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 第3章までを“さんしょう(参照)”♪
瑞巴「オヤジギャグにも劣るのを自慢げに言うなよ! ちゃんとあらすじを紹介しろよ! えーと、怨霊の桃香に取り憑かれた俺は女にされてしまった。一時的に男に戻れたが、今度は体の自由を奪われて、あいつのやりたい放題。……雅宣、俺のこと変な奴と思っただろうなぁ。桃香の馬鹿やろぉ!」
桃香「人のせいにしないでよ!」



お憑きあいしましょう

作:南文堂




第4章

 瑞香は体育館の裏で壁に背中を預けて、何するわけでもなく、手持ち無沙汰に待っていた。じっと待っているだけなのに、全速疾走したかのように心臓の鼓動が妙に大きく耳に響き、「落ち着け、落ち着け」と彼女自身に言い聞かせては、何度も深呼吸をしていた。
 瑞香は伝えたいことがあると言って、放課後にここで落ち合う事を雅宣と約束したのだ。時間に几帳面で、相手よりも先に来ることの多い彼だが、ちょっと用事で遅れてしまっているらしい。そんな珍しい貴重な時間を使って、瑞香は彼女自身の気持ちの昂ぶりを抑えていた。『男』を賭けた大勝負。決して失敗は許されない。
 そこへ雅宣が小走りにやって来るのが見え、せっかく落ち着き始めた瑞香の心拍数はインフレを起し、体中が心臓になったかと彼女に錯覚させた。
 真面目な雅宣はあまり待たせてはいけないと、ずっと小走りで来てくれたらしく、ほんの少しだけ、息が乱れていた。
「待たせて、わるい」
 雅宣は瑞香に駆け寄って声を掛けた。二人以外、あたりには誰もいなかった。
「あ、ううん、そうでもないよ」
 瑞香は心臓の鼓動を聞かれないかと不安に思いつつ、平静を装って答えた。努力の甲斐あって、心臓の鼓動は気が付かれなかったが、だいぶんと待っていた事には気がついたらしく、
「わるいな、ほんと」雅宣はもう一度謝ってから、
「で、伝えたいことってなんだ?」単刀直入に本題を尋ねた。
 質実剛健。そういう性格で、ある人にはそっけないように思えるが、瑞香はそういう性格は好きだった。
「あ? ああ、伝えたいこと、な」
 瑞香は絶対に忘れないのに、今まで忘れていたかのような風を装って、時間を稼いだ。とにかく、一秒でも気持ちが固まる時間が、いや、勢いが欲しかった。
「何だよ、らしくないな。いつもは言いたいことズバズバ言うくせに」
 歯切れの悪い物言いの瑞香に雅宣は怪訝な表情を浮かべた。
「あ、ああ……」
 しかし、瑞香は曖昧な返事を返して沈黙してしまった。今、目に前に鏡があったなら、言葉以上に曖昧な表情をしているだろうなと、心のどこかで冷静な彼女が苦笑していた。
「……」
「……」
 これまで、二人の会話でこれほど長く沈黙が続いたことは、今までなかった。
「おい? どうしたんだよ、ほんとに。いつもらしくないな。伝えたいことがあるって、こんなところに呼び出すのも変だけど、ほんと、どうしたんだよ」
 沈黙の重苦しさに息が続かずに、雅宣が瑞香に詰め寄った。剣道部のエースで上背のある雅宣に対し、背の低い瑞香の取り合わせなので、自然と覆い被されたような格好になる。外観的にはラブラブカップルのようだが、語気は恋人同士のそれよりきつく、声にはたくさんの心配と、ほんの少しの苛立ちが含まれていた。
「……」
 それでも踏ん切りがつかず、瑞香は顔をそむけて沈黙を続けた。
「おーい。起きてるかー?」
 いつもと様子の違うことに不安を感じながらも茶化すように雅宣は呼びかけた。
「……だ」
 吐息をも感じ取れるぐらい近くの雅宣にすら聞き取れない程、小さな声で瑞香は横を向いたまま呟いた。そんなに小さく呟いただけなのに、大観衆の前で喋る以上の羞恥心が彼女を襲って、顔を真っ赤にしていた。
「!? なにか、言ったか?」
「……きだ」
 もう一度、瑞香は言った。やっぱり、羞恥心が沸き起こる。もう何も言えないと顔を伏せてしまった。
「何て言ったんだよ。はっきり言えよ。こっちを向いて!」
 雅宣はいい加減苛立ちが募って肩を掴んで大きな声をだした。瑞香は突然の雅宣の行動に驚いた表情を見せたが、すぐに一つ深呼吸をし、覚悟を決めたのか、肩を掴んだ手の二の腕あたりにそっと自分の手を添えて、きっちりと雅宣の目を見据えた。
 その今までおどおどとしたものが払拭された瞳の色に雅宣はどきりとして、ほんの少しだけ身体を後ろに反らせた。
「――っと、言う気になったか?」
「あ……あ、あたし、あなたの事が……好きなの! 付き合ってくださいっ!」
 瑞香があらゆる勇気と根性を搾り出すようにして、告白した。
「…………な、なにぃぃぃぃ!」
 衝撃の告白に一瞬思考が停止していた雅宣は、思考が再開して告白を理解すると悲鳴をあげた。
「真剣なの。本気なの! あ、あたしの気持ちを……」
「ちょ、ちょっと待て!」
 一度決壊するとあとは溜まっていたものが溢れ出るかのように瑞香は喋りつづけようとしたが、雅宣はそれを押し止めた。
「?」
「お、お前と付き合えるわけ無いじゃないか!」
 雅宣はそう言って、瑞香に困った顔を見せた。まさか、そんな事を言われるとは夢にも思わなかったという表情である。
「…………だめか……そうだよね。あたしなんかと、付き合ってくれるわけないよね。がさつだし、全然、胸もないし、可愛らしくもないし……」
 瑞香は希望が絶望に変わり奈落の底から汲み上げた暗澹たる空気を周囲に撒いていた。
 桃香の未練を果たせないで元に戻れない事とともに、それとは別の何かしら、心の奥底から湧き出た奇妙な感情に瞳を潤ませた。
「な、何言ってるんだよ、お前。ホモじゃないんだから付き合えるはずないじゃないか」
 瑞香の潤んだ瞳を見て雅宣はおろおろとしながら、そう応えた。
「ホモ? なんで? あたし、女の子なのに……」
「何言ってるんだ、お前は男じゃないか、瑞巴」
 雅宣はどこから出したのか姿見の鏡を瑞香の目の前に置いた。そこから覗く鏡の国には、柔らかい女性のような顔立ちだが、角張った体つきをした、まぎれもない少年が、学校指定のブレザーとスカートを穿いて、目を丸くして驚きの表情を浮かべ、こちら側を見ていた。
「おとこぉ?!」
…………………………
 肌布団を跳ね飛ばして瑞香は跳ね起きた。寝汗で額に張り付いた前髪の不快さも目覚し時計の針も今は関係ない。瑞香の可及的速やかに確認する事項は二つ。パジャマの前をはだけて、胸のふくらみの有無を確認する事と、パジャマのズボンの口から手を突っ込んで、股間のふくらみの有無を確認する事であった。
「ある! ない!」
 瑞香はその場に本当にへたり込んだ。
「ああ、もう! 夢だったの! そうよね、そう簡単に男に戻れるわけないわよね」
 瑞香は自嘲しながら、清々しい朝には不似合いなため息をついた。
(ふぁああ、おはよう。それにしても、あんたって早起きね。あれだけ惰眠を貪りたがって癖に)
 ため息以上に朝には不似合いな幽霊の桃香がそれにあわせて目を覚まし、瑞香の頭の中に声を響かせた。その声を聞いて瑞香は頭痛の種にこめかみを引きつらせた。
「あなたのせいよ。全く、変な夢しか見ないんだから、目覚めが悪いったらないわよ」
(あなたが勝手に見る夢まであたしのせいにしないでよ。夢はその人の願望が反映されるって、前にテレビで言ってたわよ。で、どんな夢だったの?)
 瑞香は夢の内容を思い出して赤くなった。
「そ、そんなの言えないわよ、莫迦!」
(せっかく、夢判断してあげようって言うのに……)
 桃香は夢の内容を話さない瑞香に不満一杯にそう言った。おそらく、顔が見えればむくれている事だろうことは容易に想像できた。
 まさか、雅宣に告白する夢だなんて瑞香は口が裂けても言えなかった。思い出すのも恥ずかしかったが、夢に見たということは、桃香の言う通り、瑞巴の心が雅宣に対してそういう感情を少しでも持っているということになり、瑞香は愕然とした。雅宣にはどう転んでも、男同士の友情以外は芽生えないと、たかをくくっていただけに、かなりショックであった。瑞香は自分にもともと、そのケがあるんじゃないかと、真剣に思い悩んだが、女になったせいだと、決め付けることにした。
(……夢の内容ぐらい話してくれてもいいじゃない。まったく、男のくせにケチなんだから)
 瑞香が色々と考えている間、桃香はずーっと文句を言っていたらしい。
「なにがケチよ。あなたのせいで、自分の通ってた学校に転校しなくちゃいけないのよ。こんなのあたしぐらいよ、きっと」
 このまま色々と言われるのもうっとうしいと瑞香は話題をすりかえた。
(そうかな? 意外にたくさんいるかもよ)
「冗談! そんなにいて、たまりますか! はあ、でも、まさか、女子の制服を着る羽目になるなんて……」
 ハンガーに掛かった新品の制服を見て、瑞香は再びため息をついた。文化祭のときにクラスの女子達が瑞巴に強引に制服――とりわけスカートを――を着せようとして襲われた事があった。無論、断固拒否して、校内中を逃げ回ったことを思い出した。男のまま女子の制服を着るのと、女になって女子の制服を着るのどっちが恥ずかしいか比べてみたが、究極の選択じみているようで瑞香は考えるのをやめた。
 瑞香は顔を洗って、それなりに手馴れてきた手付きで下着をつけると半袖のカッターに袖を通して、スカートを穿き、リボンタイを結んで、柔らかい髪に櫛を入れて髪型を整え、ネックレスにした5円玉を首にかけると食卓へと向かった。
「おはよう、瑞香ちゃん。ちゃんと起きれたみたいね」
 朝食の準備をしていた朋美が彼女の姿を見て微笑を浮かべた。
「おはよう、お母さん。あたしだって、自分が起きるって言った時間ぐらいには起きるわよ」
 爽やかな気分とは裏腹の瑞香は少し仏頂面で挨拶を返した。
(おはようございます、お姉さま。いつもはもっと遅いんですか?)
「遅いも遅い。毎日遅刻ギリギリよ。こんなに早く起きるなんて珍しい。槍でも降るんじゃないかしら?」
「お母さん! いいすぎっ」
 朝の挨拶が済んで食卓を眺めると、今朝の献立はバターの塗ったトーストに目玉焼き、サラダ、牛乳。洋風の朝食メニューであった。
「一応、瑞香ちゃんのご希望通り、トーストにしたけど、和食党の瑞巴がどういう風の吹き回し? 女の子になったせい?」
「違うわよ。桃香の未練をとっとと果たす大作戦にどうしても必要なのよ」
(あたしの未練とトーストが何の関係があるのよ?)
「ふふふふふ、よくぞ聞いてくれました! 冴え渡るあたしの灰色の脳細胞が紡ぎだした完璧無比な大作戦。その名も『偶然って運命だよね大作戦』!!」
 瑞香は大威張りでその独特のネーミングセンスの作戦名を発表した。
「……まさかと思うけど」
(トースト咥えて、「遅刻、遅刻ぅ〜」)
「角を曲がったところで、雅宣君とぶつかって」
(二人は入れ替わらないけど、あんたは弾き飛ばされて派手に転ぶ)
「雅宣君は『大丈夫?』と優しく手を差し伸べてくれる」
(あなたは、『は、はい。ありがとうございます。大丈夫です』と答えて起してもらう)
「『ごめんなさい、急いでたから』とぺこりとお辞儀して去っていく」
(その後、転校生紹介で教室に入って、わざとらしく『あー! 今朝のぶつかった人!』とあなたが言うと、担任の先生が『何だ、藤沢と知り合いか』とか言って席が隣になって、急接近。お互いに意識するようになって)
「いつしか恋に落ちる。と言うんじゃないでしょうね?」
「その通り。よくわかったわね。幸い、雅宣の登校するルートや時間は把握してるもん。待ち伏せして、わざとぶつかるなんてお手のもの。偶然と言う名の運命で雅宣のハートをゲットして、未練を果たすなんてお茶の子さいさいよ」
「……我が子ながら――」
(本当にどうしようもなく――)
「(おばかさんだわ)」
 二人の綺麗なハーモニーが瑞香の鼓膜を内外から揺らした。
「なんでよ! お父さんの書庫にある地球式恋愛指南書(しょうじょまんが)みて勉強したのに!」
(昨日、少女漫画を読み漁っていたのは、そのせい? 呆れた……)
「まったく。いい? 瑞香ちゃん。その作戦には致命的な欠点があるのよ」
(お姉さま、ビシッと言ってやってください)
「欠点って、なによ!」
 剣幕を立てていた瑞香は朋美に気圧されて、少したじろいだが、それでも反論した。
「こんな早い時間に『遅刻、遅刻ぅ〜』なんて不自然だわ!」
 朋美はビシッと瑞香を指差した。
(……お、お姉さま?)
「うっ! 珠久瑞巴一生の不覚! でも、雅宣、剣道部の朝練で早いんだもん……」
 頭を抱えて瑞香は自らの負けを認めた。
「そうよ。だから諦めなさい」
(あの〜、ちょっといいですか?)
「うちは神道よ♪」
(……誰も宗教の勧誘はしてません。もし、藤沢君が遅刻ギリギリに来るタイプだったら?)
「それなら、完璧だったんだけどね。残念ね、桃香ちゃん」
「まったくよね。……せっかくいい作戦なのに……」
 瑞香はまだぶつぶつ言いながら、トーストを咥えた。
 ちょっと取り憑く相手を誤ったかも……と桃香はそこはかとなく後悔をよぎらせていた。
(ねえ、そんな不自然な事しなくても、瑞巴の妹っていう設定があるんだから、親友の妹萌えっていうのもあるんだし、もっと、自然な形で近づきましょうよ)
「インパクトがあったほうがいいと思ったのに……桃香も時間さえクリアできれば、いい作戦と思うでしょう?」
(え? あ、うん。まあ、お約束だから、インパクトはないかも……)
 桃香はお約束だが、実際にやったらインパクトは爆発的にありすぎて対象者が場外ホームランしそうである事は言わないでおいた。
「うーん、インパクトねぇ……」
 朋美も腕組みして考え込んだ。
「うーん……やっぱり、猫を拾っての方が……」
(あ、あんまり凝らない方がいいんじゃない? それよりも転校の挨拶考えておいた方がいいかも)
 瑞香がまた怪しげな作戦を立案する前に桃香は話題を変えた。
「挨拶? そんなの、名前言って、趣味の一つでも言えばいいんだから、楽勝よ」
 瑞香は余裕綽々で答えると、サラダを頬張った。

 担任の香川先生の横に立って、瑞香は緊張して固まっていた。
(朝は余裕だったくせに、がちがちじゃない)
 瑞香は桃香の呆れた口調にも反論できずにいた。クラスメイトに注目され、まるで女装しているのを見られているかのような感覚に襲われて瑞香はカチコチになっていた。女の子の暗示が掛かっていても、そうなのであるから、ここでくしゃみでもした日には、神の領域に近いスピードで逃げ出すこと請け合いだった。
「……と言うわけで、今日、転校してきた珠久瑞香君だ。名前を聞いてわかるように、昨日転校した珠久瑞巴君の双子の妹だ。瑞巴君とはタッチの差で入れ替わりになったようだな。残念だったな。えー、みんな仲良くするように。じゃあ、自己紹介……できるかな?」
 明らかに緊張している瑞香を見て香川先生は不安げに訊いた。
「は、はい。だ、大丈夫です。え、えーと、珠久瑞香です。小さいときに親戚の家に預けられていて、兄がいたことも最近知りました。え、えーと、趣味は寝る事……っじゃなくって、読書と写真撮影ですっ。みなさん仲良くしてください、よろしくお願いします」
 瑞香はぼろぼろの挨拶ながら勢いよく頭を下げてお辞儀した。優雅さには欠けるが、初めての面々を前に緊張した女の子と言う風に見えたのだろう、クラスメイト達は好感と親近感のこもった暖かい拍手が返ってきて、瑞香を少しはホッとさせた。
「趣味が、読書と写真と寝る事って言うのはお兄さんの瑞巴君と同じだな。やっぱり、離れて暮らしていても双子は似るのかな?」
「え、えーと……」
 瑞香はひねりも加えず、そのまま瑞巴の趣味を瑞香の趣味にした軽率さに気が付いて、言葉に窮した。
(ほーら、言わんことじゃない)
「まあ、関係ないか。だが、くれぐれも授業中は寝ないでくれよ、お兄さんみたいにな」
 しかし、香川先生が答えに困っている瑞香の頭をぽんと叩いて話題を切り上げてくれたので、彼女はホッと安堵の息を吐いた。
「――それじゃあ、そうだな。席は珠久瑞巴君が座っていた席でいいだろう。あの、空いている席に座ってもらおうか」
「は、はい」
 瑞香が席につくとちょうどチャイムが鳴り、朝のホームルームが終わった。
 休み時間になった事をいい事に瑞香の周りに女子が集まってきた。あとはお決まりの質問攻めで、瑞香は桃香の助けを借りて何とか切り抜けていった。男子も何人か混じっており、色々と聞かれたが、答えに窮するような質問をされても、困っていれば質問した人間が責められるので、差し障りはなかった。
「こういう時って女子は得だな」
 瑞香は今まで、瑞巴の時はちやほやされると言う経験がなかったので、ちょっとしたお姫様気分を楽しんでいた。
「あれ? 珠久さん、ネックレスしてるの? どんなの、見せて」
 いい気分で油断していた瑞香は、女子の一人に服の下に隠しておいたネックレスの紐を目ざとく見つけられ、それをひょいと摘み上げられた。
「あっ」
 と、瑞香が気が付いてそれを押さえる暇もなく、服の中から引き出された五円玉が白日の下に晒されて、瑞香を囲んだ集団に沈黙が流れた。
(ど、どうして、首からぶら下げておくのよ。カバンにしまっておけばいいじゃない!)
 桃香の瑞香を罵倒する声が頭の中に響いたが、この事態を予測していた瑞香は大して慌てることなく、その言い訳を口にしようとしたが、その前に男子の一人が、
「まさか、ご縁がありますようにって、おまじないじゃないよね?」
「まさか! そんなのオヤジギャグにも劣るって、ねえ?」
「……」
(……もしかして、そのまま言われた?)
 瑞香は用意していた答えを先に言われて追い詰められたが、この場を何とか取り繕わなければと、レッドゾーンまで頭の回転数を上げた。
「……え、えーとね。その5円玉は、何の変哲もない5円玉に見えるけど、あたしにとってはとっても大切な5円玉なの。……昔、あたしが赤ん坊だったときに里子に出されて、その時にお父さんとお母さんがくれた5円玉らしいの。なんでも、熊野大社で清めてもらったとか。5円玉に稲穂がデザインされてるでしょう? ほら、熊野大社は稲穂と深く関わりがあるから……。あ、何で5円玉かだよね、もしかしたら、『ご縁がありますように』ってことかもね」
 瑞香はとっさに思いついたことを未整理で口の端に乗せた。
「……」
「あはは、ちょっと変かな?」
 瑞香にもそんな出鱈目の理由が通用するとは思っておらず、無理は承知で後は笑顔と愛嬌で誤魔化そうと笑ってみたが、どうも顔が引きつって上手く笑えなかった。
「……ううん。そんな事ないよ。ごめんね」
 五円玉を引き出した女子がすまなそうに謝ると、周りの生徒も「変じゃないよ」「うん、ご縁がありますようにって、いいじゃない?」などと口々に言っていた。それでも何とも気まずい雰囲気があたりを包んで、そこにいた全員が息苦しさを感じたが、そこへタイミングよく授業の予鈴が鳴り、それをきっかけに集まった生徒たちはそそくさと自分の席へと戻っていった。全員が席に戻って瑞香はホッと一息ついた。
(よく、あんなんで、みんな納得してくれたわよね)
 瑞香は桃香の意見に「まったくだ」と頷いて、人のいいクラスメイトに感謝した。
(それにしても……藤沢君が混ざってなかった)
 桃香が不意に不服そうな声で集団の中に雅宣が混じっていなかった事を指摘した。
「そういうキャラじゃないからね」
 と言うよりも、女子ばっかりの中へ飛び込んでくる男子はある意味、勇者であった。軟派も極めれば硬派である。
「まあ、焦らない、焦らない。その内いくらでもチャンスはあるわよ」
 難関を潜り抜けて安心しきった瑞香が軽い調子で桃香に答えた。
(でも……)
 桃香が何か言おうとしたが、1限目の国語教師が教室に入ってきたので、そこで話は打ち切られた。

 藤沢雅宣。剣道部のエース。女子に意外にも人気があるが、硬派な印象のために浮いた噂もなく、ファンの女子も遠くから見る事で満足しているらしい。雅宣もそう言った面では臆病なのか、ファンの女の子に声をかけることはなかった。
「もったいない」
 瑞巴だった頃に雅宣にそう言ったことがあったが、剣道したり、瑞巴とつるんでる方が楽しいと返されて、嬉しいやら恥ずかしい気分にさせられたことを思い出して瑞香は苦笑した。
 なんにせよ、瑞香が雅宣と接触するには、こちらからアクションを掛けて行くしか道はなかった。がしかし、雅宣の性格からも、ファンの女子も多いことからも、あからさまに動くのはあまり得策とは言えない事を瑞香は桃香に語った。
(じゃあ、どうするのよ)
「知ってる事を知らない事になっている利点を使うしかないわね」
(?)
「まあ、見てなさいよ」
(あんたの場合、それが見てられないから不安なのよ)
 桃香は今朝の瑞香発案の大作戦を思い出して、そこはかとなく不安になった。
 瑞香は休み時間になると仲良くなった女子、松前佐代子(まつまえ・さよこ)のところへ行った。彼女は気さくな性格で、一見男勝りに見えるが、思いやりがあり、優しい性格から男子、女子とも人気があり、クラスの中心的人物であった。
「えと、松前さん」
「サヨでいいのに」
 佐代子は瑞香にそう言うと、瑞香は照れたような困った顔をしていたので、苦笑を浮かべて話を本題に戻した。
「で、なに、瑞香?」
「あ、あの、……サヨ。松林高校って、剣道部、強いの?」
「剣道?」
「うん、あたし、剣道見るの好きなの。試合とか見に行きたいんだけど、予定とか知りたいけど、どうせなら、強い方が応援のし甲斐もあるじゃない。どうなのかなって」
「ふーん、珍しいものが好きなのね、普通、サッカーとか、野球とかなのに」
「そうかな? ほら、芸能人とかでも経験者、多いじゃない」
「そう言えば……そうね。テレビとかでも対決とか、やってたわね」
「そうそう、チャ○アスの○鳥なんて、お嫁さんを貰うときにお嫁さんのお兄さんに『妹が欲しくば、勝負しろ』と言われて、剣道で勝負したらしいわよ。勝負はお兄さんの惨敗だったらしいけど」
「へえ、そうなんだ。うーんとね、うちは女子の剣道部はなかったわよ、確か」
「残念。でも、別にやりたいわけじゃないし。男子は?」
「男子は、そこそこ強いみたいよ。あっ、そうだ! 藤沢君!」
 佐代子が手を挙げて教室の後ろで窓の外を眺めていた雅宣を呼んだ。それを見て、瑞香と桃香は心の中でガッツポーズしたのは言うまでもなかった。
(やるじゃない)
 桃香の声に当然、と瑞香は答えて心の中で鼻を鳴らした。
「何か用か、松前さん?」
 無愛想に雅宣は瑞香と佐代子の所へやってきた。女になって改めて雅宣を見ると、男の時に見ていた時より、長身で細身と思っていた体つきもがっちりとしたものに見え、視点が違うだけで、こうも見え方が違うとは瑞香は少なからず驚いていた。
(なるほど。女子が雅宣を『逞しい』とか言っていたのが、なんとなくわかるな)
「あのさ、瑞香が――珠久さんが剣道に興味あるんだって、それで試合とか応援に行きたいらしいんだけど、予定とか教えてあげてよ」
「ああ、あとで予定表を貰ってくるよ。それだけか?」
 雅宣はつっけんどな物の言い方をして、その場を離れようとした。
(なんか、ものすごく不機嫌だよ。なんで?)
 瑞香は心の中で知らないよ、と答えて、不機嫌な雅宣に何か言うべきかどうか、おろおろしていた。
「なんか、そっけないわね。藤沢君、珠久君と仲良かったんでしょ? 親友の妹なんだから、もっと親切にしてあげなさいよ」
 しかし、瑞香の代わりに佐代子が雅宣を引き止めて抗議してくれた。
「あいつ、妹がいるなんてこと一言もそんなこと言ってなかったがな」
 雅宣は憮然としてそう言った。それを聞いて、瑞香は「しまった! 言うのを忘れてた!」と顔面蒼白になり、桃香も(莫迦、間抜け、おっちょこちょい!)と自分が瑞巴だったのを棚に上げて罵った。
「え、あ、あの、兄は、瑞巴はあたしの事、あたしがこっちに来てる事、知らないんです。会っちゃいけないって決まりがあるから、あたしが来るって知ったら、兄が修行に行くのを一日遅らせたりしかねないから、知らせるなって……」
 瑞香は仕方なく、設定を一つ増やしてこの場を乗り切る事にした。嘘に嘘を重ねてそのうち自重で崩壊するかもしれないと不安があったが、そうとも言っていられない。
「はあ、さすがは神社ね。里子といい、あたしらの知らない世界だわ。瑞香も大変ね」
「それじゃあ、遅らせれないぐらい、一週間ぐらいずらせばよかったんじゃないか?」
「莫迦ね。珠久君が修行に言っている間しか、お父さんとお母さんといっしょにいられないのよ。いつ終わるかわからない修行だけど、下手して、一ヶ月で終わって帰ってきたら、一週間もずらしたら大きいわよ。それに、今まで離れ離れに暮らしていたんだもの、一日でも早く会いたいっていう瑞香の気持ちもわかんないわけ? ほんと、男って、鈍感で自分勝手ね!」
 佐代子の思いもしないフォローで崩れかけた設定はなんとか持ち直した。
「……わるい」
「あやまんなら、あたしじゃなくって、瑞香に謝りなさいよ」
「……ごめん、珠久さん」
「う、ううん、いいのよ。気にしてないし、それに、私のわがままが元で嫌な気分にさせたんだから、その、こっちこそ、ごめんなさい」
 瑞香は、嘘をついている罪悪感が、謝られる事で余計に居たたまれない気持ちが募って、できることならこの場から走って逃げたいが、何とかそれだけは抑え込み、この場にいることが自分への罰なのだと信じて、悲しみを含んだ微笑を浮かべた。
「……瑞香、今日放課後は? 何か用事とかある?」
 それを見ていた佐代子は少し考えてから、おもむろに瑞香に訊いた。
「え? 別に何も用事はないけど」
「うん。それじゃあ、藤沢君は罰として、あたしと瑞香に放課後、剣道部の練習を見学させる事。いい?」
「え? ああ。別にいいが、見てても楽しくないぞ。剣道の練習なんて」
「そんな事ないわよね、瑞香? あたしも剣道の練習って見たことないから、楽しみ」
「う、うん、そうね」
(何だか、話がいい方向に進んでるわね。これで、剣道部に出入り自由を獲得すれば、一緒にいられる時間も増えるじゃない)
 桃香は気楽にそういったが、あまりにも上手く行き過ぎると、どこかに落とし穴があるんじゃないかと瑞香は不安になった。
(心配性ね。サヨも一緒に付いて来てくれるんだから、心配ないわよ)
 桃香は楽観的にそう言って、さっきとは桃香と瑞香の気分は逆転していた。





あとがき
 お読みくださって、ありがとうございます。
 週刊『お憑きあいしましょう』。お楽しみいただけたでしょうか?
 よかった、間に合って。できたてのホヤホヤです。あついので注意してお召し上がりくださいね。って、もう読み終わってますね(笑)。
 さて、5章は……また、一人増えます(汗)。本当に終わるんだろうか、これ……(苦笑)。






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