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TS昔話

「シンデレラ」

作:南文堂




 時代は中世あたりのころ、とあるヨーロッパの小国の話。
 気のよい働き者の若い男と大層美しい女の夫婦が貧しいながらも仲睦まじく暮らしておりました。その夫婦の間には一人、まだ乳飲み子のかわいい子があり、その子の本当の名前は残念ながらわからないのですが、その後、その子が呼ばれることになる「シンデレラ」と仮にしておきましょう。
 シンデレラの母親はシンデレラを生んでもなお、その美しさは全く衰えるところがなく、人妻である彼女に言い寄る男性は後を絶ちませんでした。しかし、身持ちの固い彼女は男達からのあの手この手の誘惑を全てきっぱりと断り続け、夫に操を立てる貞淑な女性でした。
 しかし、困ったことに彼女に言い寄ってくる男性の中に夫の雇い主もおり、さすがの彼女も邪険に扱う訳にはいきません。しかし、それでも、お誘いは全て丁重に断っておりました。
「どうしたものかな。あの女をものにしたいのだが……」
 雇い主は執務机に肘を立てて考え込んでいました。
「たかだか貧乏人の女一人、強引に奪ってしまってもいいんだが、そういう風聞が商売の信用に関わると問題だからな……!」
 しばらく考え込んでいた彼は名案が閃いて、それを実行すべく使用人を呼んであれこれと指示を出しました。
 彼はせっせと働くシンデレラの父親を見つけて、こう言いました。
「倉庫がだいぶ散らかっているから片付けておけ。あれでは大事な商品が駄目になってしまう」
 シンデレラの父親は雇い主の命令を聞くと何の疑いもなく倉庫へと向かいました。
 倉庫は確かに散らかっており、木箱など今にも崩れそうな危険な積み方をしていました。これは一人ではどうにもならないと、彼は誰か手助けしてもらおうと倉庫を出ようとしたその時です。
 ガッシャーン!
 大きな音を立てて木箱が彼の上に落ちてきて、彼はその下敷きになってしまいました。彼は大怪我を負ってしまい、明日をも知れない命になってしまいました。
 シンデレラの母親は嘆き悲しみました。雇い主は精一杯、出来ることをしましたが、それでも彼を助けることは出来ませんでした。
「申し訳ない。私が彼に倉庫の整理を頼まなければ……」
 雇い主は彼女の前で神妙に謝罪しました。彼女は医者を呼んで、高い薬まで与えてくれた上に謝罪までしてくれることに感謝の気持ちで一杯になり、これまでの非礼を詫び、泣いてお礼を言いました。
「これからどうされるおつもりです?」
 雇い主はさりげなく、これからのことを尋ねました。
「夫は次男で、家は長男が継いでおりますし、義兄さんには男の子の子供も二人ほどおりますから、この子は預かってはもらえないと思います。少し離れた森に私の母が一人で住んでおります。その母にこの子の面倒を見てもらって、私がどこかで働こうと思っています」
 彼女は寂しそうに、そういうと無理に笑おうとしました。この頃は女の人が一人で生きていくことがすごく大変な時代でした。「働く」と言っても場末の売春宿で下女として働きつつ身を売るぐらいしか、貧乏で何の伝手もない彼女にはありませんでした。
「それはいけない。あなたにそんなことをさせては、私があの世で彼に合わす顔がない」
 雇い主はそう言って、彼女の面倒を見ることを申し出ました。
 彼女は迷いました。しかし、幼いシンデレラを抱えて女一人で何が出来るというのであろう? 彼女は雇い主の申し出を受け入れ、雇い主はシンデレラの養父となりました。
 彼女の夫を謀殺した非情な雇い主でしたが、心底彼女に惚れていたのでしょう、彼女と仲睦まじく幸せに暮らし、良き夫でありました。彼女の方もそんな彼に応えるように慎ましやかな良き妻でありました。二人の間には、ついに子供は出来ませんでしたが、その代わりシンデレラはすくすくと成長し、母親に似たかわいい男の子になりました。
 しかし、幸せは長くは続きませんでした。
 彼女はある年の冬にひいた風邪をこじらせて、あっけなくこの世を去ってしまいました。シンデレラと養父は悲嘆に暮れました。シンデレラは彼女の連れ子だったので、養父とは血の繋がりはありません。家に居させる必要は全くありません。ですが、養父は母親の面影を残すシンデレラにドレスなど着せては、在りし日の妻を偲ぶために傍においておく事にしました。
 そうして一年の月日が経ちました。最初、養父は妻の面影を残すシンデレラを自分の傍で育てていましたが、亡き妻に生き写しの姿を見ていると、「どうして、男の子なんだ!」と勝手に憤り、女であれば自分の妻にするものをと考えるようになりました。苛立ちを募らせ、次第にシンデレラを遠ざけるようになりました。
 養父には一人の甥が居ました。彼は養父の弟の息子で、その弟は早くに亡くなっておりましたが、生きている間にそれなりの財を成していました。しかし、その甥が放蕩三昧で散財の挙句、ほとんどの財産を失って、時々、伯父である養父のところを尋ねては小遣いを無心していました。
 そんな甥がある縁談を持ち掛けてきました。相手はシンデレラよりも二つ三つ上の女の子が二人もいる未亡人でしたが、円熟した美人であり、血筋は今は現当主の浪費癖で没落しているとはいえ、宰相も出したこともある由緒正しき名家の直系でした。一族は本当はもっと若い妻を迎えるべきだとは思いましたが、その血筋は金では買えないもので非常に魅力的でした。それに妻に似た男の子に女装させいる彼に、その妻を忘れさせるには申し分ない美貌であったため、一族の恥である甥の持ち込んだ縁談でしたが、それ以上の恥を雪ぐため一族をあげてそれを支持しました。
 その未亡人は確かに美人ではありましたが、亡き妻には劣り、一族の思惑は外れ、養父は興味も示しませんでした。しかし、養父も一族に支持された縁談とあれば断るわけもいかず、商売をする上でも彼女の持つ人脈は有効と思い、再婚することを同意しました。こうして未亡人はシンデレラの継母となりました。
 実を言うと、この継母と甥とは遊びを通して知り合った知り合いで、甥は伯父の財産を狙っておりました。このまま行けば、一族の中で一番近い甥に財産が転がり込んでくることは疑いありませんでしたが、もし再婚して男の子が生まれれば、それまでです。また、誰かを養子にするかもしれません。そうなれば財産は一銭たりとも自分のところには転がり込んできません。そこで甥は一計を投じたわけです。
 伯父に年増の女と再婚してもらって、若い女との再婚を阻止し、同時に養子も阻止してもらうという作戦でした。再婚が断れないように一族の支持を集める必要がありましたが、さっき言ったように簡単なことでした。お金持ちになったら、お金で買えないものを欲しがる。名誉欲に駆られた一族を丸め込むのは容易いことでした。
 こうして策略は見事に成功したわけですが、問題がなかったわけではありません。それが、シンデレラの存在でした。
 しかし、抜かりない甥はこれも継母に上手くいい含めておきました。
 継母は甥に言われた通り、シンデレラの存在を今知ったかのように夫に尋ねました。
「何ですの、あの子は?」
 養父は前の妻の連れ子だと答えました。幼いので外へ放り出すわけにも行かないので置いてやっていると。
「それならば家の使用人として扱えばよろしいじゃありませんか。あんな風に綺麗な服を着せて甘やかす必要はないではありませんか。ああ、私にはわかりましたわ! あの子を養子にしてこの家を継がせるおつもりなのでしょう? 何てことでしょう! 血の繋がらない子供に家を継がせるなんて! それならば私の娘に婿養子を取ってくれればよろしいじゃありませんか! 私たちにビタ一文も渡すおつもりはないのですね! そうでしょう? 私はお金欲しさで結婚したわけではございませんが、そんな薄情なことをされるとは夢にも思っておりませんでしたわ。所詮、あなたには私は財産目当ての女としか写っていないのですね! 何たる侮辱! 何たる屈辱! 我慢できませんわ!」
 継母はヒステリックに叫ぶとさすがの養父も眉をひそめました。言っている事が支離滅裂で、聞くに堪えない金切り声を張り上げて、泣き叫ぶ彼女に対して彼は鬱陶しい以外の感情は沸きませんでした。彼女が財産目当てなのはミエミエで、それ以外に何があると言うのだと彼は思いましたが、有史以前から男はヒステリックな女には逆らわないもので、適当に彼女の気の済むようにさせました。
 その結果、シンデレラは今までいた部屋を追われ、薄暗い物置へと移され、服は全て剥ぎ取られ、下女のお下がりを投げ渡されました。
 せめて男物をとシンデレラは継母にお願いしましたが、それすら聞き入れてくれないどころか、「今まで育てられた恩を忘れて!」と鞭打たれるのでした。
 シンデレラは継母に育てられた覚えはありませんが、下手に逆らって家を追い出されては生きていないことを知っていたために黙ってその酷い仕打ちに耐えました。
 それからのシンデレラの生活は彼にとって、まさに地獄のような日々でした。今まで蝶よ花よと言うような生活から一転して下働きの使用人です。辛くないわけがありません。
 しかし、シンデレラは追い出されまいと、一所懸命に働きました。生来、利発な少年だったこともあり、次々と仕事を覚えて、手際良くこなしていけるようになりました。
 それを見ていた継母は面白くありません。そこで散々こき使われてクタクタになったシンデレラを、継母やその連れ子の姉たちが理不尽な命令をして、シンデレラを虐めました。
 シンデレラに下手に親切にすると継母からお暇を出されてしまうこともあり、使用人たちもシンデレラには誰も近寄ろうとしませんでした。そうして、シンデレラは辛く悲しくなると母親の墓前に行き、一人寂しく泣くのでした。
 理不尽な命令でよくされる一つに、かまどの灰の中に炒った豆をばら撒かれ、それを拾えと言うのがあり、シンデレラは体中灰まみれになって豆を探さないといけませんでした。その様子を見て継母や義姉たちは笑い転げるのでした。
「ああ、おかしい! なんて、おかしい子なんでしょう! そうだ、あなたのことはこれから、シンデレラ(灰かぶりの意味)と呼ぶことにしましょう」
 シンデレラはこうして本当の名前すらも奪われてしまいました。
 継母と義姉たちは派手好きで浪費もひどく、慎み深いという言葉はどこかへ置き忘れてきたような人たちでした。養父は彼女たちを好き勝手放題させてはいましたが、彼女たちに対して愛情のかけらも見せませんでした。もう、とうの昔に愛想を尽かしていました。
 継母はそれが前の妻への執着からだと感じてなりませんでした。貧乏人のどこの馬の骨とも知れない、しかも死んだ女に負けるなんて彼女のプライドが許すわけはなく、自然とその恨みは忘れ形見のシンデレラに向けられるようになり、虐めは日に日にエスカレートしていくのでした。
 ある時、商用で隣の国まで出かけることになった養父を見送るために継母たちは門のところで、馬車に乗ろうとする養父にお土産をせがんでいました。高価なドレスにアクセサリーなどなど。彼はうんざりしていましたが、そこへたまたま別の用事でやってきたシンデレラを見つけ、何気なく声をかけました。
「灰かぶり、おまえも何かお土産はいるか?」
 シンデレラはそれに感激し、継母は激怒しました。
「いえ。……いいえ、お義父様。私にはもったいないお言葉。それだけで感謝して、何もいりません」
 彼の申し出を丁重に辞退しました。どのみち、お土産を頼んだところで、それは絶対に自分の手元にはやって来ることはなく、更に継母たちに今以上に虐められる元を作るだけだとわかっていたからでした。
 しかし、その丁重な断り方は前妻にそっくりであり、少し成長して更に彼女に生き写しなシンデレラは養父に新鮮で懐かしい驚きと感動を与えたのでした。
「遠慮することはない。なんでも好きなものを言いなさい」
 養父はその感動に感謝する気持ちで、ますます何かあげたくなりました。
「……それでは、どこかでハシバミの小枝を一本、手折って、それをいただけませんか?」
 シンデレラは仕方なしに、小枝をお土産に頼みました。母の墓へ行く道すがら蛇よけに使うハシバミの枝なら継母たちに取られることはないだろうと思ったからでした。
「そんなものでいいのか?」
 養父は欲の無いやつと思いましたが、これ以上出発を遅らせるわけにも行かず、馬車に乗り込み出発しました。

「ふう……隣国の王子はウチの国の王子とは大違いだな。大した切れ者だ。小国ながら、要注意だな。しかし、こちらの国の事情に詳しいな、よほど優秀な間者がいるのか……調べる必要があるな」
 養父は商用を済ませて帰る馬車の中で、今回の出張で得られた情報を整理していました。その時に、何気なく、ふと馬車の窓の外を見ると、ハシバミの木が目に入りました。
「ん? ああ、そうだ!」
 シンデレラに頼まれたハシバミの小枝を思い出し、ハシバミの木の傍に馬車を止めさせました。
「それにしても、あの慎み深さ、あの美しさ、あれが女であれば私の妻にしたものを……いや、あれほどならば、王子の妃にでもなれるだろうに。うちの王子ならば、手玉に取るのは容易いことだから、そうなれば金も権力も思うがままなのだが、世の中ままならぬものだな」
 ハシバミの小枝を手折りながら彼は呟きました。生粋の商売人だったので、自分の感情よりもそろばんを優先させました。それと言うのも、期待していた継母の人脈はたいしたことは無く、多少はお金持ちの貴族と知り合えたものの、究極の貴族、王族とつながりを持つまでは至りませんでしたし、彼女達の浪費を考えるとたいしたメリットにならなかったどころか、かえってデメリットになっていたからでした。
「面白そうな話だね」
 ハシバミの小枝に止まった鳥がその呟きに答えました。
「その話を良く聞かせてくれよ」
 別の小鳥が続けました。
「だれだ!」
 彼は驚いて身構えて、誰何の声を上げました。中世に森で不信な声がするとすれば、それは盗賊か化け物しかありませんでしたから、当然といえば、当然の反応でした。
「わたしかい?わたしはこの森に住む魔女だよ。あんたの面白そうな話、ちょくら乗らせてくれないかね?」
 身構えている養父に小鳥が応えました。
「面白そうな話?」
「そうさ。あんたが言っていた王子の妃になれるほどの男の子の話さ」
「だが、所詮は男の子だ。妃にはなれない」
「だから、私がその話に加わるんだよ」
「ほう。そちらの話も面白そうだな」
 彼は御者にその場で待っているように言うと森の中へと分け進んでいきました。それほど歩かないうちに黒いローブに身を包んだ老婆が彼の前に現れました。
 黒のローブに、年季の入った曲がりくねった杖を持ち、大きな鉤鼻はお話の中に出てくるような魔女でした。対面した養父は背筋にぞくりとするものを感じて、この老婆が本物の魔女であると確信しました。
 彼はシンデレラの生い立ちから現状まで老婆にざっと話して聞かせ、それが王子の妃になれる確信の理由も話しました。
「ほっほっほっほっほ。これは思ったよりも面白い話だよ。杖の材料を取りに来て、これほど面白いことを見つけるとは、わたしはついてるよ」
 老婆は愉快そうに笑うと懐からハシバミの小枝を取り出して彼に渡しました。
「その小枝を渡しておやり、後は私がうまくしておいてやるから、あんたは王子をそそのかしておいで」
 老婆はそういうと森の闇の中へと消えて行きました。
 彼はすぐに馬車を出発させて、急いで家へと帰り、帰るとすぐにシンデレラを探し、直接、老婆に貰ったハシバミの小枝を渡しました。
 シンデレラは養父が自分との約束を忘れずに、しかも帰宅してすぐに直接渡しに来てくれたことに感激して、うっすらと涙を浮かべてお礼を言いました。久しぶりにシンデレラは嬉しい気持ちで一杯になりました。養父が自分の事を忘れていなかったことが、とてもとても、嬉しくて嬉しくて、どうしようもありませんでした。この気持ちを誰かに話したい気分でしたが、継母や義姉たちは論外として、使用人でもシンデレラと親しい人はいません。シンデレラの足は自然と母の墓前へと向かいました。
 蛇よけのお守りとして頼んだハシバミの小枝ですが、使うのが勿体無くなり、何よりもこのお土産をそのまま、母に見せたいので、宝物のように大事に胸に抱えて森の暗い道を急ぎました。
 シンデレラは母の墓前にハシバミの枝を供えると自分の嬉しい気持ちをお墓に向かってはしゃいで話しました。シンデレラはひとしきり話し終わると、何だか悲しくなってきました。何も言い返してくれない墓石の前しか自分の居場所がないのかと思うと自然と涙があふれてきました。
「何をそんなに悲しんでいるんだい?」
 突然の声にシンデレラはびっくりして辺りを見渡しましたが、誰もいません。
「何処を見てるのさ、ここだよ、ここ」
 墓石の上に止まった鳥が再び声をかけました。
「とりさん?」
「そう。私が喋っているんだよ。何がそんなに悲しいんだい?」
 シンデレラは信じられないものを見るように鳥を見ました。しかし、自分の言葉に応えてくれる存在がいることは不気味さよりも嬉しさの方が大きかったようです。なんで悲しいのかを鳥に話しました。
「へえ、随分と辛い思いをしているんだね。それなら、そのハシバミをそこの地面に挿しておきなよ。きっといいことがあるからさ」
 鳥はそう言って去っていきました。シンデレラは何だか半信半疑だが、ハシバミを言われた通りに地面に挿しておきました。
 そのハシバミは不思議なことに見る見る大きくなり、一ヶ月もしないうちにすっかりと成木になって鳥たちの集まる木になりました。
 シンデレラは集まってきた鳥たちは、話を聞いてくれた鳥のように言葉は話しませんでしたが、こちらの呼びかけに相槌を打つように鳴いてくれるので、彼らと賑やかにお話をして、以前ほど寂しくはなくなりました。
 そんなある日のこと、お城で舞踏会が開かれることになりました。
 継母と義姉たちはすごく張り切っていました。それもそのはず、その三日間の舞踏会で王子の妃を探すと言うのですから気合が入らないわけがありません。入念な化粧、きらびやかなドレス、派手なアクセサリー、王子のハートを射止めるのに余念がありませんでした。シンデレラは妃選びなどは自分には関係ないけれど、暖かく明るい場所で優雅な音楽の流れる中、豪華な食事を食べられる舞踏会へ行ってみたいと思いました。会場に入ることは出来なくても、何かおすそ分けがあるかもと思って従僕としてでも連れて行ってくれないかと頼んでみました。
「あんた、ばっかじゃないの!」
「そうよ、そうよ!第一、何を着ていくと言うのさ。そんな下女のお古じゃ、会場に近づくことも出来ないに決まってるじゃない」
「こいつ、まだ自分の立場ってものがわかってないのよ」
 そういうと義姉はざる一杯のマメを灰の中へとぶちまけて、
「私達が舞踏会に行っている間に拾っておくのよ。あんたなんか、灰とダンスでも踊ってらっしゃい」
 義姉たちは高笑いして、シンデレラを置き去りにして出て行きました。
 大量にばら撒かれたマメを灰から選り分けて、拾い上げながらシンデレラは悔しくて涙を落としました。シンデレラは男でしたが、自分が着飾れば義姉たちよりも美人に化ける自信はありました。
 そんな泣いているシンデレラの周りに、何処から入ったのか鳥たちが集まり、灰の中からマメをつまみ出し、あっという間にざるをマメ一杯にしました。
 突然のことに呆然としているシンデレラを鳥たちは外へと導き出して、母親の墓前へと連れ出しました。

さあ 頼んでごらん ハシバミに
 お義姉さんたちを見返すように
 金と銀を織り込んだ シルクのドレスを下さいと
 金と銀をはめ込んだ 革の靴を下さいと

 鳥たちはいっせいに合唱しました。ハシバミは揺れてシルクのドレスと白い革の靴を落としました。
 シンデレラは女装することに抵抗はありませんでしたが、そのドレスはシンデレラにはいささか小さいように思えました。しかし、ハシバミの鳥たちは
「早く着てみなよ、シンデレラ。きっと素敵なことが起こるから」
 と一斉に唱ってシンデレラを囃し立てました。
 シンデレラは仕方なく、下女のお古の服を脱いでドレスを手にとり、その背を開けました。コルセットも一体となっているようでしたが、それを締める紐も無く不思議なドレスでした。もっとも、紐があったところで、それを締める人がいなければコルセットは着れませんが、シンデレラはスカートに足を通し、袖を通し、背中のボタンを留めようとすると不思議なことにボタンは勝手に留まり、コルセットは自然にウエストを締め上げていきました。
 シンデレラはドレスを何とかきることが出来ましたが、着てみるとやっぱり少し小さいようで、いくら女顔で華奢な彼でもこういったドレスを着るにはちょっと成長しすぎたようでした。これではお城に入れてもらえないだろうと少し残念でしたが、ドレスを脱ごうとした瞬間、変化が起こりました。
 あばらを締め上げ、臓腑を押しつぶそうとするコルセットの締め上げが急に弱くなり、余っていた胸元の部分が盛り上がり、張りが出てきて、逆につっぱていた肩が滑らかになで肩になって、少しは逞しかった腕もしなやかに変化しました。まさかと思ってシンデレラは膨らんだスカートを持ち上げると眩しいほどに白く肉付きの良くなった脚の根元は見慣れたものは跡形もなくなっていました。
「そ、そんな!」
 スカートの中を覗き込んでいたシンデレラに覆い被さるような影が落ちました。いつのまにか伸びた髪が地面に届こうかと垂れ下がっていたのでした。
 鳥たちはシンデレラの髪の毛を一房づつ、くちばしで咥えると見る見るうちに髪を結い上げ、どこから出したのか、おしゃれな髪留めがつけられて、雑木林の中の寂しい墓の前に一人の美しい姫君が誕生しました。

さあ 行ってらっしゃい 楽しんでらっしゃい
 主役はいつも 遅れていくもの
 さあ 堂々とお行きなさい 誰もあなたを止めやしない
 でも 約束してね ひとつだけ
 今夜十二時 鐘の音が
 鳴り終わるまでに 帰ってきてね
 きっと きちっと 約束よ
 約束 守ってくれたなら
 あすも あしたも あさっても
 ずーとずっと この幸せが 続くでしょう

 鳥たちは再び歌うように合唱してシンデレラを見送った。シンデレラは鳥たちと約束して舞踏会の会場であるお城へと急ぎました。
 シンデレラがお城に着くともう、舞踏会は始まっており、会場へ行く階段には警備の兵士が立っておりました。とても入れてもらえそうにありませんでしたが、駄目で元々と覚悟を決め、毅然とその兵士の前に進み出て、会場の扉を開けるように伝えました。
 その様があまりに堂にいっていたし、何よりも見たことも無いような豪奢なドレスの美貌の姫君である。何か失礼があってはいけないと招待状を確かめもせずに兵士は扉を開けました。
 扉の向こうは別世界でした。きらびやかに着飾った紳士淑女が談笑し、山海の珍味を使った豪華な食事が所狭しと並べられていました。シンデレラはその初めて見る世界に圧倒されながらも会場へと足を踏み入れました。
 会場にいた人たちは遅れてきた参加者に注意を向け、感嘆と嫉妬の感情を起こしました。
 早速、手の早い紳士たちはシンデレラをエスコートしに、彼女の傍にやってきました。
「失礼。あなたがあまりにも遅れてくるので私は心配いたしました。その罪滅ぼしに、せめて私めにお手をお預けください」
 まったく初対面の紳士がシンデレラの手を取ろうとすると別の紳士が出てきて、
「カストン卿、卿の冗談でこちらの姫君は驚いて、混乱しておられるではありませんか。姫君を困らせてはいけませんな。さあ、姫、私が会場へとご案内しましょう」
 シンデレラの手を取って奥へと誘おうとするとまた別の紳士が出てきて、
「サルトル卿、そう言う卿もカストン卿と同じではないのかな?それに、古来から姫君を護衛をするのは古来より騎士の務め。こちらの姫君の護衛は私が買って出ることにいたしましょう」
 シンデレラの手を取ろうとする。次から次へと集まる紳士に唖然としていた。が、目の前に並べられた豪華な食事に誘われて、「抜け駆けは許さんぞ」などと小声で言い合っている紳士たちを残して、そっとテーブルの方へと移動しました。
 何しろ、ろくに食事をさせてもらっていないシンデレラにとって、目の前のご馳走は、それこそ涎が出そうなものばかりでした。涎が出ていないのが奇跡と言えたかもしれません。この時ばかりは義姉たちへの恨みも何もかも忘れて、食欲を満たす事こそが、彼女の最大の使命でした。
 まず最初に切り分けられた肉を皿に取ってもらうとあっという間に平らげて、こっちの魚、あっちのパスタ、そっちのサラダと凄いスピードで料理を平らげていく様を見て、今度は紳士があっけにとられる番でした。
 百年の恋、と言ってもさっき出逢ったばかりで百秒の恋ですらもないですが、紳士たちは美しいが変な姫君から興を削がれ、各々自分の別に気に入った淑女の元へと去って行きました。
 シンデレラはそんな紳士たちをお構いなしに食べつづけていました。そうして何かを食べた拍子に喉に詰まらせてしまい、テーブルの上にあったワインの入ったグラスを取って、それを一気に飲み干しました。詰まったものは胃の中に流し込むことができて、事なきを得ましたが、アルコールを初めて飲んだ彼女は一気に酔いが回って、ふらついて給仕係にぶつかってしまい、彼の持っていた盆の上に乗っかっていたグラスを派手な音を立てて割ってしまいました。給仕係は慌ててそれを片付けようとしゃがみこみ、シンデレラもそれを手伝おうとしゃがみこみましたが、逆に給仕係に「そんなことをされては、後で自分がお叱りを受けます」と言われ、自分も下働きだったのでそのことが良くわかったので、急いでその場を離れようとしたら、今度はスカートの裾を自分で踏んで派手に転んでしまいました。
 周りの女たちは登場したときはその美貌で自分の最大のライバルになると危機感をもちましたが、はしたなく下賎の者のように食べ物にがっつき、淑女としての立ち振る舞いのいろはも知らぬ女などいくら美しくても相手にはならないと鼻で笑って安心しました。
 しかし、そんな醜態を晒した彼女に声をかける紳士がまだ一人いました。
「大事はないか、姫?」
 やさしく手を差し伸べた相手はまだ幼さが顔から抜けきらなかったが、数え切れないぐらいの勲章をぶら下げた金モールで飾られた高級将校の制服を着ていました。
「あ、ありがとうございます」
 その青年はシンデレラを助け起こすと恭しく手を取り、
「私と一曲踊ってくれないか、姫」
 ダンスを申し込まれて断ろうとしたが、全て自分に任せてくれればよいと強引にダンスに誘われました。
 周りの女たちはそれを見て地団駄踏むほど口惜しがりました。それもそのはず、その青年はこの会場全ての女のお目当てと言っても過言じゃありません。なぜならこの青年こそが王子、その人なのですから。
 シンデレラは慣れないダンスで少し疲れはしましたが、おいしいものをおなか一杯に食べられて、ダンスの途中でちらりと見かけた義姉たちが、たいそう口惜しがっている様を見れて、ほんの少し憂さが晴れました。更に周りの女たちに嫉妬される優越感はシンデレラの気分を高揚させました。 この幸せがいつまでも続けばいいのにと。シンデレラはそう考えた途端、小鳥たちとの約束を思い出しました。十二時まではまだ間がありましたが、ぎりぎりまでいては危ないかもしれないと帰ることに決めました。
「私は用事があって、もう帰らねばなりません。お名残惜しいですが、ごきげんよう」
「待ってくれ。もっと、居てくれないか。夜はこれからではないか」
 王子は驚いて、シンデレラを引き止めました。
 今回、舞踏会の参加規格を緩くしたのはいつも上流階級の、仮面のような上品さの淑女たちに飽きて、近習の勧めで新鮮味を求めるために開いたが、結局はここでも仮面の上品さしかなく、洗練されていない分だけ上流階級よりもより醜悪でしかなかった。王子は退屈していたのでした。この舞踏会を勧めた近習は、これが終わったら牢屋にでも送ろうとまで考えていたぐらい退屈していたのでした。
「そうでございますが、私はどうしても帰らねばなりません。もし、お許しをいただけるならば、また、明日参上いたします」
 そこに出現したシンデレラの存在は王子の心によほどのインパクトを与えたのでしょう。
「許す、許すとも。だからもう少し居てくれないか」
 しつこく彼女を離そうとしませんでした。
「申し訳ありません」
 シンデレラはこうしている間に十二時になるのではと、気が気ではありませんでした。何とか王子の手を振りほどき、彼女は会場を後にしました。
 王子はよほど未練があったのでしょう、シンデレラの後を追いかけました。彼女は必死に走って養父の家にたどり着くと物置小屋に逃げ込みました。丁度その時、街に十二時の鐘が鳴り響き、鳴り終わると同時に魔法は消えてしまい、豪華なドレスは鳥たちに姿を変え、元の下女のお古に身を包んだ、いつもの自分になっていました。
 王子は養父を伴ってその物置小屋にやってきました。シンデレラは、このままここに居ては大変と慌てましたが、たった一つの入り口の前に彼に立たれては出るに出られません。彼女が困っていると鳥たちが彼女の身体を掴んで持ち上げると、開け放たれた小屋の天窓から彼女を連れ出し、森の中に隠してくれました。
「小屋の中に女が入って行った。ここに縁のあるものか?」
 王子は養父に尋ねました。
「いいえ、私は知りません。あの小屋は長い間使っておりません」
「ならば良い。姫君!聞こえておるだろう?私だ。先ほどそなたと楽しい時を過ごした私だ。その汚い小屋から出て来ておくれ。もし出てきてくれないのであれば、小屋を潰すことになる」
 もし、シンデレラが小屋にいれば怪我をすることになる。しかし、そんな些細なことは王子にとっては関係なかった。もっとも単純で、最も効果的な脅しがもっとも有効であると小さなときから教えられているのだから仕方ありません。
 しかし、先ほど夢の時間を過ごした姫君はもう既に居ません。そんな事を知らない王子は一向に出てくる気配の無い事にだんだん腹が立ってきて、ついに養父に命じました。
「あの小屋をつぶせ!」
「しかし、そんなことをしては中に居るかも知れない姫君が怪我を……」
「私の呼びかけに答えぬのだ、あの中にはおらぬ。絶対に居らぬ。居ってはならぬ!」
 王子はヒステリックに叫んで小屋を潰すことを再度命令しました。
 養父は仕方なく小屋をつぶしました。しかし、そこには女の姿はありませんでした。
「当然だ。私が呼びかけて出てこないわけがないからな。しかし、逃してしまったか。まあ、よい、明日もまた来ると言っていたしな」
 王子はそう言って養父の家を後にしました。シンデレラはその様子を森から見て、ほっと一安心して自分の寝床へと戻りました。
 翌日。シンデレラは昨日と同じように義姉たちに豆拾いを命じられましたが、昨日と同じように鳥たちが手伝いあっという間に済ませると、再び母親の墓へと行き、ハシバミの木にお願いしました。今度は銀糸の縫いこんだシルクのドレスと銀で飾った靴を落としてくれました。
 再びシンデレラはそれを着て姫君になるとお城へと急ぎました。
 王子は喜び、シンデレラを向かい入れ、楽しい時間を過ごしました。そうしてまた十二時が近づいて、彼女は退出しようとしました。
「どうして、今日も帰ってしまうのですか?」
「申し訳ありません、殿下。私は帰らなければならないのです。どうか察してくださいませ」
「嫌だ嫌だ。察したくはない」
「お願いでございます。明日もまたここに来るには帰らねばなりません。帰らなければ、この夢の魔法が消えてしまいます」
 シンデレラは強引に腕を振りほどくと、王子に別れを告げて走って帰りました。昨日よりもだいぶ時間が遅れているので、慌てました。しかも、今日は逃げ込む小屋はもうありません。王子もすぐ後を追ってくるので、そこらに隠れるわけにもいきません。
 シンデレラは養父の家にたどり着くと、手ごろな木によじ登りました。
 上ったところで鐘が鳴り、上りきったところで鐘がなり終わりました。ドレスは昨日と同じように鳥達に姿を変え、シンデレラは元の姿に戻りました。木に登って枝が影になったので戻るところは見られなかったのですが、下には王子がおり、シンデレラは降りるに降りられずに困っていました。
 そうこうしている間に王子の下に養父がやってきて再び何やら命令され、家のほうへと戻っていきました。
「愛しきわが姫よ。どうか木から降りて私の元へ帰って来てくれ。そなたのことを思うとこの胸は張り裂けんばかりに苦しいのだ。この私の苦しみを救えるのはそなたしかいない」
 しかし、シンデレラは男に戻っており、降りるに降りられず、ますます困っておりました。そうすると、ドレスだった鳥たちがいつの間にかにシンデレラの周りに集まってきて、昨日と同じように彼女を掴んで持ち上げ、別の木へと運んでくれました。
 そんな事も知らずに王子は一向に降りてこないシンデレラに痺れを切らせて再び王子の元に戻ってきた養父に命じました。
「木を切り倒せ」
「し、しかし、そんなことをすれば、大事な姫君に怪我をさせてしまいます」
「構わん。私の言うことを聞かなかった罰だ。それに木を切り倒すとわかれば、慌てて降りてくるであろう」
 王子はそう言って慌てて降りてくるシンデレラの姿を思い浮かべてニヤニヤと笑いました。養父はこれ以上王子に逆らうわけにもいかず、木を切り倒しにかかりました。
 しかし、結局は木は切り倒されても誰も降りてこず、切り倒された木には誰もいませんでした。
 王子は不思議なことがあるものだと思いましたが、まだ明日があるとお城へと引き返しました。
 そしてまた、翌日。継母と義姉たちはすこぶる機嫌が悪く、だれかれ構わずに当り散らしました。それもそうでしょう。お目当ての王子は何処の馬の骨ともわからぬ女につきっきりで、その女が帰った後を追いかけて会場を離れ、戻ってきてもすぐに退屈だといって退出するのであるからどうしようもありません。そして、今日は舞踏会の最終日。参加資格のゆるい今回を逃せば次はいつの機会かわかったものではないのです。苛立ちが募るばかりでした。
「なんて忌々しい!あの女!」
 義姉たちは周りの物に当り散らしました。使用人たちはこの怒れる残忍な支配者に好き好んで近づこうとは思いませんでした。彼女達はシンデレラだけにではなく、他の使用人にも暴君だったのです。義姉たちは物にあたるのも飽きて、生贄を探して屋敷をうろつきました。
 そこへ運悪くシンデレラが出くわしてしまいました。いや、他の使用人によって出くわされてしまったと言うべきでしょうか。憐れ、シンデレラは犠牲の子羊として捧げられたのでした。
 義姉達は、忌々しいあの女に似ている――本人なのだから当然ですが――、それだけで怒りは一気に頂点に達し、訳もわからず彼女を打ち据えました。
 皮膚が裂けるほど打たれて、廊下のじゅうたんや壁を血で汚しました。少しは気が済んだのか義姉たちはそれを綺麗にしておくように言って、その場を立ち去りました。
 シンデレラは廊下の血をふき取り終わると体中傷だらけのまま、母親の墓へと行きました。そして、ハシバミの木にお願いしました。

ハシバミさん ハシバミさん
 僕にドレスを落としておくれ
 何にも恥じない豪華なドレスを
 誰にも負けない綺麗なドレスを

 ハシバミは昨日、一昨日のドレスが色褪せて見えるほどの金糸銀糸で彩られたシルクのドレスを落とし、艶やかな金で飾られた靴を落としました。
 不思議なことにドレスを着るとさっきまで打たれて腫れた顔や体の怪我が治り、昨日と変わらぬ美しい姿に変身しました。

今日は最後の舞踏会
 だけど 約束守れば これが最初の舞踏会
 もしも 約束破ったならば 今日が最期の舞踏会
 ずっとずーと永遠を 手に入れたいなら
 帰っておいでよ この場所へ

 鳥たちは詠い、シンデレラを送り出しました。
 今日のシンデレラは少し積極的でした。王子はやっと自分の魅力になびいたかと納得しましたが、本当は義姉達に復讐するために王子と仲良くしているところをこれ見よがしに見せつけました。継母は義姉たちにあんな小娘に遅れをとるとは何事だと義姉たちをなじりました。公の場でしたが、継母はヒステリーを起して、めちゃくちゃでした。
 楽しい時間を過ごしていたシンデレラは王子に奥へと誘われました。シンデレラはいい気になっていたので、その誘いに乗り、わざわざ義姉たちの前を王子に手をとられて、鼻高々と通り過ぎ、奥へと消えました。
 奥へ誘う。この意味をシンデレラはよく理解してませんでした。そして、その報いをしっかりと受けました。女となったシンデレラに、ひ弱と言えども、男の腕力には敵いません。無理矢理に組み伏せられました。まさかこんなことになるとは思っていなかった彼女はあまりな出来事に呆然としていました。
 シンデレラは最後の最後で屈辱的な目に合いました。最初はショックでしたが、気分が落ち着いてくると、あの地獄のような生活に比べれば、今のこの世界は、このことをちょっと我慢すれば、まさに天国と思えました。
「ずっと続けばいいのに」
 そんなことを思った拍子に、シンデレラは鳥たちの詩を思い出しました。
「約束を守れば、ずっとこの幸せが続く」
 シンデレラは慌てて窓の外の時計台を見ました。時刻はすでに11時半を回っていました。シンデレラはドレスを引っつかんで、急いで身に付けると靴もきっちり履かず、取るものも取らずに部屋から出て、会場の大広間を淑女とは程遠いたしなみで横切り、外へと出ました。
 白だったはずの階段が妙に黒く光っていて変だと思いましたが、かまわずに階段を急いで駆け下りようとしました。しかし、階段に足を乗せた瞬間に足を取られ、、靴の片方を落としてしまいました。階段にはべったりとタールが塗られていたのです。
 滑る階段を走って降りるのは至難の業ですが、何せシンデレラにはこれからの未来がかかっています。地獄のような日々に逆戻りになるくらいなら、タールの階段など庭先に小石ほどの障害でもありませんでした。
 シンデレラは走りました。片方だけになった靴を脱ぎ、それを手に持って。その頃の道はろくに整備などしてありませんから、シンデレラの爪は割れ、足の裏は擦りむけ、走るたびに激痛が走りましたが、それでも走るのを止めませんでした。
 何処まで走ったのでしょう。近道するために飛び込んだ、あまり品のよくない通りのある角を曲がったところで、彼女は何かにぶつかりました。
「きゃっ」
「す、すまない」
 ぶつかったのはこんな場末にいるには不似合いなほど品のよい若い男で、彼はシンデレラが転ぶ前に手を取って体を支えてくれたました。
「大丈夫か?」
 彼はそう言うとシンデレラの姿を見てはっと息を呑みました。豪奢なドレスに身を包んだ彼女は場末の路地裏でもその魅力は衰えませんでした。
「は、はい。ごめんなさい」
 シンデレラはそう言って走り去ろうとしたが、石畳の段差に足を取られ、彼に抱きつくようにもたれかかりました。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや……! 君、裸足じゃないか!」
 彼は彼女の足元を見てたいそう驚きました。美しい姫君が裸足でこんなところにいるなんて事は彼には信じられませんでした――素足を晒す事は、つまり、春を売ることでした。
「違います。急いで帰らないといけない途中、靴を片方落としてしまって」
 誤解を知り、慌てて彼女は片方だけになった靴を彼に見せた。
「す、すまない。そ、そうだ!」
 彼はそう言うと自分の服の裾を破くとしゃがみこみ、「失礼」と一言彼女に断ると、怪我をした彼女の足に破いた布を巻きつけて自分の履いていた靴を履かせました。
「少し、不恰好で走りにくいだろうが、傷から悪いものが入ってはいけない。馬車を呼ぶから……」
「ありがとうございます。だけど、もう時間がないのです。ごめんなさい。ええと、これをせめてものお礼に差し上げます」
 彼女はそう言うと、持っていた靴を彼に渡して、踵を返して走り出しました。
 彼は手渡された片方の靴を持ち、どれくらいでしょう? 彼女の走って消えた方を呆然と眺めていると、十二時の鐘の音が路地に響いていました。
 同じ頃、階段にタールを塗らせた張本人の王子は、悠然と階段前に現れ、おもむろにシンデレラの落とした靴を手に取り、ニヤリと笑いました。
「しばらく、これで遊んでみるか」
 王子が呟くと同時に十二時を知らせる鐘の音が街に鳴り響き、こうして舞踏会最終日の夜はふけていきました。
 一方、シンデレラはなんとか鐘の鳴るまでに屋敷に辿り着き、前の二晩と同じようにドレスは鳥に変わり、みすぼらしい身なりへと変わってしまいました。ただ、一つ、街でぶつかった若者にもらった靴を除いては。
 次の日、街の辻に高札が出されました。


昨日開かれた王太子殿下主催の舞踏会で帰りに
片方、金の靴を落とした令嬢を太子殿下はお探しになっておられる。
この靴に覚えのあるものは名乗り出られよ。
その靴にぴったりの足をもつ持ち主は王太子殿下の妃に迎えるものである

 この高札に人々は群がり、大騒ぎになりました。
 王宮には自称持ち主の女性が列をなし、靴を無理矢理に履こうとするものが続出した。もちろん、シンデレラが特殊な足をしていたわけではありませんので、ぴったりかどうかは別にしてそれとなく履けた女性も大勢いました。その者たちは二次審査と称して奥の部屋に連れ込まれ、数刻しないうちに裏口から返されたのでした。王子が一人一人味見をしていた事は言うまでもありません。王子の好みのものが居ると、靴が合わなくても奥の部屋に案内されたりもしていました。まさに、やりたい放題でした。
 この騒ぎにかこつけてシンデレラの義姉たちも列に並んだかと言うと、そうではありませんでした。彼女たちは列に並んだ女たちよりも、もっと狂乱していました。
 足のサイズが微妙に異なる下女を列に並ばせて彼女らの「ぶかぶかだった」「窮屈だった」「つま先が細かった」「踵が締まっていた」などの情報を集めて靴のレプリカを作り出していました。その靴に合うように義姉たちの足を改造したのでした。
 もっとも、そんな時代の技術で生活に差し障らないように、そんなことは出来ません。がしかし、「王子の妃になれば歩かなくてもいいじゃないか」と継母は義姉たちの足を切り刻ませました。もっとも、舞踏会に居た彼女たちが探している姫君なはずはありません。それに並ばせた下女たちの話をちゃんと聞いていれば、靴などどうでもいいことだと言うことがわかったはずなのに、彼女達は舞踏会の屈辱で何も見えなくなっていたのでした。
 とにかく、そうして十数日が過ぎました。あらかた街の若い女性は靴を履くことを試しました。最後に残ったのは養父の家の義姉たちだけでした。
「ここは何度も例の姫が逃げ込んだ家だ。ここに居るとよいのだがな」
 養父は王子に呼び出され、明日、養父の家に王子が行くことを伝えられました。
 養父はお城から帰ると明日、王子が来ることを家令たちに伝えて、シンデレラのところへとまっすぐ向かいました。
 舞踏会最終日の帰りにぶつかった青年の靴と包帯代わりにした服の切れ端を前にシンデレラはため息をついていました。そこへ養父が慌しく入ってきたので、シンデレラは慌てて靴を布を寝藁の下へと押し込みました。
「お、お父様。何か御用でございましょうか?」
 シンデレラはできるだけ平静を装い養父を迎えました。養父はしばらくシンデレラの顔を見て迷い、ひとしきり悩むとシンデレラの胸を触りました。
「な、なにを!」
 養父の手には、シンデレラの硬い胸の感触が伝わってきたので、がっかりしましたが、すぐに気を取り直して、
「胸がない場合もある」
 今度は彼の股間に手を伸ばして股座を掴みました。
「や、やめてください!」
 彼は突然の養父の行動にびっくりして思考が止まっていましたが、股間をつかまれた激痛で我を取り戻し、身をよじり、抵抗しました。それが妙に色気がありましたが、養父の手は自分と同じ物を感じていました。
「やっぱり、男か」
 養父はとぼとぼと自分の部屋へと引き返していきました。
 養父は後悔しました。得体の知れない老婆の口車に乗ってとんでもないことをしてしまったと。王子に今回の舞踏会を開かせるために密かに陰で暗躍したのも養父であるならば、王子に例の姫君がこの屋敷に居ることをそれとなく密告したのも養父であり、それをネタに王子に取り入ったのは養父でした。つまり、シンデレラが女でなければ全てはお終いでした。王子を謀った罪は軽くありません。養父は自らの軽薄さを呪いました。
「ばばぁめ! 最後の最後で裏切りやがったな!」
 養父はひとしきり口汚く老婆を罵ると今回に事件を継母あたりになすりつけて、老婆もろとも人身御供に差し出して自分だけが助かる算段を立て始めました。
 そんなこんなで運命の日になり、とうとう王子の一行が養父の屋敷に到着しました。
 まずは継母の娘の義姉の方が先に靴に足を入れました。さすがに踵を削って整形しただけあって、靴にはぴったりでした。王子はその義姉をお城に連れ帰り、奥の間に消え、出てくると養父の屋敷に戻りました。
「あの者ではない」
 今度は義妹のほうが靴に足を入れました。やっぱり、つま先の指を落としただけあって靴にはぴったりでした。王子は再び義姉と同じようにお城へ連れ帰り、同じように奥の間に篭り、しばらくして再び養父の屋敷に戻ってきました。
「私をからかっているのか? 一度ならず、二度までも。そなたの娘は他に誰が居る? 隠さず全員、出して来い」
 王子はかなり不機嫌そうに養父に告げました。養父は他に娘はおりませんと地べたに這いつくばるように王子に謝罪しました。しかし、そんな養父などお構いなしに更にこう言いました。
「隠し立てして勿体をつけようとしても、この私は騙せないぞ。聞けばお前には前妻の連れ子がいるそうではないか。ここしばらくは姿を見たものはおらぬが、小さな頃はこの屋敷で見かけたものも多いと聞くぞ。その者たちは口を揃えて、将来が楽しみな天使のような女の子であったといっておる。その娘を出せ!」
「あ、あれは、下賎な身分のものと共にあり、躾も何もなっておらず、殿下にお目通りかなうようなものではありません。どうか、どうか、平にご容赦を」
 養父はかつてシンデレラを女装させて育てたことを後悔しました。ほとんどの者がシンデレラを見て誰も女の子であることを疑いませんでした。養父も調子に乗って、「私の娘です」と紹介したこともありました。それがこんな形でツケが回ってくるとは予想も出来ませんでした。
 しかし、いくら養父が謝ったところで、王子の命令を取り下げることなど出来ようはずはありません。ついにシンデレラが王子の前に引き出されました。下女のお古に身を包んだシンデレラは明らかにその場には場違いでした。
 王子は一瞬、例の姫かとハッとしましたが、たぶん別人だろうと、すぐに思いました。始めから、靴も二次審査も本来まったく必要がなかったのでした。それもそうでしょう。いくら蝋燭がそれほど明るくなかったと言えども、三晩、べったりと顔を見合わせていて、ベットも共にした相手の顔を忘れる男はそういるものではありません。しかも、王子が惚れているのですから、忘れるわけがないでしょう。
 王子はシンデレラを見てがっかりしましたが、それでも残忍な悪戯心が起き上がりました。このシンデレラに靴を履かせて、多分履けないだろう、そうなったときに養父をどうしてやろうかと。残酷な想像を頭に思い浮かべては口の端をゆがめて笑いました。
 養父はもう生きた心地はしません。顔面は蒼白で唇は紫色になって、ぶつぶつと呪文のように「あの老婆め」と繰り返し呟いていました。
 シンデレラは靴を載せた台に近づきました。あれ以来、ハシバミにお願いしてもドレスは降ってきませんでした。鳥たちはさえずりはしたものの歌は歌ってくれませんでした。シンデレラは約束を守ったのですが、幸福は遠いところへ行ってしまったようでした。
 しかし、ここに降って湧いた幸運は、もしかして? とシンデレラを興奮させました。
 シンデレラは不安と期待に胸を弾ませて靴に右足を入れました。
 靴はまるで生きているかのようにシンデレラの右足を飲み込むと何百人に履かれて、大分くたびれていたにもかかわらず、履いた瞬間に輝きを取り戻し、右足からシンデレラの足は白く肉付きのよい足に変わり、左足も同じように、古ぼけた左側の靴も金の靴に、下女のお古はシルクのドレスに、くびれたウエスト、豊満な膨らんだ胸、すらりとしなやかな腕にかわいらしい手、次々とシンデレラの体を変身させていき、なまめかしい白いうなじ、そして元々女顔だった顔も益々丸く女顔になり、男らしさを完全に取り除くと、堰を切ったように豪奢な金髪が長く背中に流れて大河を描きました。
 そして、王子の恋焦がれた舞踏会の姫君がそこに立っていました。
 王子は言葉もなくその場に立ちすくみ、継母はその場にへたり込み、義姉たちは二人抱き合ってあわあわと言うだけでした。
 王子はすぐに立ち直り、彼女に結婚を申し込みました。
 こうして、シンデレラは晴れて王子の妃となったのでした。
 めでたしめでたし。

「ほんとうに、めでたいのかえ?」
「え?」
 王宮へと召抱えられるために馬車に乗り込んだシンデレラの目の前に、大きな鉤鼻の黒いローブに身を包んだ老婆がいつの間にか座っていました。
「あなたは一体……」
 シンデレラは目の前に突然現れた老婆に大変驚きました。
「わたし? わたしのことなんざ、どうでもいいこと。それよりも、自分のことだよ、シンデレラ」
「ぼ……あたしの事?」
「そうさな。本当に幸せかい、シンデレラ?」
「当たり前でしょう。王子のお嫁さんになれるんだもの。幸せじゃないわけがない」
「本当にそうかえ? わたしにはとてもそうは見えないんだがね」
 シンデレラはドキリとしました。確かに、あの夢のような生活が待っていると思うと心弾んでもおかしくないのに、不思議とそんな気分にはなっていませんでした。
「あんたは自分で何とかしようとした事があるかい?」
「僕は、あたしは……」
 シンデレラは今まで自分でなんとかしようにもなんともならなかったことを言おうとしましたが、何も言えませんでした。
「あんたはいつも受身だ。置かれた境遇をじっと我慢するだけ。幸せを探そうともしない。そんなのじゃ、見つかりっこないよ」
「でも、こうして……」
「いいさ。あんたが、これが幸せと言うなら、それは幸せだろうよ。幸せにね、シンデレラ」
 老婆は冷たくそう言うと、席を立とうとしましたが、シンデレラはそれに食い下がるように引き止めました。
「待って、おばあさん。僕に、僕に一体どうしろというの?」
「選ぶんだよ、シンデレラ」
「選ぶ?」
「このまま馬車に乗り、与えられたものを幸せにするか、馬車を降りて、得られたものを幸せにするか」
「そんな――」
「いいさ、お城につくまでの間に決めれば。まだ、時間はたっぷりある」
 老婆はそう言いましたが、馬車は刻一刻とお城に近付いていました。シンデレラは一生懸命考えましたが、人生を左右する決断がそんなにすぐにできるわけもなく困り果てて窓の外を見ました。
 シンデレラが外を見たその場所は、ちょうど靴をくれた青年とぶつかった場所でした。彼女は座席の横に置いた数少ない手荷物の中に収まっている靴を思い出しました。
「……降ります」
 シンデレラはそう言いました。
「いいのかえ? このままお城まで行けば、いずれは王妃なんだよ」
 老婆はシンデレラの決心を意地悪く確認しました。
「……僕、降ります」
 シンデレラは心が揺らぎかけましたが、それでもそう言い切りました。
「どうやら、決心したようだね。幸せにね、シンデレラ」
 老婆はさっきとは打って変わって優しさのふくんだ声でそう言うと、杖の先で馬車の床を突きました。
「きゃあ!」
 悲鳴とともに地面に投げ出されたシンデレラは柔らかい地面に助けられました。
「いたたたた」
「大丈夫かい?」
 柔らかい地面がシンデレラに話し掛けました。
「あ、あなたは!」
 彼女を助けた柔らかい地面は例の青年でした。彼は正装をしているシンデレラにも引けを取らないほどの立派な衣装を着ていました。
「また遭えたね、姫。僕もこの国の王子を見習って、この靴にぴったりの女性をお妃に迎えようと探しているんだよ。一度、履いてみてはくれないか?」
 青年は真新しい靴をシンデレラに見せました。彼女はクスリと笑ってこう答えました。
「もちろん。よろこんで」
 こうして、シンデレラはめでたく隣の国の王子のお妃様になり、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。

 老婆はその様子を馬車の中から見て、大きく一息ついて座席に座ると、シンデレラそっくりの美しい娘に姿を変えました。
「まったく、世話の焼ける孫だよ。出来の悪い娘の残した子供だから仕方ないかね。さて、わたしはもう一花咲かせるとしようか。若い男は久しぶりだよ。ひょほほほほほ……」



 あとがき
 どうも、南文堂です。猫野 丸太丸さんに続いて、TS昔話です。しかも、オーソドックスな「シンデレラ」です。
 昔から、不思議に思っていたのですが、シンデレラって変な話なんですよね。父親は自分の連れ子がいじめられてもなんで黙っているのか? 王子に気に入られるような美貌の娘を政略結婚に使わなかったのか? というわけで、疑問を解消する手段として、TSを使ってみました。
 救いもなく終わるのもよいのですが、シンデレラには幸せになって欲しかったので、「あんな自分勝手な王子と結婚して幸せなのか?」と思い、ラストはちょっと強引にしました。もっと上手く話をまとめられるとよいのですが、完全に力量不足でした。興醒めされた方、ごめんなさい。



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