玉っぽい名前じゃなくて、もっと悪役らしいのがあるでしょう!」
 リリーは地団駄を踏んで怒っている。実際にそんな怒り方など滅多に見られる代物ではない。よっぽど腹が立ったのだろう。
「だ、だって、知らなかったんだし、仕方ないじゃない」
「私を知らないなんて無知もいいところね!全くこれだからぽっと出の悪役は油断も隙もない!いいから、別の名前にしなさい!テーク3、スタート!」
「え?もう?」
「あなたは何者!」
 ミーナの事情なんてものは一切無視され、真剣な茶番劇が再開された。
「わ、私は暗黒魔法少女……ら……ラスカル・ミーナ!」
 半ばやけくそ気味にミーナは適当に目に付いた広告看板の単語を頭につけた。
「ラスカル・ミーナ!早く、みんなを元に戻しなさい!」
「いやよ。どうしても元に戻して欲しいなら、そこで三回まわってミャーって鳴いて土下座して「美麗聡明なミーナ様。どうかみんなの魔法を解いてください」と頼めば考えなくもないけど。もちろん、考えるだけだけどね」
「ミーナ!どうしても解かないっていうのね!」
「当然よ。どうしてもと言うならまずは、この私を倒すことね。まあ、あなたにはまず無理だけど、お嬢ちゃん」
「失礼ね!私にはファンシー・リリーって名前があるのよ!これでも史上最高の素質を持った正義の魔法少女!知恵と勇気に溢れた愛と希望の救世主!私の手にかかれば、あなたなんかぎったんばったんの、ぐっちょんぐっちょんの、けちょんけちょんにしてあげるわ。覚悟することね。その小生意気な鼻っ柱を地面に押し付けて上から踏みつけてやるわ。そうしてあなたは私に許しを請うことになるのよ、惨めったらしい声でね。うふふふふふふふ……ははははははは……」  リリーはとても正義の味方とは思えない台詞に自ら酔いしれていた。
(戦闘中だって言うのに目を離すどころか逝っちゃってるよ、この子)
 ミーナはほとほと呆れたが、戦闘中に自己陶酔している所を攻撃しないのは手抜き、と後で言われてはたまらないと思い、軽く一撃先制攻撃をすることにした。それに、どうも、このファンシー・リリーと言う魔法少女はミーナを見くびっているようなので、この攻撃で相手が本気になれば自分が倒される可能性も高くなる。
 そうと決まれば行動は早かった。先ず魔法で脚力を一時的に増強して門柱から飛び降りて、一気に加速して、彼我の距離を人間業とは思えないスピードで一瞬にして詰めてしまった。
(加速に魔力を使ったから攻撃にまわせる魔力は気休め程度しかないけど、ないよりましだろう)
 ミーナはスピードを落とすことなく攻撃の間合いに入ると、魔力を込めた扇子を横薙ぎに一閃した。無用心に恍惚の世界を一人彷徨っていたため全くの不意をつかれ、リリーは避けることも出来ず、扇子はリリーの身体を的確に芯で捉えた。そのまま、扇子は完全に振り抜かれ、フォロースローも美しく決まった。
 一方、リリーの身体はきりもみにライナーで吹っ飛ばされ、バニーの一人にぶつかって、もつれるように二人は出来の悪いサスペンスドラマに出てくる崖から落ちる人形のように不自然に地面を十数メートル水平に滑落した。
(牽制の一撃でなんであんなに吹っ飛ぶんだ?魔法少女の服にはダメージ軽減の魔法が施してあるんじゃないの?)
 ミーナは自分の着ているこの恥ずかしいコスチュームも生半可なことではダメージを喰らわないように魔法で防御力を上げてられている。相手も当然、それぐらいはしているだろうに。そうじゃなければ、あんな恥ずかしい格好している意味が……と怪訝に思って、不用意に間合いを詰めずに少し様子を見ることにした。しかし、リリーは相変わらず、ピクリとも動かない。
「?」
 もしかして、近付いたところを狙った捨て身の伏撃を狙って狸寝入りしてるのか?ミーナはこの距離からの攻撃を試みようとバトンに再び魔力を注ぎ込もうとした。しかし、その前にリリーと一緒にいたぬいぐるみ犬が滑るように彼女に近付いていった。
「リリー、リリー。ああ、だから、防御力を削って攻撃力にまわすのは反対だったんだ」
 攻撃は最大の防御。良くそんな台詞を聞くが、実際自分の身でそれをするものはあまりいない。もしそんなことをするものがいるのなら、それはよっぽどの勇者か、怖いもの知らずの大馬鹿者だけだろう。
(思い切った事する娘だな)
 真剣にミーナはその精神にある意味敬服した。間違っても自分はしないが。
「ん?!」
 リリーに気を取られて気が付くのが遅れたが、周囲のバニーが元の生徒と先生の姿に戻っていた。よく見ると先ほどリリーと一緒に吹っ飛ばされてのびているのは最初のバニーになった、バニー橋本だった。
 ぬいぐるみ犬もそのことに気がついたのだろう。両者の間にしばらくの沈黙が流れた。おもむろに犬の人形が気絶したリリーを魔法か何かで無理やりに立たせた。しかし、白目剥いて頭からは血が垂れているし、腕と足はだらりと垂れ下がり、糸の切れたマリオネットそのものだった。ビジュアル的にかなり怖い。
 何もなくても充分怖いのに、そこから更に力なく、リリーの腕がだらしなく上がり、ミーナの方を少し曲がった指で指差した。
「うふふ、私の作戦勝ちのようね」
 気絶したリリーの口がパクパク動き、リリーの声色を真似ようとしているのだろうが、ぬいぐるみ犬が喋っているのがバレバレである。指差していない方の腕はよく見ると脱臼しているのか、不自然なほどにぶらぶらしている。
「あなたに魔法で吹っ飛ばされたように見せかけて、実はその力を利用して私の魔法を上乗せして大元のバニーをやっつける。まさに骨を断たして肉を断つ!」
(逆だって)
「今日のところはこれで見逃してあげるわ。だけど、また悪いことをしようものなら、その時は必ず私が現れて、あなたを倒すから、そのつもりでかかってきなさい!」
 そのまま気絶したリリーを見えない糸で吊り下げたまま、ぬいぐるみ犬は去っていった。校舎の陰に消えるまでに、重さに耐えかねてか何度かリリーを落としてしまっていたが。
 リリーとぬいぐるみ犬が去った後の校庭には、リリーによって無差別に打ちのめされた生徒の屍の山から漏れるうめき声があふれていた。そして何をどうすればいいのか途方に暮れるミーナが一人残されていた。
 こうして一ノ宮中学集団バニーガール事件は一応の幕を閉じた。
 この事件を機に一ノ宮中学では校則に「バニー禁止」の条項が加えられ、そのため、その愛好家たちが集まり、密かに秘密結社バニー愛好会を発足させ、水面下で横の連携を得て、今まで以上に活発な活動をいう噂である。が、またこれは別のお話である。

「母さん!どう言うことだよ!元の戻らないじゃないか!」
 騒動が終わって気絶している生徒や先生達が目を覚ます前にとっとと退散したミーナは近所の人間に見られないように、やっと家に帰ってきたのは既にとっぷりと日が暮れたころだった。
「だって、しょうがないじゃない。正義の魔法少女に勝っちゃうんだもの。ある意味反則よ、それ。条件付けは負けること。だから解けないのは当たり前。納得した?」
 何を当然なことを言わせるのといわんばかりに物分りの悪い息子に琉璃香は説明した。
「納得いかない!」
「まあ、なんにせよ、あの魔法少女に負けるまで続けることね。でも、しばらくは無理でしょうね。あの魔法少女、潜在能力はあるみたいだけど、まだまだ力押しだけで、魔力と技術があなたのレベルまで全然追いついてないから、まず、あなたが手を抜かない限り負けないわよ」

「だから、手を抜けないんだって!あ!そういえば、真琴お姉さまは?」
 今更ながらにミーナはこの姿にした張本人のことを思い出して居間を見渡したが、真琴の姿は見えなかった。
「ここのテレビであんた達の戦いを観戦したらすぐに帰ったわよ。あ、マコちゃんから伝言。しばらく、あの子の相手よろしく。びしびし鍛えてあげて。だって」
「そんな!だいたい、こんな格好で外を歩いていたら一発で正体がばれちゃうよ。それでも構わないの?」
 世間体ってものがあるだろうとミーナは琉璃香に詰め寄った。
「それは悪の魔法少女の美学に反するわね。ええ!あなたがあの悪の魔法少女だったの!と最終回で驚いてもらわないとね」
 世間体よりも別のことで真剣に悩んでいる琉璃香を見てミーナは目眩を覚えた。
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
 そう言うと琉璃香はどこかへ電話していた。しばらくしてから居間に戻ってきた琉璃香はご機嫌な顔をしていた。それを見てミーナはかなり不安に襲われたが、自分ではどうにもならないので運を母に預けることにした。藁どころか、重りのような気もするが。
「真琴と相談して、魔法を解いてあげることにしたわ」
「あ、ありがとう、母さん!」
 思いがけない一言にミーナは狂喜した。やっぱり、何だかんだ言っても母親なのだと疑った自分を恥じていた。

「どう?」
 魔方陣を描いてちゃんとした準備を整えて琉璃香は施術しおえて和久に鏡を手渡して声をかけた。
「やった!……って、髪の毛が黒くなっただけじゃないか。こんなのバレバレだよ!」
 受け取った鏡に映っているのは黒のエナメル魔法少女服が白のブラウスとチェックのスカートの普段着に変わった以外は、ポニーテールの金髪がセミロングの黒髪になっただけの美少女ミーナが写っていた。

「そんなことないわよ。髪飾りが変わっただけでも、正体がばれないのが魔法少女の特権なんだから」
「……」
 和久は納得いかないと顔に書いて無言の抗議をした。
「世の中そんなものよ」
 しかし、そんな控えめな抗議が琉璃香の面の皮を突破できるほど甘くはなく、あっさりと跳ね返されてしまった。
「魔法を解くって言ったじゃないか!」
 やっぱり口はしゃべるためにある。和久の口は生まれてこの方、琉璃香に抗議することに少なくても五割は使用されている。
「全部解くとはいってないわよ。一部よ、一部。嘘は言ってないわ」
 あんたは詐欺師か!と叫びたくなったが、言っても無駄とわかっていたので、別方面から攻めることにした。
「父さん!何とか言ってよ!」
 いつも最終的に頼る先、和久の最後の砦に応援を依頼した。
 それまでソファーで一言も発せずに新聞を読んでいた渋い中年男性、和久の父親、皆瀬賢治は新聞を脇において、おもむろに和久をじっと見つめた。居間には妙な緊迫した空気が充満した。
「和久」
 その外見に見合った、低くよく響く良い声で和人は息子の名前を呼んだ。そして、しばらくの沈黙の後、
「かわいくなったな」
 賢治は和久をいきなり抱きしめた。
「な、何するんだよ、父さん!」
 いきなり抱きしめられてその腕の中でもがくが、大人の男に敵うわけもない。
「父さんは娘が欲しかったんだ!母さん!よくやった!今日は赤飯だ!」
 和人は片手でしっかりと和久を逃げられないように抱きながら、ビシッと親指を立てて琉璃香に満面の笑みを向けた。
「当然よ!鯛の尾頭付きよ!」
 琉璃香も親指を立ててそれに応える。
「何、なに言ってるんだよ、父さん!」
「悪いが、今回ばかりは父さん、琉璃香の味方だ。全面的に絶対的に!」
「息子がこんなになってるのに!」
「和久。父親とはかわいい娘を手放したくないものなのだ。諦めろ」
「……!」
 和久はこの憤りに何を何と言っていいか分からずに口をパクパクさせるだけだった。
「あ、かずちゃん。あなたは一応、私のいとこの子供で、我が家に下宿している白瀬美奈子って事で学校にも編入手続きしてあるから安心してね」
 魔法でそれくらいは朝飯前なのだろう。何を安心しろというのだ。
「魔法少女のときはミーナと名乗っていたんだろう。私はてっきり、偽名は美子にすると思っていたけど、美奈子。いい名前だ、かわいいぞぉ」
 父親は生えかけたひげでじょりじょりする頬を美奈子の柔らかい頬っぺたに摺り寄せた。
「何言ってるんだよ、わからないよ、父さん!」
 美奈子は気持ちの悪い頬擦り攻撃を避けようと更にもがきつづけた。もがいている途中で美奈子は重大なことを思い出した。
「母さん!白瀬美奈子はいいとして、和久はどうなるんだよ!」
「それもちゃんと考えておいたわよ。インドの山奥で虹男になるための修行に行ったと言うことにしといたから」
 抜かりはないと琉璃香はビシッと答えた。
「嘘だろ!無茶苦茶だ!学校なんか行くもんか!ぐれてやる!」
 半乱狂になって暴れようとしたが、賢治にしっかり抱きしめられているのでそれもままならない。
「あら?自分でさっき言ったじゃない、"白瀬美奈子はいい"って。言ったからには責任取りましょうね、美奈子ちゃん」
「いやだあ!」
 皆瀬家一家の夜は騒々しくも賑やかに更けていった。
 こうして二代目暗黒魔法少女ラスカル・ミーナが誕生したのであった。

「そうか、上手くいったか。ご苦労さま、マコちゃん」
 執務机に座ったまま真琴の持ってきたビデオテープを再生しながら柊陽介は冷笑に近い笑みを浮かべた。
「それで、マコちゃんの感想は?」  しばらくビデオを眺めて再び、陽介は真琴に向き直った。
「なかなか楽しませてくれそうよ。センスがいいわ。まあ、何せあの琉璃香の息子だもの、これぐらいは当然でしょう」
「マコちゃんがそう言うのなら安心だ」
 陽介は口の端をゆがめて笑うと背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見た。そこにはカラフルな衣装に身を包んだ少女達の肖像画が彩り鮮やかにずらりと並べられていた。少し古いものの中に真琴に似た肖像画もあった。
「せめて、あと一年……いや、言うまい。ありがとう、疲れただろう。もう、ビデオも明かりも消してくれて」
 真琴は指を鳴らして、小気味よい音が広い部屋に響き渡るとそれまで煌々と室内を照らしていた照明が一斉に落ち、一気に真っ暗闇になった。
「今回の収益で来月には電気と水道は支払いできそうだ。苦労かけるな」
 真っ暗闇となった中、申し訳なさそうな小声で陽介は囁いた。
「そんなこと気にしないで、あなた」

 それぞれの夜が過ぎていき、それぞれの思惑が交錯し、目に見えない何かがゆっくりとだが動き始めた。

「ちょ、ちょっと!主人公の私を放っておくなんて、どういう了見よ!」
「由利ちゃん、あんまり動かないでよ。治癒魔法かけたからましでも結構、重傷なんだから」
 なにやら奇妙な文様が書かれた包帯でぐるぐるに巻かれた少女をぬいぐるみ犬が宥めていた。
「だって、ナレーションの人、あたし忘れてるんだもん!」
「出てきて一撃で吹っ飛ばされたらねえ、文句言えないよ」
「う!ゆ、油断しただけよ。次はきっちり、三倍にして返してあげるんだから!」
「はいはい。ああ、そうだ。真琴様から伝言が入ってたよ」
「え?真琴お姉さまから?なになに?なんて?」
「えーと、読むよ。ウサギごときに負けるなんて根性が足りません。罰として、若宮神社の石段うさぎ跳びで10往復して根性をつけること。だって」
「ええ!由利、頑張ったのに!」
「世の中、いくら頑張ったかよりも結果なんだよ、由利ちゃん」
「ふえーん」
 だから、放っておかれた方がよかっただろうに。ナレーションに突っ込むから自業自得だ。
 それでは仕切りなおして、……それぞれの夜が過ぎていき、それぞれの思惑が交錯し、目に見えない何かがゆっくりとだが動き始めた。
「さっきと同じ台詞なんて手ぬ……ごふっ…………」

……つづく……のかな?

続かないかもしれないのに次回予告!
バニー事件の翌々日、通っていた学校に白瀬美奈子として転校することになったラスカル・ミーナこと皆瀬和久。
同級生から熱烈&強烈歓迎を受け、古くも新しい友達たちに流される美奈子。
そんな平和な学園生活を満喫する間もなく、確執の渦に巻きこまれ、
更にライバル?ファンシー・リリーと星の国の五角形の脅威が天空より襲いくる。
絶体絶命のラスカル・ミーナ。
第二話にして最大の好機。
このまま敗北し、平凡な男子学生に戻ることができるのか?
遠日公開未定!!!

あとがき
先ずは何をさて置きまして、最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
皆様、はじめまして、南文堂と申します。こっそりと絵師として活動を開始して筆の先も乾かぬうちに勢いで投稿してしまいました。
お話を書くのは初めてで、どうやって書けばいいか分からずに、ただ勢いだけで書いてしまいました。
もし感想等をいたでけるのであれば嬉しい限りです。





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