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姫神奇譚 外伝第九話

「お熱い方程式」


作:南文堂
(原案:亜希みちる)




 燃料電池の電圧低下。
 全てが順調に進んでいたプロジェクトが一瞬にして崩壊した。
 軌道逸脱。
 観測員が悲鳴に近い声で報告を次々と読み上げる。
 軌道修正不可能。
 正副予備全てがシステムダウンしては、なにも出来ない。後はただ落下する箱でしかない。
 救出限界時間算出。
 落下するまでは時間がある。今からロケットを飛ばしても間に合う。だが、間に合わないものがある。
 酸素残存量。
 乗組員二人分を生かしておくだけの酸素は船内にあと40時間分。現在準備している救助プランでぎりぎり、1時間足りない。その時間も全てが上手くいっての理想値である。
「シット!何も出来ずに指をくわえて見てるだけか!」
「落ち着け、スミス。俺らが冷静にならなくちゃ、どうやって、あの二人を救うんだ。とにかく、少しでもシステムを回復させて二人とも助かるようにするんだ。もう一度行く
ぞ。A−24からだ」
 しかし、繰り返される地上でのシステム復旧シュミレーションは、ほぼ絶望的であった。
「ヘルメスの打ち上げ準備は不眠不休の急ピッチで進められています。これ以上は無理です!」
「急がせろ!」
「燃料の積み込みがどんなものかは知っておいででしょう。ここで、事故でも起こせば全てが水の泡です」
「SFじゃなんだぞ!いったい、何が!くそ!あの衛星軌道上の残骸の中で、こんな深刻な被害を与えるものはなかったはずだ!」
 所長が机を壊さんかばかりに叩いた。 急ピッチで進められている救助船の打ち上げ準備は史上最高の速度で進んでいたが、関係者には蝸牛の歩みにも劣って見えた。

『そっちは暑いだろう?夏だからな』
「ああ、みんな半袖でも汗だくだ」
『ははは、こっちは涼しいぞ。今、マイナス21……いや、22度になった』
「羨ましいな、チャーリー。絶対、君にこの灼熱地獄を見せてやるよ。あんまり暑すぎてわいせつ物陳列罪で捕まるぞ」
『そいつは楽しみだ、ミッシェル。こう見えても立派だから驚くなよ』
「それならケビンの方がすごいだろう?なあ、ケビン?」
『あ、ああ』
「元気がないな。奥さんが待ってるぜ。あんまり帰りが遅いと俺が代わりに家庭訪問するぜ」
『ああ、そいつはありがたい。だけど、うちの奥さんは面食いだからな、玄関を開けてくれんだろう』
「そいつは行ってみてからのお楽しみだ。また、連絡する。交信終了」
『ゆっくりするよ、交信終了』
 船内の凄惨さが予想のつくミッシェルは交信を切ってから俯いて組んだ拳に力を入れた。
「死ぬんじゃねえぞ、二人とも」

「チャーリー」
「なんだ?ケビン」
「救助が来るまでは早くて42時間後。船内の残存酸素量が40時間分。2時間息を止められるか?」
「インドでヨガの修行でもしてればよかったな」
「ああ、まったくだ。……二人で40時間。一人なら80時間」
「……ケビン?」
「可愛い娘さんがいたな、確かマリーちゃん。8つだったけ?」
「ああ……」
「心配だろう?」
「当然だ……ケビン、お前……」
「安心して俺に任せろ」
「……普通は逆だろう?こう言う場合」
「俺は新婚だ」
「俺のところも気分は新婚だ」
「ふざけるな。二回も浮気したくせに」
 チャーリーの女好きは有名である。「女をより深く知りたい」それが彼の口癖であった。
「浮気だ。本気じゃない。それはお前も同じだろう?」
 ケビンの女癖も有名だった。「女をもっと感じたい」それが彼の口癖だった。
「俺は博愛主義者だからいいんだよ」
「薄情な愛情の主義なんて宇宙に捨てた方がいいな」
「不法投棄は刑務所行きだぞ」
「行けるんならいくらでも行くよ」
「まったくだ」
「それにしても……」
「ああ、それにしても……」
「「むさい男二人で心中なんて、ごめんだ」」
「そうなのですか?」
突如として船内に現れた若い女は豊かな黒髪を無重力の中で泳がせて、赤みがかった瞳を不思議そうに光らせていた。
「な!」
「に!」
 チャーリーとケビンは硬直した。突如として船内に現れた若い女は豊かな黒髪を無重力の中で泳がせて、赤みがかった瞳を不思議そうに光らせていた。
「お二人とも、男二人で心中したくないと言いますと、どういう風にしたいのですか?」
 二人が硬直していることなどまったく眼中にない古都音は、気にすることなく二人に尋ねた。
「お前、どこから!」
 辛うじて正気を取り戻したチャーリーがまず、当然の事を聞いた。しかし、古都音がその答えを言う事はなかった。
「どうしたい?!決まってるだろう!若い女だよ。ぐっと来てパッとするグラマーなロリ顔の女なら言うこと無しだ!」
「ケビン!血迷ったか!俺達は幻覚を見てるんだ!こんなところに若い女がいるはずない!」
「幻覚?!こんなにはっきりしているのにか?幻覚!?なら、なお結構だ!何言ったって構わしねえ!」
「くっ!……お、俺は、清楚な女だ。長い髪、あんたみたいに黒い長い髪で色白の顔立ちは優しい方がいい。胸はない方が、小ぶりな方がいい」
「ロリコン親父!」
「人の事言えるか!」
「お二人とも喧嘩なさらずにどちらの願いもかなえます」
「「ほ、本当か!」」
「私はインディアンではありませんが、嘘はつきません。……はい、いいですよ。それでは、ごきげんよう」
 古都音は船内より姿を消した。
 ケビンの髪は黒く染まったかと思うと長く伸び、身体も小柄になり着ている宇宙服にサイズが合わなくなって全て脱ぐとスレンダーな大人しそうな少女に姿を変えていた。
 一方、チャーリーは金髪が伸びて頭の両脇にリボンでまとめられると、腰と胸以外は宇宙服のサイズが合わなくなり、グラマーな肢体を晒した。
『どうしたんだ二人とも!急に心拍数が上がってるぞ!』
 センサーの異常に気付いたミッシェルが通信をしてきたが、二人とも宇宙服を脱いでいるので聞こえない。
『応答しろ!チャーリー!ケビン!』
 センサーの心拍数は更に上がり、体温の上昇も見られた。
『何があったんだ!』
 ミッシェルの声がスピーカーからかすかに漏れていたが、二人の耳には届かなかった。
「可愛いよ」
「きみこそ素敵さ」
「夢みたいだ」
「そうさ、これは夢さ。とびっきり甘美な」
「あ……」
『心音フラット?!体温急低下?!センサーを外しやがった!……おい?何している!酸素残量が急に減り始めたぞ!おい!応答しろ!』
 40時間後。救助に駆けつけた宇宙飛行士がその船内で見たものは、二人の裸の女性の遺体であった。

「主人は幸せです。子供の頃から夢だった宇宙で死ねたのですから……」
 奥さんは墓前でインタビューにそう答えた。
(ええ、確かに幸せでしたでしょう。もう一つの子供の頃からの夢も叶ったのですから)
 救助に向かった宇宙飛行士が、その放送を見ながら、チャーリーとケビンのコンピュータのお気に入りサイトからいくつかのサイトを削除した。

「古都音様ぁ、どこ言ってたんですか?みんな待ってますよ」
「ちょっと、そこまでお散歩に」
「はあ。最近多いですね。この間なんて袖を破ってましたし、一体、何処へいってるんですか?」
「涼しいところですよ。ああ、良いことをした後は疲れますわ。さあ、飲みに行きましょう」
「ま、待ってくださいよ、古都音様」
 流れ星が一つ流れた。



あとがき
やっぱり変な話は書いてて落ち着く南文堂です。皆様楽しんでいただけたでしょうか?
短い話はまとめるのが難しくて結局まとまらないので、台詞中心の話になってしまいました。
ちなみに「アポロ13」と「冷たい方程式」がモチーフになりましたが、実は両方ともちゃんと読んだ(見た)ことがありません(汗)


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